「闊達で、利発で、腕白で、」
そう言葉に出すと、祖父は目に涙が湧いてくるのでした。
何十年ぶりに息子を思って涙を流す事かと、こんな事初めてだなと、祖父に限らず傍らで夫を見つめていた妻もその涙に物思うのでした。
「あなた、一体どうしたと言うんです。今日は本当に変ですよ。」
何時もならあっさりし過ぎているくらいに物事に淡泊な夫が、今日は嫌に拘ってしつこく尋ねる事と、
妻は不思議に思っていたのでした。
「いや。」
いや、何でもないんだ。そう夫は言うと、やはり妻には黙っていようと思います。
「ただ、これだけは信じてくれないか。」
あの子は真実妹思いの兄だったんだよ。例えどんな風に見えたとしてもね、これだけは確かだと信じてやって欲しいんだ。
夫はそれだけ言うと、少し1人にして置いてくれないかと妻に話し 、妻はその場から離れる前に
「あなたがそう仰るなら、私もそう思う事にします。」
と一言いうと、夫をその場に一人残し去って行くのでした。
残された彼は窓枠に手を掛けて、溢れ出る涙を溢れるに任せていると、
うっと声に出して嗚咽さえしてしまいました。
しかし今日はこの儘、湧いて来る感情の儘に任せて息子を失った悲しみに浸っていようと思います。
『声に出るなんて、私も歳をとったんだなぁ』
こう涙もろくなったなんて、と、彼は思います。
光君の祖父は、彼の息子が亡くなってから、実に初めてこの時涙を流したのでした。
胸の熱いものが少し引いて、まだ静かに無心の涙を流しながら、もう昼に入った夏の盆の日。
墓所には人も途絶え影になるこの軒で憩って居ると、田の水の香り、稲の香り、まだ残っている線香の香り、夏草の香り 、様々な香りが漂って来ます。
どれもごく自然な風物を感じさせる香りで 、彼は心地よく、安らぐ様に気分が軽くなると、なんだか若返ったような気がしました。
初めて父親になった若かりし頃、その頃の自分に戻ったような新鮮な気持ちになりました。
心身ともにリフレッシュしたようで、彼は大きく伸びをしました。
清々しさにふっと笑顔になり 、目を擦って涙に濡れた頬に気付きました。
はははと、恥ずかしい、誰かに見られる前にと、さっさと涙を拭って顔を綺麗にします。
夏の日差しは明るいなぁ。
屋外の眩しい光景に目を細め、彼は心底爽快な笑顔をその顔に浮かべるのでした。