9月の歌舞伎座のさよなら公演の際、失敗した写真を撮り直した。
開演前なのか歌舞伎座前は人で溢れていた。
中高年・老若男女、高校生の修学旅行だろうかグレーの制服の子達が大勢混じる。
正面唐破風の上の「櫓(やぐら)」11月の顔見世公演の時だけのものだが
これから4月公演が終わって取り壊されるまで置かれる事になった。
右手には取り壊すまでのカウントダウンの表示(11月4日のもの)
横に回ると、正面の喧騒は何処へやら、静かな横丁
正面と同じく引きのない建物に大正の香りがするが
【現在の歌舞伎座は岡田信一郎の設計によって、1922年(大正13年)に竣工した。
1945年の空襲で内部を焼失したが、1951年に吉田五十八の設計で改修した。
松竹と歌舞伎座では一部保存なども検討してきたが、設備の老巧化が
進んでいることなどから再改修を断念した。】
築後87年、改修後58年多くの人を視線を集め、よくぞ持ったものだ
9月にはガードレールに「鬼太鼓座」の足袋が干してあったっけ・・
舞台装置の搬入ロだろうか、両開き扉が固くしまっている。
一角に御稲荷さんでもあるのだろうか?
赤い幟が見える。
さらに裏へ回ると、なんの変哲もない倉庫のような・・
汚れも酷い。
この横丁には小さなお料理屋さんが粋に
「一見さんお断り」「通が来る場所」の雰囲気を漂わせている。
この歌舞伎座は4月公演が終った後に取壊し
3年を架けて新築し、平成25年春の完成予定。
同規模の舞台、同規模の客席数の劇場に上部はオフィス
地下4階・地上29階、高さ135m
設計監理:三菱地所設計+隈研吾建築都市設計事務所 による共同設計
スッタモンダで解任された、当時の大臣の意向で
今の建物の保存規模が拡大したが
正面入り母屋の瓦屋根・後方ガラスのオフィスビルになりそうな気配だが
どのような設計手腕が発揮されるのだろうか?
せめて、道路際の開演待ちと、
全体が見えない3階席はどうにかしてもらいたいものだ。
歌舞伎座の建替計画
開演前なのか歌舞伎座前は人で溢れていた。
中高年・老若男女、高校生の修学旅行だろうかグレーの制服の子達が大勢混じる。
正面唐破風の上の「櫓(やぐら)」11月の顔見世公演の時だけのものだが
これから4月公演が終わって取り壊されるまで置かれる事になった。
右手には取り壊すまでのカウントダウンの表示(11月4日のもの)
横に回ると、正面の喧騒は何処へやら、静かな横丁
正面と同じく引きのない建物に大正の香りがするが
【現在の歌舞伎座は岡田信一郎の設計によって、1922年(大正13年)に竣工した。
1945年の空襲で内部を焼失したが、1951年に吉田五十八の設計で改修した。
松竹と歌舞伎座では一部保存なども検討してきたが、設備の老巧化が
進んでいることなどから再改修を断念した。】
築後87年、改修後58年多くの人を視線を集め、よくぞ持ったものだ
9月にはガードレールに「鬼太鼓座」の足袋が干してあったっけ・・
舞台装置の搬入ロだろうか、両開き扉が固くしまっている。
一角に御稲荷さんでもあるのだろうか?
赤い幟が見える。
さらに裏へ回ると、なんの変哲もない倉庫のような・・
汚れも酷い。
この横丁には小さなお料理屋さんが粋に
「一見さんお断り」「通が来る場所」の雰囲気を漂わせている。
この歌舞伎座は4月公演が終った後に取壊し
3年を架けて新築し、平成25年春の完成予定。
同規模の舞台、同規模の客席数の劇場に上部はオフィス
地下4階・地上29階、高さ135m
設計監理:三菱地所設計+隈研吾建築都市設計事務所 による共同設計
スッタモンダで解任された、当時の大臣の意向で
今の建物の保存規模が拡大したが
正面入り母屋の瓦屋根・後方ガラスのオフィスビルになりそうな気配だが
どのような設計手腕が発揮されるのだろうか?
せめて、道路際の開演待ちと、
全体が見えない3階席はどうにかしてもらいたいものだ。
歌舞伎座の建替計画