Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、18

2017-02-12 21:35:40 | 日記

 「その前にちょっとここで待っていて。」

そう言うと、光君は蛍さんを柱の陰に待たせて、その間に奥の柱の影から竹箒を廊下の端、

畳の部屋への上り口の影に、手早く倒して伏せると足でそっと寄せました。

こうすると、本堂の畳に上がっている蛍さんから、床の縁が邪魔になって箒は見えません。

 蛍さんの方は、一番奥の柱の陰に竹箒がある事はさっきの光君とお祖父様のやり取りで知っていました。

それで、光君が先導して奥の柱に近付いて行くので、いよいよこれは箒で叩かれるのだろうと思っていました。

何しろ、お父さんが蛍さんを悪いと言ったのですから、光君が蛍さんの事を怒っているらしいと思っていました。

それに、今までの様子から、光君はどうしても蛍さんと一戦交え無いと気が済まないのだ、とも感じていました。

1回ぐらい叩かれて、その後お兄ちゃんから箒を取り上げたら、それで終わりにしてもらおう。

蛍さんはそう考えていました。

 それが、予想に反して、1つ手前の柱でお兄ちゃんが止まったのです。

もう箒は使わないのだ、喧嘩する気はないのだ、さすがにお兄ちゃん、

年が一つ上だけに分別があるんだなと安心しました。

 蛍さんは自分から喧嘩をし掛けるタイプではなく、どちらかというと受けて立つタイプでした。

降りかかる火の粉は払わねばならない、売られた喧嘩は買いますね、というような、そんな感じの子供でした。

元々は喧嘩しない方がよいので、今回平和に事が運びとても嬉しく思っていました。 

 光君に柱の陰で待つように言われた時、安心していた蛍さんは胸に一抹の不安が過ぎりました。

それで、もちろん蛍さんもそう馬鹿ではありません。柱の陰で静かにしている風を装うと、

「お兄ちゃん、早くしてね。」

と、やや幼げで無邪気な甘ったれた声を柱の端の方で上げると、そっと声を上げた柱の反対側へ身を寄せ、

こっそりと光君の様子を覗き見ていたのでした。

 『やっぱりあの箒、使う気なんだなぁ。』

蛍さんは溜息が出ました。


ダリアの花、17

2017-02-12 20:50:11 | 日記

 前に会った事があるみたいだし、喧嘩をしたこともあるみたいだけど、私は全然覚えがないから、ごめんなさい。

そう言って蛍さんは最初に謝っておきました。

光君はいやぁと言って微笑んで見せますが、頭の中では、この後如何したらよいかと盛んに考えていました。

蛍さんに先に声をかけられてしまったのです。

振り返ってお祖父様の方を見ます。お祖父様は身振りで箒はここだよと指し示します。

 『箒はあそこだな。』

光君は了解しました。お祖父様は光君が了解したので、静かにその場を離れ祭壇の奥へと消えて行きました。

光君はお祖父様が見えなくなってしまうとにやりと笑いました。

そして、本堂にある沢山の柱を見ていて閃きました。

『そうだ、そうすれば箒にも近づけるし、一石二鳥という物だ。』

光君はにっこり笑うと、徐に蛍さんに話し掛けました。

 「まあ、こっちへ。」

そう言って、手で奥の柱の方へ蛍さんを誘います。

光君は先に立って歩きながら、蛍さんの顔色を窺がいつつ、この先の展開を考えていました。

ここは古事記に習おう。

 奥から2番目の柱の所まで来ると、光君は立ち止まり柱に手を掛けます。

「もう1度挨拶のやり直しをしよう。僕達はまだ挨拶していないからね。」

そう言うと、いいねと蛍さんに念を押します。

蛍さんは何だか面倒なお兄ちゃんなんだなと思いますが、いいわと了解しました。

「じゃあ、僕はこの柱をこちらから回るから、君は反対にこっちから回って来て、

そして出会ったところで僕の方から言葉を言うから、その後君も何か言ってね。」

と光君は蛍さんに指示します。


ダリアの花、16

2017-02-12 11:50:33 | 日記

 きゃーどうしたの、またやったのかい?

男の子とお祖父様のいる廊下の横、開かれた障子窓の外から年配のおかみさん達らしい声がします。

「今年はどっちが勝ったんだい?」

また光ちゃん泣かされたのかい。蛍ちゃん今年も勝ったの?今年は僕の方が強かったのかい?

やんやと盛んに声が聞こえて来ました。

 蛍さんは顔をしかめます。あの声の話だと、私は毎年あの子と喧嘩しているのかしら?

蛍さんは首をかしげました。毎年どころか、昨年のお盆に会った事さえ蛍さんには記憶が無いのです。

今年初めて会ったとばっかり思っていたお兄ちゃんなのに、どうやら随分長い間決戦を続けて来たようです。

何だか変だわと、蛍さんは考え始めました。

私は如何して覚えていないのかしら?

昨年墓参りに来た記憶は確かにあるのに、あのお兄ちゃんの事は全然思い出せないのです。

蛍さんは腕を組んで、頬に手を当て、首を傾げ、考え込んでしまいました。

 物思いにふける蛍さんの様子に、光君とお祖父様も殺気を感じなくなったようです。

2人で何やら相談すると、光君は箒をお祖父様に渡しました。

漸く光君はごく普通の足取りで蛍さんに近付きました。

 「あのう、私、お兄ちゃんに前に会った覚えが無いんです。」

蛍さんは光君の事を覚えていないのが申し訳無いと思ったので、早速彼に言葉を掛けました。

光君はしまったと思います。お祖父様に念押しされていた事が出来なくなってしまいました。

 その頃、お祖父様の方は光君から取り上げた竹箒を、2人が立っている廊下にある柱の中で、

2人から離れた一番奥の柱に立てかけました。

『ここなら2人から一番遠い柱だから、光もここまでは取りに来ないだろう。』

お祖父様は光君に、念のため、一応本堂の中、柱の陰に竹箒は隠して置くからと約束したのでした。