「いやあ、気に入らないのなら、あの子に別の女の子を探してくるのは止めるよ。」
そう言いながら、蛍さんのご機嫌を取るように男性は言います。
「君はどうやらあの子を気に入っていないと思っていたんだが、その調子ではあの子と同様あの子にぞっこんなんだね。」
いやあ、めでたい、相思相愛、あの子も喜ぶだろう、ちゃんと言ってやらなくちゃね。もう帰ろうか。
そう愛想よく言うと、蛍さんに手を差し伸べるのでした。
こうご機嫌を取られて、少し機嫌が直った感じの蛍さんでしたが、
自分の絵を侮辱されたという感情は、まだ彼女の中にくすぶっていました。
そこでにこやかな男性に直ぐには返事を返しませんでした。そうして男性に向かって疑問に思っていた問いを発するのでした。
「私の絵って、そんなに良くないですか?」
「えっ、え?」そうです、えっ、絵?です。
『えよえ、私のえ!」そうです、絵よ絵、私の絵です。
男性と蛍さん、ちゃんと会話が通じたのでしょうか。疑問ですね。二人は暫く沈黙していました。
「私が言った最初のえ、『えっ、え?』のえは何のえかな、分かるかな?」
男性が先に口をききました。蛍さんは目を輝かせて、『えっ、なあに』、なんて言う時の「え」だよ。と答えます。
このくらいは分かるのだと彼女は内心得意でした。男性の方はおや、分かるんだと意外な顔になりました。
一寸いまいましく感じます。
「分からないと思ったのに、やるねぇ。」
と、口に出して蛍さんに微笑んでみせます。
そうすると蛍さんは、得意げに調子に乗って、お父さんと何時もそういう言葉遊びをしているから分かるんだよ。
と、子供なりに謙遜して言います。
ふむと男性は顎に手を当てて、そんな面も家の教育とは合わないんだなぁと呟きます。
家の子はそんな謙遜めいた事は言わないよ、出来る事は出来るで堂々として誇らしく思い、
その事について多くを語らないよう言ってあるからね。と、ジロジロ蛍さんを見ると、又黙って考え込んでしまうのでした。