Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、23

2017-02-13 21:11:18 | 日記

 廊下の奥の方の柱で、光君と蛍さんが古事記に出てくるイザナギとイザナミの真似事をしていた頃、

言葉を知らない蛍さんを光君が責め始めた時、蛍さんのお父さんがこちら側のお寺の座敷へと続く入口に姿を現しました。

手には竹箒を1本持っています。

少し進んで本堂の入口より手前の廊下の端、畳の降り口の所に箒を横たえました。

廊下には本堂の入り口を挟んで同じような位置に2本の竹箒が伏せて置かれたわけです。

蛍さんのお父さんは光君に会釈して合図をしました。そしてすぐに引き返して座敷の方へと消えて行きました。

 『あれはあの子の分の箒だな。』

光君は思います。竹箒同士で決着をつけろという事なんだ。光君は背中からじっとりと冷や汗が出ました。

向こうに武器を手にされては大変です。光君は剣道を4月から始めたばかりでした。

この調子ではもう蛍さんは剣道をしているのだ。如何しよう。あの箒を手にさせてはいけない。

光君は必至で蛍さんを引き止めるために彼女の腕を握り直します。何とか彼女を誤魔化してこの場をやり過ごさなければ。

そう思った途端、蛍さんがとても怖い顔をして光君を睨むと、殴られたいのと言ったのです。

 光君は震え上がってしまいました。思わず手を離した隙に蛍さんはどんどん竹箒に近づいて行きます。

『あっ、畜生、向こうもその気だったんだな。』

光君は蒼ざめました。

こうなると竹箒で御堂の入り口で果し合いです。武蔵と小次郎、巌流島の戦いの図が光君の脳裏を過ぎりました。

慌てて自分の竹箒を取に行きます。そして、竹箒を手に蛍さんを振り返ると、蛍さんは丁度彼女の竹箒をまたぎ、

それと知って見降ろしたところです。

 早く、彼女が箒を手にする前に打ち込まなければ、光君は本当に名前の通りの光よりも速く蛍さんに突進します。

と、彼女はそのままこちらに背を向けて向こうへ行く気配です。

光君もさすがに後ろから打ち込んでは、自分が卑怯だと謗られる事を知っていました。

打ち込む姿勢のまま突進して、忘れ物だと声をかけて、彼女が振り向いた正面から脳天に向けて面と打ち込みました。

箒は突進した勢いのまま、光君が飛びかかった感じで小枝の結び目の一番硬い所が蛍さんの脳天に当たりました。

声も無く蛍さんは仰向けに倒れました。彼女はそのままピクリとも身動きしません。

 ふん、如何だい、そう光君が胸を張った瞬間、光君の頭の上に、

畳の部屋の登り口、その上の天井部分に横に渡してある柱に、

釘などの杭にかけて吊ってあった鋳物の蝋燭立てが、ドンと落ちてきました。

ぐえっという声と共に、光君は畳の上に倒れ、頭の上に乗っかっていた蝋燭立ては、

ごろんと彼の頭の上から畳の上に転がり落ちました。

 2人は仲良く畳の上と廊下で気絶したのでした。

この蝋燭立ては、光君が箒を打ち下ろす前に、高く掲げた箒の先が引っかかり、その弾みで横に揺れだし、

燭台の重みで横揺れする内に釘の杭から外れて、

今しも蛍さんをやっつけて、どんなもんだいと光君が踏ん反り返ったその瞬間、

丁度タイミングよく光君の頭の上に落ちて来たのでした。

 『自業自得だな。』

これこそが、目の前で光君の仕出かした事の顛末こそが、正にそれだと蛍さんのお祖父さんはこの時思いました。

 

 


