歩き出して直ぐに、光君の祖父は彼女に言いました。
「あなたの場所はここですよ、ここから真っすぐにあちらへ向かって歩いて行きなさい。」
私が後ろから大丈夫なように見ていてあげるから、私の場所はもう少し先の場所なのでね、あなたを見送ってから戻りますよ。
そう言ってからにっこり笑うと、女の子の手は小さくてか細い物だね、あの子の手はふっくりしていて骨太だが、
あの子の母も幼い頃はこんな手をしていたんだろうか、女の子の方は細君に任せっきりでね、
私の方は男同士、兄の方ばかりを構っていたものだ。幼い女の子の事は皆目分からなくてねぇ。そんな事を呟くのでした。
実は光君の祖父には子供が2人有りました。光君の母の上に男の子がいたのでした。その兄は若くして亡くなったのです。
生きていれば光君の伯父として、当家の跡継ぎ然としていた事でしょう。
光君の母も兄の死後、1人娘、跡取り娘として気苦労しなくて済んだのでした。
「あの子がね、そんな事を気にしていたとは。」
光君の祖父は息子の思いをはっきり聞いた後なので、大きな秘密を胸に抱え込んだ気がするのでした。
そしてその事を、誰かに打ち明けてしまいたい衝動に駆られるのでした。そんな彼は1人の人物を思い浮かべました。
さて、蛍さんの方は光君の祖父に言われた通り、1人で言われた方向へと足を進めて行きます。
と、ぽっかりと水の中から水面に顔を出した様に、軽い抵抗を顔の皮膚表面に受けたような感じで目を覚ましました。
『何だろう?』
彼女は思いました。天井が見えます。どうやら寝転んでいるようです。何時もの様に昼寝していたのかなと思います。
次に手に障るのは畳ではないので、木、床のようです。あれ?床に寝転んでいるなんて、家にこんなところあったっけ?
未だぼんやりしている頭で考えながら、頭を起こして見てみます。何だか見覚えの無い雰囲気です。
そこで半身を起こし、少し落ち着いて周囲を見回してみます。薄暗くて広々としています。廊下のようです。
広くて長く続く廊下、薄暗い雰囲気からするとお寺にいるようです。
蛍さんは遠足などで大きなお寺に行った事があるのでした。それでこの雰囲気から察する事が出来ました。
「ここはお寺だわ。」
蛍さんはここが自分の家の菩提寺だとまでは思い当たりませんでしたが、
一般的なお寺の本堂に自分が居るのだという事は把握できました。
そして何度も周囲を見回しながら、何故自分はこのお寺の本堂で昼寝していたのだろうと不思議に思いました。