ライブ インテリジェンス アカデミー(LIA)

日本の伝統文化の情報を国内外に配信していくための団体です。 その活動を通じ世界の人々と繋がっていく為の広報サービスです。

禅寺「だるま寺(龍潭寺)」は井伊家の菩提寺。【淡海シリーズⅥ】

2020-06-12 20:32:53 | 淡海シリーズ

近江八幡から彦根まで足を伸ばした。ご存知のとおり、彦根市は井伊家のお膝元であるため、歴史上では知名度が高い町である。井伊家は近江彦根藩の藩主で、幕末期の江戸幕府にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国・近代化を断行した井伊直弼は彦根藩15代目の藩主。 城下町 彦根は、彦根城をはじめ歴史と深く関わった多くの寺院などが存在する。その一つが、2017年の大河ドラマ「女城主・直虎」で一躍有名になったお寺「龍潭寺(りょうたんじ)」である。

彦根市の龍潭寺は、1600年に井伊直政が佐和山城(現・彦根市)主となった際に、静岡県浜松市にある井伊家の菩提寺である龍潭寺を分寺して建立された。それ以来、彦根の龍潭寺は井伊家の菩提寺になっている。 佐和山城主は、彦根藩の藩主だけでなく過去には石田三成が居城としていたという歴史のある城である。

その龍潭寺は「だるま寺」との異名をもっている。ご承知のとおり「達磨(だるま)大師」は禅寺を開祖。それにより「だるま」は禅寺と深く関わっている。手足がないので自由が利かないが、「だるま」は、壁のように動ぜぬ境地で真理を観る、という禅の概念に通じるものとして、龍潭寺では「だるま」が真理の対象物として崇めている。
達磨大師に由来する恒例行事として、龍潭寺では毎年4月1、2日の両日に「だるままつり」なるものが行われている。慈悲と救済が得られるように祈願するもので、起き上がり小法師(こぼし)約3千体が並ぶ様子は空前絶後である。(トップの写真)
龍潭寺は、禅寺らしく慎まい雰囲気がある。書院や庭園も派手さはないが静寂な佇まいに背筋が自然に伸びる。そこに桃の花が厳かに咲いていた。だから美しいさもひときわ目立つ。

 

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本尊逸話の面白さ、永源寺。【淡海シリーズⅤ】

2020-06-11 14:52:39 | 淡海シリーズ

「永源寺」といえば、関西でも屈指の紅葉の名所として知られている。このお寺は、琵琶湖から少し離れた東近江の奥座敷にある。晩秋のもみじは紅く染まり、美しい紅葉景色を堪能させてくれる。私が数年前に訪ねた初夏では木々の深緑が眩しく映えていた。

 

永源寺の本尊は「観世音菩薩」であるが、四半世紀に一度の御開帳とあってお目にかかることはなかなか叶わない。特別御開帳のタイミングが合えばぜひ、参拝したいと願っている一人である。

この永源寺を創建した寂室禅師は中国から帰朝の折に嵐にみまわれ、禅師が静かに祈りを捧げると海上に白衣の観世音菩薩が顕れ、嵐は鎮まったということが伝えられている。

観世音菩薩の本尊たるストリーがさらにある。寂室禅師が毎夜に東の峰に光をみて、その光を訪ねると大きな石の上に丈一寸八分(約5cm)の小さな観世音菩薩の像があった、という逸話が語られている。その小さな観音様が、中国からの帰船で遭遇した嵐を鎮めた仏様に違いないと感嘆され、その観音像を観世音菩薩像の宝冠の中に納め彫られたものが本尊になっている。

さらに、当時、近江守護職佐々木氏頼公の子、満高公が跡取りに恵まれず、この観音様に祈願をされたところ世継が授かったということから本尊名が「世継(よつぎ)観世音菩薩」と呼び讃えられるようになったというのが逸話に加わった。

三門をくぐり本堂までの参道の山肌には十六羅漢の石仏が安置されている。その山肌を登る石段の横になんとユニークな地蔵さんが置かれていた。この地蔵さんのいでたちや顔に惹かれ、永源寺のファンになったといっても過言ではない。のちに、筆者のプロフィール写真にちょくちょく登場している。

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湖東三山、西明寺の国宝、本堂と三重塔の重さ。【淡海シリーズⅣ】

2020-06-09 11:15:32 | 淡海シリーズ

滋賀県は、京都、奈良に並ぶ文化財の宝庫である。淡海(琵琶湖)の水脈と水路は都を支え、都からの移動の拠点であったこと。さらに西に比叡山や、東に岐阜、石川にまたがる日本の名山といわれる白山の信仰を受けた場所として淡海の周辺に数々の文化が育まれた。

とくに、湖東には平安時代、鎌倉時代、室町時代に建造された寺院が至る所にある。その中でも鈴鹿山脈の連山のなかに「湖東三山」のひとつが龍應山西明寺(りゅうおうざんさいみょうじ)は、鎌倉時代の初期に建立された由緒ある寺院である。