ダリアの花、22

2017-02-13 20:16:46 | 日記

 それは蛍さんが何かしたからではありません。

公の団体生活をしていると、日常よく目にし耳にもする出来事だったからでした。

暴力はいけない事を蛍さんはよく知っていました。ただ、負けん気が強いので、売られた喧嘩は堂々と買うまでの事でした。

そんな時でも、相手が余程酷い事をしない限りは、蛍さんは相手の力量に合わせた攻防戦をするのでした。

それが出来たのは、蛍さんが同い年の子達の中では特に成長が早く、誰もが彼女に敵わなくて、敵になら無いからでした。

それで、皆が蛍さんを頼りにして、何か揉めるとやって来ては守って欲しいと頼むのです。

 女の子同士の時は女の子が、男の子同士が揉めているとそれを見ていた女の子が、男の子もですが、

誰それちゃんと誰それちゃんが喧嘩してる、又は、誰それちゃんが悪いのに誰誰の方がやられてる、

蛍ちゃんやめさせて、助けてあげて、など、何時も呼び出されるのでした。

この様に彼女は、何時も同い年の子供達の仲裁役であり、助っ人や守り役なのでした。

 誰よりも強い彼女は、武器を使うという事を決して考えませんでした。

だからこの時も、箒が目に入っても決して手に取ることはしませんでした。

あれっ?と、如何してここにあるのだろうと、ただ不思議に思っただけでした。

 蛍さんはちょっと考えてそのまま廊下を進み奥の座敷に行こうとしました。

「君、忘れ物だよ。」

後ろから光君の声がするので、蛍さんは振り向きました。

 カシャン、めん‼、バシッ!どん!ふん、ガン!ぐえっ、バタン、ゴトン…

辺りは急に静かになりました。

 8月の晴れたカンカン照りの下、蒸し暑い暑さの中でもお寺の墓所の方は、墓参りの人でそれなりの賑わいをみせていました。

この御堂の中は開け放たれた入り口と、墓所に向いてあけられた障子戸からそれなりに風が入るだけですが、

高い天井とどっしりとした木造りなので、お寺特有のややひんやりとした涼しさを感じる事が出来ます。

何処かでツクツクボウシが鳴いています。ミンミンゼミも鳴きだしました。

ジワジワジワジワ…

この涼しい御堂の中で、ご本尊を前にして、廊下と畳の差はありましたが、

2人の子供はとても静かに大の字になって仲良く横たわっていました。

 


