Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、81

2017-03-11 15:19:20 | 日記

 奥様は今度は障子の陰から顔を出して、夫の住職さんを呼びました。

ちょっとちょっと、と、廊下に呼び出して、やって来た住職さんと奥様は2人でぼそぼそと何やら相談していましたが、

2人で一緒に蛍さんの所へやって来ると、どちらから言うとも無く、

「あなたね、もうここにはいないのよ。」

だから皆にはあなたが見えないんです。私達2人だけにしか見えないのよ。と言われます。

「つまり、あなたは亡くなったのよ。成仏してね。」

あっさりそう言われても、蛍さんにその出来事が理解できるはずが無いのでした。

 さて、蛍さんを奥様に任せて部屋に戻ろうとした住職さんが、おやっと言われます。

「いや、未だそこ迄は行っていないようだ。」

「え、そうじゃないんですか、私は手っきりそうだと思いました。」

と奥様が室内を覗き込む住職さんに話しかけると、住職さんはその子はまだ成仏までは行かないようだ、

そうひっそりと奥様に言って、ほらっと、手で促して室内を見る様にと示します。

 ささっと奥様は室内を覗き込んで、あらっと微笑みます。それからこちらの不安そうな蛍さんに視線を戻し、室内を眺め、

そして急に涙ぐんで顔を伏せると、廊下のこちら側にしんみりと戻って来られました。

 そして蛍さんを見るともなく肩を落とすと、その場にしゃがみ込んで涙を落とされるのでした。

『未だだけれど、あの様子ではそう遠くないわね。』

 奥様はこちらの蛍さんに因果を含めておいた方がよいと思い、蛍さんを見て落ち着いて話をされるのでした。

「あなたは確かにまだあの世には行っていないようだけど、時はもうすぐです。」

心の準備をしておきましょう。おばさんが手伝って上げるからね。時が来たら真っ直ぐに行くんですよ。

さっき居た砂の世界や、伯父さん、叔母さんの居た世界には寄らずに、直ぐにあの世へ行くんですよ。

時が来たら分かりますからね。微笑んで心配ないからと、そう蛍さんに言い含めるのでした。

 何だか清浄な奥様のその様子に、蛍さんの気持ちも清水に洗われていくような心地がします。

そして、清らかな蓮の花が咲くようなこの廊下の雰囲気とは打って変わって、

隣の室内の様子は、まさに愛憎渦巻くどろどろとした人間模様の様相を呈していました。

 

 

 


ダリアの花、80

2017-03-11 14:42:32 | 日記

 蛍さんが思い出してみると、奥様は自分がこの部屋に入って来た時からこの様な顔つきで、

終始自分があちらこちらと話しかける様子をじーっと眺めていたように思います。

 部屋にいる大人達の中で、1番前の住職さんに注目したり、眼前に視線を落とす座布団の人々の群れの中で、

奥様のこの様子は1人際立って目立つのでした。

蛍さんはそれでも先程の一件から、奥様に事情を聞きに行く気にはなれず、

他の大人達よりはと、1番信頼できる住職さんに問いかけの狙いを定めました。

 彼女は大胆にも父の前、皆の眼前を横切ると、住職さんの前に行きました。

「ねえ、住職さん、」

皆如何したんですか?おずおずと丁寧に聞いてみました。ちょっと住職さんは嫌な顔をしましたが、

ほんの少し頬を動かした程度の顔の変化でした。そして、父のいる方と反対側の自分の横に来なさいと言うように、

手で蛍さんに合図をしました。蛍さんが住職さんの反対側に回ると、

住職さんは何気なさそうに自分の顔を蛍さんの方に向けて、ぼそぼそと、

「私は見えませんからね。」

とだけ彼女に言うのでした。それでも蛍さんは事情が分かりません。こうなると嫌でも仕様がありません。

 蛍さんは遂にお寺の奥様と確り顔を合わせました、その蛍さんの表情に彼女の決意を汲み取った奥様は、

つっと立つと、部屋から出て障子の陰、庭側の廊下に立ちました。

障子の向こうで廊下に出て来る蛍さんを待つ気配です。

そうして、奥様は障子からそ――と顔を出すと、蛍さんを小さく手招きしました。

蛍さんも奥様のこの招きに応じて廊下に出て行きました。

 奥様は蛍さんの顔つきや雰囲気をしげしげと見て、やや微笑むと、住職はあなたに何か言いましたか?

と聞きました。今何かあの人と2人で話をしていた様子だったけどと。

 蛍さんは、聞かれた通りに答えました。私は見えませんからねと言われました。と。

蛍さんの答えに奥様は少し驚いて、じゃぁ、あの人見えるんですね。と言われます。

いえ、見えないと言ってました。と蛍さんは苦笑いしながら答えます。

だから、そう言ったという事はあの人には見えて居るんです。そう奥様は合点されるのでした。


ダリアの花、79

2017-03-11 14:13:48 | 日記

住職さんの声に、父は意を決したように話し出しました。

この様子を見てとった蛍さんは、父は今忙しいなと判断しました。ではと、母を探してみます。

いました、彼女の母は真ん中の後ろの方に座っています。真面目な顔をしています。

座敷の中は思ったよりも人が多く、墓参りに居合わせたらしい親戚の顔も見えます。

蛍さんは皆が座っている隙間をよいせよいせと縫って歩き、母に近づくと、

「お母さん、何があったの?お父さん、何か悪い事をしたの?」

と、聞いてみます。母も祖母同様に蛍さんの声掛けなど全然無視して、むっすりした表情を浮かべると、

今話をしている父の方に顔を向けたり、その顔を伏せて視線を下に落としたりしています。

と、父の次に話し出した住職さんの方へ顔を向けました。そして住職さんの話に満足げな笑みを浮かべました。

 蛍さんは何しろ、何が起こっているのかが不思議で不思議で仕様が無いのでした。

誰に事情を聞いたら一番良いかと、部屋の中の大人の顔を眺め回してみます。

そこで次に母の前に座っていた祖父の背中をトントンと突いて、

「おじいちゃん、お父さん如何したの?」と小声で聞いてみます。

 祖父は住職さんの話に聞き入っている様子です。蛍さんの問いかけなどお構いなしです。

他の家族同様、全く蛍さんを無視しています。蛍さんが身を乗り出して祖父の顔を覗き込むと、

如何やら祖父は心ここにあらずでした。住職さんの話を聞いている訳では無く、何やら上の空の様子です。

やや呆気に取られたような表情をしています。

繰り返し話しかける蛍さんに、返事を返してくれないどころか、振り向いてもくれません。

蛍さんは遂に、今手が空いているらしい人物、住職さんの隣で無言のまま突っ立っている父に事情を聞く事にしました。

 父の傍までよいせよいせとにじり出て行くと、お父さん、何があったの?皆如何したの?と聞いてみます。

しかし、父も何だか迷惑そうな顔をして、蛍さんの問いかけには無言で、部屋の大人では1人立ったままです。

その内父は住職さんに呼ばれ、室内に進むと、住職さんのすぐ横へ座布団を敷いてもらいちんまりと座りました。

部屋の入り口近くには蛍さん1人がとり残されました。蛍さんは心細そうに室内を眺めてみます。

彼女は何だか本当に皆に仲間外れにされたような寂しさを覚えました。

 と、ぐっと首を上げて確りと目を見開いている住職さんの奥様と顔が合いました。

奥様は蛍さんが部屋に入ってきた最初から中で座っておられたのですが、蛍さんの行く先々に顔を向けて、

常に蛍さんと正面から顔が合うようにして座って居られました。