廊下の奥の方の柱で、光君と蛍さんが古事記に出てくるイザナギとイザナミの真似事をしていた頃、
言葉を知らない蛍さんを光君が責め始めた時、蛍さんのお父さんがこちら側のお寺の座敷へと続く入口に姿を現しました。
手には竹箒を1本持っています。
少し進んで本堂の入口より手前の廊下の端、畳の降り口の所に箒を横たえました。
廊下には本堂の入り口を挟んで同じような位置に2本の竹箒が伏せて置かれたわけです。
蛍さんのお父さんは光君に会釈して合図をしました。そしてすぐに引き返して座敷の方へと消えて行きました。
『あれはあの子の分の箒だな。』
光君は思います。竹箒同士で決着をつけろという事なんだ。光君は背中からじっとりと冷や汗が出ました。
向こうに武器を手にされては大変です。光君は剣道を4月から始めたばかりでした。
この調子ではもう蛍さんは剣道をしているのだ。如何しよう。あの箒を手にさせてはいけない。
光君は必至で蛍さんを引き止めるために彼女の腕を握り直します。何とか彼女を誤魔化してこの場をやり過ごさなければ。
そう思った途端、蛍さんがとても怖い顔をして光君を睨むと、殴られたいのと言ったのです。
光君は震え上がってしまいました。思わず手を離した隙に蛍さんはどんどん竹箒に近づいて行きます。
『あっ、畜生、向こうもその気だったんだな。』
光君は蒼ざめました。
こうなると竹箒で御堂の入り口で果し合いです。武蔵と小次郎、巌流島の戦いの図が光君の脳裏を過ぎりました。
慌てて自分の竹箒を取に行きます。そして、竹箒を手に蛍さんを振り返ると、蛍さんは丁度彼女の竹箒をまたぎ、
それと知って見降ろしたところです。
早く、彼女が箒を手にする前に打ち込まなければ、光君は本当に名前の通りの光よりも速く蛍さんに突進します。
と、彼女はそのままこちらに背を向けて向こうへ行く気配です。
光君もさすがに後ろから打ち込んでは、自分が卑怯だと謗られる事を知っていました。
打ち込む姿勢のまま突進して、忘れ物だと声をかけて、彼女が振り向いた正面から脳天に向けて面と打ち込みました。
箒は突進した勢いのまま、光君が飛びかかった感じで小枝の結び目の一番硬い所が蛍さんの脳天に当たりました。
声も無く蛍さんは仰向けに倒れました。彼女はそのままピクリとも身動きしません。
ふん、如何だい、そう光君が胸を張った瞬間、光君の頭の上に、
畳の部屋の登り口、その上の天井部分に横に渡してある柱に、
釘などの杭にかけて吊ってあった鋳物の蝋燭立てが、ドンと落ちてきました。
ぐえっという声と共に、光君は畳の上に倒れ、頭の上に乗っかっていた蝋燭立ては、
ごろんと彼の頭の上から畳の上に転がり落ちました。
2人は仲良く畳の上と廊下で気絶したのでした。
この蝋燭立ては、光君が箒を打ち下ろす前に、高く掲げた箒の先が引っかかり、その弾みで横に揺れだし、
燭台の重みで横揺れする内に釘の杭から外れて、
今しも蛍さんをやっつけて、どんなもんだいと光君が踏ん反り返ったその瞬間、
丁度タイミングよく光君の頭の上に落ちて来たのでした。
『自業自得だな。』
これこそが、目の前で光君の仕出かした事の顛末こそが、正にそれだと蛍さんのお祖父さんはこの時思いました。