ダリアの花、21

2017-02-13 19:45:23 | 日記

 古事記を知らない蛍さんが『あなえにやえおとこを』なんて言葉を知るわけがありません。

返事なんて知らないわ、とにべもなく言うと本当にうんざりしてしまいました。

 『ああ、何て美しい少女か、』『ああ、何て美しい少年なんでしょう、』

現代の言葉に直すと2つの言葉はそんな感じになります。

大昔の男女の神様が言い合った言葉です、光君が知っている方が不思議というものです。が、

光君は自分が知っているのだから、当然蛍さんも知っていると思いました。

そして、この言葉、光君は男の神様の言葉しか覚えていなかったのです。

何故なら、自分は男の子だから、女の子の言葉は当然女の子の方で覚えるものだと考えていたからでした。

 「女の子の言う言葉なんて、男の僕が知っているわけ無いじゃないですか。」

「女の子の言葉は、女の子の君が知っているはずです。知らないんですか!」

今度は光君が仏頂面をして言います。蛍さんが女性パートを知らない事を、はっきりと責める口調でした。

こういう言い方をされると蛍さんも何よと、かっかと頭に来てしまいました。

今までが相当我慢していたのですから、何で行き成り知らない言葉を知っていないという事で責められるのかと、

眉間に青筋が立とうというものです。

もう光君と一刻も早くサヨナラして帰りたいと思います。

「そんな言葉知らないの、私。」

そう言って光君の手を振り解こうとしますが、光君の手は確り握られていて離れません。

離してよ、と口で言っても光君は全然離すそ振りがありません。

イライラして来た蛍さんは、

「離してよ、殴られたいの。」

と、大きな声で威嚇しました。これは本当に殴る気はないので威嚇でした。

光君はハッと身震いすると、パッと蛍さんの手を離しました。蛍さんはしてやったりとにっこりすると、

大急ぎでさようならと言うと光君から離れて歩き出しました。

 畳の上から廊下に降りる時、蛍さんは座敷へと続くこちら側の廊下にも竹箒が寝かせてあるのに気が付きました。

『あれ、竹箒が、こんな所に迄持って来てある。』

蛍さんは一瞬不思議に思いました。いつの間に光君はこちら側にまで竹箒を持ってきたのでしょう。

まさか本堂の廊下に竹箒が2本横にして置いてあるなんて、蛍さんが思う訳がありません。

それに、蛍さんは箒を使う気は全くありませんでした。『こんな物使ったら相手が怪我をするじゃないの、』

そんな事に成ったら、1度のごめんなさいどころの騒ぎではない事を、蛍さんはよく知っていました。


ダリアの花、20

2017-02-13 11:33:32 | 日記

 「そうそう、挨拶は無しにしたじゃありませんか。」

君だっていいわと言ったでしょう。そう言って光君は、ねっと、蛍さんに同意を求めます。

そう言われると蛍さんは困ります。あの挨拶が無しになるという事は、謝っていないという事になるのです。

お父さんに謝らなかったのかと叱られてしまいます。本当はもう既に1度謝ったのに、

挨拶した事を無しにしようという話に、いいわと言わなければよかったと後悔します。

 彼女は渋々、じゃあどうするんですと、嫌々光君と話を続けます。

光君は彼女の嫌気が分かってくると、涙が湧いてくる程にとても悲しい気分になりましたが、

俺は男だと、ぐーっと気を取り直して、柱を回って挨拶するようもう1度蛍さんに指示をすると、

柱の傍で2人して背中合わせになリ、柱をこちら側へ、あちら側へと各々反対向きに回り始めました。

 直ぐに2人は柱の反対側で出会いました。これも遊びと思うと面白い遊びです。蛍さんは一応微笑みます。

光君も笑顔でした。そして、

「あなにえやえおとめを」

と光君は大きな声で言いました。

「何て言ったの?」

蛍さんは聞いた事も無い意味不明の言葉に、思わず聞き返しました。

光君は黙っていました。彼には2回この言葉を言ってよいのかどうかが分からなかったからでした。

何と言ったのかともう1度蛍さんが聞き返しても、光君は全く答えないのです。

彼女はもうこの遊びは飽きたからと言うと、

「では、お兄ちゃんだと知らなくてごめんなさい。」

そう言うと、もうこれでと、急いで本堂から出て座敷の方へ行こうと思います。

 いや、まだだよ、光君が行こうとした蛍さんの手を取り言います。君のいう言葉がまだじゃないか。

女の子のお返事の言葉があるんだ。けれど、僕はまだ聞いていないと粘ります。


ダリアの花、19

2017-02-13 10:48:49 | 日記

 さて、箒を一心に隠していた光君は、蛍さんの声に大慌て、

急いで声のした側の柱の陰を伺い、蛍さんの顔が出てこない内にと手早く箒を足で廊下の縁に押しやりました。

が、落ち着いて考えてみると、常より甘い声の蛍さんの声音が気になりました。

『ははぁん、こっちの陰じゃなくて向こうの陰にいたんだな。』

そうすると、箒をここに移動するのを見られていたなと察します。

 「ねえ、君、古事記の話は知っている?」

と光君は蛍さんに声をかけます。蛍さんは古事記なんて知りません。別のこじきを連想します。

でも、その話も知りません。知らないわと返事をします。

蛍さんの知らないわという声を聞きながら、彼女の柱の陰の位置を探る光君。

「イザナギとイザナミは?知っている?」

思いつくままに話しかけながら、蛍さんにその都度返事をさせると、光君は彼女の位置と柱の陰の様子を予想します。

用心深く足で箒を前に前にと押し進めて行きます。そうやって光君は柱の後ろにいる蛍さんの所へ近付いて行きます。

 漸く光君は柱のこちら側、蛍さんのいる側に戻って来ました。

この頃には蛍さんのいる柱の直ぐ横にまで箒は進んで来ていました。

なんと、背の高かった蛍さんには、箒の掃く先の小枝の房の一部が、それが何かと分かる程度に見えていました。

 『あんな所に隠してある。』

蛍さんはこの頃には、この光というお兄ちゃんに相当嫌気がさしていました。

光君が蛍さんを見た時には、彼女はもう笑ってはいませんでした。物調面をして柱のこちら側にいたものです。

さっき1度謝ったのだし、もうこれでと言って座敷の方へ行こうと彼女は決めます。

 「お待たせ。」

お兄ちゃんの声に、蛍さんはいいえと言うと、

さっき謝ったから、もう私の方に話はないので、これで座敷に行きますとさようならをします。

光君は困りました。箒が使えないからではありません。

お祖父様に言われた、女の子より先に挨拶しなさいという事が果たせなくなる事に困ったのです。

途方に暮れたと言っても言い過ぎではありませんでした。何とか蛍さんを引き止めようと画策します。

 「まあ、そう急ぐ事も無いでしょう。」

『えー、急がないと何時箒で叩かれるか分からないわ。』

と蛍さんは思います。渋い顔をして彼女には何も返す言葉がありません。