Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、8

2017-02-07 21:05:49 | 日記

 確かに蛍さんのこの時の表情は誰にも見る事が出来ませんでしたが、

その蛍さんの後ろ姿を眺めている2つの円らな瞳がありました。

肩を落とした蛍さんの後ろ姿と、呟く声を聞き逃さなかった人物が1人いたのです。それは光君でした。

 『親も子供も相変わらずだな。』

と、光君は思います。最初に会った時から、蛍さんは何時も謝る側になるのでした。

それは今回とは違い、相手が悪い時でもそうなのでした。

今回にしても、蛍さんがそう悪いという訳ではないと思います。

 さて、光君は続けて思います。

『如何してあそこの親は自分の子供を庇ってやら無いんだろう?』

光君はその事を不思議に思った初めての時から、自然、お盆などの墓参りに来る時には蛍さん一家が目に着き、

何時も気が付くと、その様子を注意深く観察していたのでした。

そして、何時も可哀そうにと思って、じっくり目を止めて蛍さんの顔を傍から眺めてみると、

何だか蛍さんの顔が、健気でいじらしくて可愛らしく思えてくるのでした。

 『別に謝ってもらう程の事じゃない。』

今回の出来事をそう思うと、光君は急いで本堂の裏に取って返しました。

 「私が悪いのか?」

父の声がしたと思ったら、本堂の奥から、蛍さんのお父さんとお祖父さんが現れました。

私が話している時に横から口を挟むから、そういって祖父は父に怒っている様子です。

父は、でもあれでよかったじゃないかと祖父に抗議をして、その後2言3言2人は本気で言い争いをしていましたが、

祖父は蛍さんが見ている事に気付くと、父の腕を突き、目で蛍さんを差しました。

 何だい?父は黙ると蛍さんに向き直り、おおと何だか嬉しそうな顔で目を輝かせ、蛍さんに近付いて来ました。

蛍さんは近付いて来た来たお父さんの顔をしげしげと観察します。

父の顔は嬉しそうに輝いていました。頬も紅潮してほんのり赤く染まっています。

『如何したんだろう?』

蛍さんは不思議に思います。父の様子は、どうやら謝らなければいけないという雰囲気ではなさそうです。

 


