「その前にちょっとここで待っていて。」
そう言うと、光君は蛍さんを柱の陰に待たせて、その間に奥の柱の影から竹箒を廊下の端、
畳の部屋への上り口の影に、手早く倒して伏せると足でそっと寄せました。
こうすると、本堂の畳に上がっている蛍さんから、床の縁が邪魔になって箒は見えません。
蛍さんの方は、一番奥の柱の陰に竹箒がある事はさっきの光君とお祖父様のやり取りで知っていました。
それで、光君が先導して奥の柱に近付いて行くので、いよいよこれは箒で叩かれるのだろうと思っていました。
何しろ、お父さんが蛍さんを悪いと言ったのですから、光君が蛍さんの事を怒っているらしいと思っていました。
それに、今までの様子から、光君はどうしても蛍さんと一戦交え無いと気が済まないのだ、とも感じていました。
1回ぐらい叩かれて、その後お兄ちゃんから箒を取り上げたら、それで終わりにしてもらおう。
蛍さんはそう考えていました。
それが、予想に反して、1つ手前の柱でお兄ちゃんが止まったのです。
もう箒は使わないのだ、喧嘩する気はないのだ、さすがにお兄ちゃん、
年が一つ上だけに分別があるんだなと安心しました。
蛍さんは自分から喧嘩をし掛けるタイプではなく、どちらかというと受けて立つタイプでした。
降りかかる火の粉は払わねばならない、売られた喧嘩は買いますね、というような、そんな感じの子供でした。
元々は喧嘩しない方がよいので、今回平和に事が運びとても嬉しく思っていました。
光君に柱の陰で待つように言われた時、安心していた蛍さんは胸に一抹の不安が過ぎりました。
それで、もちろん蛍さんもそう馬鹿ではありません。柱の陰で静かにしている風を装うと、
「お兄ちゃん、早くしてね。」
と、やや幼げで無邪気な甘ったれた声を柱の端の方で上げると、そっと声を上げた柱の反対側へ身を寄せ、
こっそりと光君の様子を覗き見ていたのでした。
『やっぱりあの箒、使う気なんだなぁ。』
蛍さんは溜息が出ました。