「あなた、私達も帰りましょう。」残っていた親戚の奥様が仰います。
ところが、この家のご主人の方は何だかにこやかです。いかにもの含み笑いから相好を崩しながら、
「いや、私は見て行くよ。」
と何だか朗らかに仰います。そして横にいる奥様にぼそぼそと、
「おまえ、ここのお寺さんの憑き物落としは有名なんだよ。」
会社でも聞いた事があるし、私も実際に前に1度見た事があるんだ。なぁ父さん。
そう言って前に座っている蛍さんの祖父に話しかけます。ああと、祖父は後ろも見ずに答えました。
「お前は見た事があるな。確かに憑き物落としにあったな、お前は。」と息子に答えます。
「それに、面白いんだよ、可笑しいと言うか、まぁ、お前も1度見ておくといいよ。聞いておくかな。」
そう言って、うっくふふふ、ぷっと、堪え切れずに噴き出してしまい、酷く可笑しそうに笑われます。これを見て奥様も、
「なんだ、面白いんですか?そんなに。それは見ものだわ。」
と、目を細めて、でも内心はおっかなびっくり、それでも度胸を据えて興に乗る決意です。
残された奥様は後ろの入り口を振り返って、先に出た親戚の奥様を伺います。
彼女はどうやら襖の陰でこちらの様子を窺っている気配です。
『ふん、私だけ夫に付き合って嫌な目に遭うのは癪だわ。』
と、この奥様はそーっと立ち上がると、一寸おトイレへと夫に小声で言うと、後ろの出口から出て行きます。
果たして、先に立ったお家の奥様が襖の陰に寄り添って聞き耳を立てておられます。やはりねと今出てきた奥様は思います。
襖の陰から、奥様同士の軽い笑いを含んだ声音が聞こえてきます。
「あら、もうお帰りかと思っていましたら。」
「まあ、まだタクシーが来ないので、如何なったかしらと蛍ちゃんが心配で、心配で。」
「おや、まぁ、まだ何も始まってませんよ。それより、奥様、何だか家の主人が申すには、ここのお寺さんの憑き物落としは大層面白いのだそうですよ。ほほほ、見ないで帰られるなんて、大層惜しい事をされますね。」
「え、そうなんですか?ちょっと主人に聞いて来ます。あなた。」
あなたと、ここで声は途切れて、居残り組のご家庭の奥様は本当に厠へ行かれた様子です。
この間、住職さんは再び廊下に出て、自分の相方を務める奥様の様子をお尋ねになります。