ダリアの花、7

2017-02-07 20:17:23 | 日記

 「なあ、蛍、お前より背が低い子でも、お前より年上の子の時があるんだぞ。」

ちゃんと知っておかないと、と蛍さんのお父さんは言います。

 お前がさっき小川の所で話した男の子だがなぁ、お前より1つ年が上のお子さんだそうだ。

背はお前より小さいが、生まれたのはお前よりも昔で1年程早いから、年上のお兄さんなんだぞ。

それなのに、お前は僕呼ばわりして、その上あの子にデブだと言ったそうじゃないか。後でちゃんと謝るんだよ。

話を聞いてお父さんは恥ずかしくて何も言えなかったんだぞ、その場で謝って直ぐに帰って来た。

もう帰ろう。お祖父さんが帰って来て、お前が謝ってからな。

 父はそう言って、蛍さんが見た事も無いくらいしょんぼりした、緊張した面持ちで縁側に立つと、

そのまま蛍さんと目を合わせようとしませんでした。

 この父の様子に、蛍さんは自分がとんでもない事、取り返しのつかない過ちをしてしまったと感じ取るのでした。

『困ったわ、何時もの様に子供のした事で済まないのかしら?』

何だか父の様子がいつもと違うので、蛍さんは酷く不安になります。

思えばさっきの祖父の様子も違っていました。

蛍さんは、今までお祖父さんに睨まれた事などついぞ無かったのです。

「何時もの様に、子供のした事なんで…。で、済まないの?」

蛍さんはお父さんに訊いてみます。

 お前なぁと、父は呆れたように横目で蛍さんの顔を見て、

真剣な表情の我が子の顔色に、ふふっと、安心させるようにそうだなぁと微笑むと、

その手があるなぁと、お前いい事を思いついたな。そう言うと顔色が明るくなりました。

そして蛍さんのお父さんはお祖父さんの行った方向、本堂の奥の方へと歩み去っていきました。

 廊下に残った蛍さんもにこにこして、これで全て丸く収まるだろうとほっとするのでした。

「万事子供の私がした事で、私が悪いという事にすれば何でも丸く収まるんだから。」

蛍さんにすれば、何時もの母の教えを実践しただけの事だったのです。

そしてこう呟くと、何だかやり切れない気持ちで溜息をふうっと吐くのでした。

「あとは私がごめんなさいと謝るだけね。」

こう覚悟を決めて、廊下の窓から外を眺めていた蛍さんの表情は、この時誰も見る事が出来ませんでした。


ダリアの花、6

2017-02-07 19:48:44 | 日記

 蛍さんがお寺の座敷で座って自分のお家の人と話をしている間、

彼女のお父さんは何処かへ姿を消してしまいました。

 「それで、小川には何かいたのかい?」

蛍さんのお祖母さんが彼女に聞きます。

なあんにも、と蛍さんは答えましたが、何だか、タガメとかいう虫が1匹いたわ。と答えます。

おや、お父さん、タガメとかいう虫ご存知ですか?お祖母さんはお祖父さんに聞いてみます。

ああ知っているよ。事も無げに蛍さんのお祖父さんは答えます。

お前も知っていると思うけどな、見たら分かるんじゃないか。そうお祖母さんに返事を返して、

お祖父さんは目を細めてこんなに嬉しい事は無いと言うように、にこやかに自分の孫の蛍さんを眺めます。

「こんなに早くに売れるとはなぁ、いくら私でも想像もできなかったよ。」

そう言うと、福を呼び込むようにハハハと明るく笑います。

今お父さんが算段に行っているからな、はてさて、如何商談をまとめてくるのやら。

ここで冗談で商談という言葉を使ってみて、お祖父さんはやれやれと思います。

実際息子にちゃんと子供の縁談がまとめられるかどうかと思うと、とても不安になるのでした。

 さて、長く続く奥の静けさが妙に気になります。

うんともすんとも、こんな時に聞こえて来そうな縁起の良い笑い声さえ聞こえて来ないのです。

変化の無い奥の様子が、どうにも蛍さんの祖父の不安を掻き立てるのでした。

「おいお前、あの子折角の縁談を破談にしているんじゃないか?ちょっと行って見て来たらどうだい。」

お父さんが行ったら、いやお前が、と祖父と祖母が譲り合っている内に、どうやら父が戻って来ました。

 おおそれで、如何だったと祖父が身を乗り出して蛍さんの父に様子を聞いています。

視線を落とし、暗い顔で話す息子の話を聞き終わると、祖父は溜息を吐きました。

そして、向こうさんには私から謝っておくから、そう言うと祖父は孫の方へ顔を向けると、

ちょっと怖い顔で蛍さんを睨み、蛍さんの胸に一抹の不安を与えると、本堂の奥へと消えてゆきました。

 

 

 

 


ダリアの花、5

2017-02-07 13:44:31 | 日記

 それにしても、泣いていた男の子は嘘泣きをしていたのですね、そんな事とは露ほども思わない蛍さんです。

あの子が早くに泣き止んでくれてよかったと思います。

『私が苛めたみたいじゃないの。』

何もしていないのに、男の子のくせに直ぐに泣くなんて…。ちょっと腹が立って来ました。

『でも、あの子のお祖母さんに酷く叱られると思っていたけれど、不思議な事に何も言われずに済んだわ。』

そう思うと、ホッとする蛍さんです。

蛍さんは、子供同士何がもめた時、子供のお母さんよりはそのお祖母さんの方が、

叱る時は相当激しくて怖いという事をよく知っていました。

時には逆の事が無い事も無かったのですが、大体は年寄りの癇癪の方が勝っていたものです。

 何故こんな事が分かるのでしょう?

それは蛍さんの経験からでした。1度ならず子供のいさかいで揉めた事のある蛍さんです。

蛍さんはお転婆さん、それ以上、見た目以上に実は相当なガキ大将だったのです。

  『相変わらずだなぁ、蛍のやつ。』

光君は思います。あの膝小僧の傷といい、物怖じしない態度といい、ガキ大将と迄は思わなくても、

蛍さんが相当お転婆な女の子だという事は光君にも分かっていました。

それにしても、自分で分別が付くようになる蛍さんとは思えません、あの子供を野放しの親が教えるはずもないし、

と、思うと光君は不安になりました。、

誰か蛍さんの側に分別のある者が付いたことを彼は悟るのでした。

 「野郎かしら?」

つい口から言葉が出てしまいました。

「何です、光。汚い言葉を使って。」

直ぐに光君の言葉を聞き咎めたお母さまが叱ります。

「漸く俺から僕と言い変えられるようになったのに、綺麗な言葉を使いなさい、綺麗な。」

はい、お母様と光君は答えながら、ふん何だいと内心思います。

たまにしか来ないくせに母親面して、心の中であっかんベーをして見せます。顔は淀みの無い笑顔です。