細身の男(田村正和)のシルエットがうきあがる。彼はふりむいてカメラ目線で(つまり視聴者に向かって)こう語りかける。
「犬を飼っている人にひと言。」
古畑任三郎の記念すべき第1話はこのようにして始まった。
もっとも、オンエアは「死者からの伝言」が結果として最初だっただけで、実際には第4話「殺しのファックス」の方が時間的に前の設定(撮影は第3話が先)。
「(第4話の犯人である)播随院の取り調べは明日……」と古畑が所属する警視庁に電話するシーンがあったことでそれがわかる。
順番を変えたのは、中森明菜を犯人役にしたこちらを一回目にした方が視聴率が望めたからだろう。播随院役の笑福亭鶴瓶には悪いけど(笑)。
ご存じのように古畑任三郎は最初から犯人の行動をさらす“倒叙もの”と呼ばれるジャンルに属する。このジャンルの強みは、怪しい登場人物を数多く用意しなくてもいいこと。メリットを生かして古畑任三郎には毎回ひとりビッグスターが登場する。
特に「死者からの伝言」は登場人物わずか4名+犬一匹。完全に舞台劇だ。逆にデメリットは、よほどプロットがしっかりしていなければならず、同時に役者に魅力がなければならないことだ。その意味で「死者からの伝言」は、脚本の三谷幸喜の“こんなドラマにするんだ”という高らかな宣言でもある。
小石川ちなみという生き方が不器用な少女漫画家を、今よりだいぶふっくらした中森明菜が魅力的に演じていて、古畑が唯一心を寄せた女性であることが納得できる(最終話でも彼女のことが語られる)。
おまけに犯罪は“嵐の山荘”の“堅牢な地下室”で行われた“ダイイングメッセージ”もの。なぜ被害者は白い紙を持っていたのか、の謎はミステリファンをわくわくさせてくれる。
セリフも絶好調。エンストしたクルマの中で古畑と今泉(西村雅彦)が口げんか。
古畑:(ガソリンスタンドまで)たかが2、3キロじゃないか。
今泉:2キロと3キロじゃ1キロも違うじゃないですかっ!
……中森明菜にC(ちなみ)という頭文字に心当たりはないかとききながら
古畑:ダメだ。加藤茶と荒井注しか思い浮かばないっ!
第2話「動く死体」につづく。