「お父さんは、大丈夫なんでしょう?」
向き直って機嫌の良い父の様子を確認すると、安心して蛍さんはこう言い、
お祖父さんの方に様子を見にいこうと思います。
「お祖父ちゃん、具合が悪いみたいだから様子を見てくるね。」
蛍さんが座敷の方へ行こうとすると、父が止めます。
お父さんが行ってみてくるから、お前はここに居なさい。
父はそう言うと、蛍さんの方に身をかがめてじっくりと注意事項を言うのでした。
もうそろそろあの子がここへ出て来るだろうから、向こうさんではいいと言う話だったが、
一応きちんと謝っておきなさい。
えっ、謝らなくていいと言われたの?
ああ、そう言う話だったが…、お前、今のお父さんの話でよく分かったな。
そう、謝らなくていいと言われたよ。確かにな。でもお前が悪いんだからごめんなさいを言うんだよ。
この父の言葉に、
謝らなくていいと言われたのなら、謝らなくていいと思う。と蛍さんは自分の考えをはっきりと言います。
お前なぁ、と父が言うのを蛍さんは遮りました。
「私、あのお兄ちゃんに太ってるって言ってないもの。」
え、言ってない、向こうさんじゃお前がそう言ったと言ってたぞ。嘘はいけないぞ。
父は顔をしかめます。
「違う。嘘じゃない。」
「じゃあなんて言ったんだ。」
桃太郎か金太郎みたいだって言っただけよ。それなのに太ってるって言ったって言われたのよ。
蛍さんはせっせとその時の状況を説明します。
へぇー、それがどうして太っていると言う言葉になったんだ。
知らないけど、あのお兄ちゃんのお母さんらしい人が、絵本の桃太郎や金太郎はどう絵に描かれているかって聞いて、
私が英雄や大将みたいに描いてあるって答えたら…。
女の人が怒ったんだな、ふうん。と父はこれで分かったと言うと、
お前が人の容姿についてどうこう言うなんてどうも変だと思っていたんだ。と、ちょっと怒った顔になりました。
ま、しかし、と父は身を起こすと、縁談のまとまった娘に諭すように、
お兄ちゃんなのに年下の僕に間違えたのは確かだろう、女の子に年下に間違えられるのは、
男の子には嫌なものだ。
お父さんも男だから分かる。それはきちんと謝っておきなさい。
父はそう最後に締め言葉の様にぴちっと言うと、
蛍さんに、じゃあお父さんはお父さん、お前からみればお祖父ちゃんの様子を見てくるから、
ここにいて、その金太郎だか桃太郎に似ているお兄ちゃんを待っているんだよ。
ここで待っていて、年下と間違えてごめんなさいと謝るんだよ。
蛍さんの父は念押ししてそれだけ言うと、
「そうそう、あの子の名前は光君というそうだ。」
そこまで言うと、よっこらしょと言う感じで身を起こし、皆んな父さんの方を心配するんだからと、
忌々しそうに呟くと、蛍さんをそのまま廊下に1人で残し、奥の座敷へとゆっくり歩み去って行きました。