国宝に指定されている本堂は、屋根が檜皮葺きで、蟇股(かえるまた/和様建築で,梁や頭貫 ( かしらぬき) 上にあって上の荷重を支えるもの/カエルが脚を開いたときの形)等、鎌倉時代の建築様式が保存されている。本堂の前に立って眺めていると歴史の重みと時代の移ろいを感じる。本堂内は、残念ながら見ることはできなかったが、本尊薬師如来立像(重文/平安時代)、十二神将など多数の仏像が安置されている。

国宝の三重塔は鎌倉時代後期に建立され、本堂と同じく釘を使ってない純和様建築。パンフレットによれば、内部には大日如来座像があり、堂内一面には脇侍仏として三十二菩薩、法華経の図解が岩絵具で極彩色に描かれている。これらは鎌倉時代の壁画としては国内唯一のものとされている。

さらに目を惹いたのが庭園「蓬萊庭」。薬師如来、日光・月光菩薩の三尊仏を現す立石や、十二神将を現す石組みがあり、また心字池には折り鶴の形をした鶴島と亀の形をした亀島がある。コンパクトにまとめられた庭園に魅了された。 京都や奈良もいいが、湖東の山の中に佇む寺院を観るとその淡海の歴史の深さがみえてくるようである。

 

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艶容な国宝十一面観音像の立ち姿。【淡海シリーズⅢ】

2020-06-07 14:40:54 | 淡海シリーズ

彦根で用事を済ませ、その足で、長浜市の向源寺に行ってきた。以前から行ってみたいと思っていたお寺である。観音堂に安置されている国宝「十一面観世音菩薩像」を見るために。
日本には十一面観音像はたくさんあるが、国宝に指定されているのは全国でわずか7体だけ。その一つが向源寺の観音様である。ちなみに国宝指定されている十一面観音像は、室生寺、法華寺、聖林寺(以上奈良)、道明寺(大阪)、観音寺(京都)、六波羅蜜寺(京都)、そしてここ向源寺。
その中でも向源寺の十一面観音像は、日本彫刻史における最高傑作といわれているものである。

観音像は、聖武天皇の勅願により、白山信仰の祖である泰澄大師が彫ったといわれている。戦国時代に織田信長と浅井長政による姉川の戦いで、堂宇は焼失したが、観音様だけは、住職と門徒たちにより土に埋められて守られた。その場所が表示されていた。

十一面観世音菩薩は、頭上に十または十一の小面をもち、十一の観音の働きを一身に具現したものである。この十一面観音像は、見てのとおり(写真)、頭の上にある菩薩相と後頭部に暴悪大笑相なるお顔が掘られてあるのが特徴。密教像特有のインドの仏像の感じを伝えていると言われている。日本ではこのような十一面観音像は少ない。

どの十一面観音像は立像がほとんどで、その立ち姿は美しい。よく見ると、腰がほんの少しくねっている。このくねりが十一面観音像の艶姿をさらに際立たせている。

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近江平野を臨む、神体山「太郎坊宮」のパワー。【淡海シリーズⅡ】

2020-06-05 17:24:44 | 淡海シリーズ

琵琶湖の湖東に「太郎坊宮」という神社がある。正式名は太郎坊・阿賀神社。昔から関西でのパワースポットの名所として知られている。TVでも紹介されているようなのでご存知の方も多いかもしれない。 その場所は、東近江の標高350mの赤神山の岩石が露出する断崖にある。見るからに神が宿る霊山として神秘的な雰囲気が感じられる。まさに神体山信仰の神社である。下から見上げると、山の断崖に神秘的な社が建ち並んでいる。

“あれが、太郎防宮か!” と胸が高鳴った。

この太郎坊宮に祀られているのは、天照大御神の第一皇子神「正哉吾勝勝速日天忍穂耳大神」という神様と聞いた。その名前の “勝勝” に因んで勝利と幸福を授ける神様として信仰されている。

歩いて登るのは、足腰の弱い者には少々しんどそうである。登山口から本殿まで740段の階段を登るのである。地元の方から、途中まで車で上がれます、という言葉が神の激励のように聞こえた。

社務所前に到着、車を降りて歩き始めた。山岳信仰の霊地とあって多少の苦行はいたしかたない。やっとの思いで上がると本殿前に高さ12mの一枚岩がそびえ立つ。その巨岩は、神の神通力で人ひとり通れる割れ目ができた、という謂れのある岩である。いまはそれを夫婦岩と呼び、その間を通ると病気が治るといわれている。

断崖に建つ本殿前から眺める近江平野は、稲刈りの時期だったので黄金色に輝いていた。そして神事や神楽、能などを催す舞台があり、その舞台から見下ろす平地の風景はむかしと変ってないように思える。山を御神体として祀る神社は、どうしても神秘的な雰囲気を感じる。確かに空気も風も違う。

天狗が住んでいたという伝説の山だけに、身も心も清められていくようだった。

 

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