「如何だね、やれそうかね。」
こっちの子の様子はどうだね、少しは見えるようになったかね。そう住職さんが聞くと、
全然見えて来ません。こんな調子で私は務まるんでしょうかと、奥様の方はおろおろと不安げです。
とても出来そうにないのでと、今までは何方が相方をされていたんですか、とおずおずと聞いてみます。
「母さんだよ。もちろん。他に誰がいると言うんだね、この寺に。」
住職さんの答えに、えっと驚く奥様です。
「弟さんとかではないのですか?」
そんな者、何れこの寺を出て行く者に、秘伝の技など教える訳が無いじゃないか。と住職さん。
父が生きていた頃は父と私が、父が亡き後は私と母が。この家を継ぐ者の務めだよ。
「無理と思うなら早く世継ぎを生んでおくれ。お前だけが頼りなんだから。」
と、住職さんは奥様の手を握られます。酷く困惑してしまう奥様です。憑き物落としも跡継ぎも、
どちらもまだ経験した事が無いのですから、大層不安に思ってしまいます。そこで、ふと、
「お母さんに変わってもらわれしまへんやろか。」
と夫に聞いてみます。
「母さんか。」
そうねと住職さん。ちょっと聞くだけでも聞いてみようかと、奥に立って行かれます。ほっとする奥様です。
『お母さん、引き受けてくれはりますやろか。』一寸期待してしまいます。
でも、義母は結構な弱りようでしたから、半ば諦めの境地でもありました。
「やっぱり駄目だ。無理だといっていた。」
戻って来た住職さんの話にやはりねと奥様は肩を落とされるのでした。仕様がありません。これもこの寺に嫁いできた者の務め。
そうきっぱりと割り切って、夫に従い憑き物落としの初めの1歩を踏み出す所存です。
「遣ります、私。」
ときっぱり。しゃんと胸を張って夫に覚悟の程を示します。
「立派ね。」
立派よ、お前。と住職さんは目を見張って自分の妻を頼もし気に見つめます。うんうんと、それでこそこの寺の嫁、家内、
御台所よと褒め上げます。手を握ると一言、惚れ直したわと満足気に柔和な笑みを浮かべる住職さんでした。