「お腹空いたでしょう。」
お昼にしようね、そう娘に言うと、
娘も緊張しているのか、お腹は空かないと答えるのですが、やはり事故現場にこの子をこのまま置いてはおけないと、
母は娘の手を引き、その場を取り仕切る警察官や周りの人に、お願いしますと頭を下げると、
自分達の席を取った浜茶屋の名を告げ、その場所を指差し、視線を落としながら黙々と砂浜を歩き始めました。
震える足を砂の上に運ぶと、崩れる砂で足を取られてよろけ、転びそうになりました。こんな事ではいけないと、
今いる娘の為にも自分がしっかりして落ち着いて歩かなければと、母はせっせと自分の気持ちを引き立てて歩くのでした。
いくら冷静を保とうとしても心ここにあらずの体で、自分達の荷物を置いた浜茶屋へと帰って来ました。
兎に角子供に昼食を取らせないと、そう思ってバスケットを開きます。
水筒を出して、まずは湯呑にお茶を注ぎます。喉が渇いていたのでしょう、子はごくごくとすぐにお茶を飲み干すと
まだ飲みたいとお替りします。母が大きなカップにお茶を注いでそれをテーブルに置いてやると、子はそれもすぐに飲み干してしまいました。
それでもまだ水を欲しいと言うので、母が立って浜茶屋の人に水を貰いに行くと、その間に子供の方はバスケットの中を覗いてみます。
自分の食べたい物を物色してみました。中にはおにぎりやゆで卵、お漬物等が入っているのでした。
甘い香りに、大事そうに入れられている模造紙の包みを籠から取り出し、自分の膝の上でガサガサと開いてみると、
中からこんがり焼かれたパンにジャムがサンドされた物が出てきました。
『お兄さんの好物だわ。』
妹はハッとします。幼くても、兄の身に起こった事が薄々分かっているのでした。そして、それがなぜ大切に模造紙に包まれて籠に入っていたのかも察するのでした。
この日の朝、早朝から母は竈でこれを焼いていたのです。寝床まで香ばしいよい香りが漂っていました。
その前の晩にも、母は何やら台所で下ごしらえしていました。娘は深夜に母が台所に立って行ったのにも気付いていました。
モダンな母は洋菓子などを工夫して作ってくれるのでした。特にこのジャムサンドは兄の好物でした。
母の作ったジャムサンドは天下一品と太鼓判を押して、兄は母をとても喜ばせていたのです。
使われているジャムも母の手製の果物ジャムなのでした。
娘は膝の包みを元のように紙で包むと 、それをバスケットの中の元あった場所に戻しておきました。