Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、96

2017-03-21 11:47:16 | 日記

そう言いながら妹の名を言って、大変だと沖を指さして急ぎます。兄はせっせと泳いで妹の救出に向かいました。

彼は泳ぎながら、海水浴に来る前に、読んだばかりの救助法の本の内容を思い浮かべて反芻します。

よしと、バタバタ騒ぐ妹の傍をぐるぐる泳いで、頭にちょんと触れてみます。

 妹は兄さんの顔が見えたので、伸びて来るその手に必死にしがみつこうと暴れます。

兄さんと叫ぶと水がガバッと口に入ります。息が出来ない苦しさに益々恐怖が増してきてパニックに陥るのでした。

しかし、兄はすぐそば迄来ているのに、今助けてやるからね、安心してねなど言いながら、全然自分を救い上げてくれないのでした。

兄に伸ばす自分の手を払いのけるようにして逃げてみたり、自分の頭を小突いて背中に回ったりと、随分と意地の悪い事をするのです。

自分はもうかなり海水を飲んで息も絶え絶え、もうこのままでは本当に海中に沈んで溺れ、息絶えて仕舞いそうです。

 妹は、漸く現れた兄の顔に希望の光を見出したのに、その兄に拒まれて酷く失望して、余計に精神的なダメージを受けることになりました。

がっくりと気持ちが折れて、手足が重くなり水を掻く元気も無くなってきました。

 もうだめだ、全然助けてくれない酷い兄、兄は本当に意地悪だったんだ、私の事が嫌いだったのだ。

よく分かったと思って自分の命を諦めかけた時、

「馬鹿!、何してるんだ!」

妹を苛めるな!と、母の声がして、ふいに視界が明るくなると、母の手の中に自分は確りと抱きかかえられていたのでした。

 妹の溺れている現場に着くや否や、母は兄を思いっきり罵倒して叩くと、

もうぶくぶくと泡しかないような中にぐったりとして沈む、力ない娘を抱き上げると、

後も振り返らずに急いで岸へと戻るのでした。

胸にはぐったりとして力なく、涙か海水か分からないような濡れそぼった顔をした娘が、確りと抱えられていました。

 ざぶざぶと波を蹴散らす音を立てて波打ち際までたどり着き、抱えた娘の体重が増してくると、

母も漸くドキドキと緊張した胸の高鳴りを感じるのでした。手も足も震えて、娘を落とすように浜に上げると、

自分も砂浜に倒れ込むようにして座りました。動機も息も苦しくて、短い時間でしたが疲労困憊してしまいました。

それでも母としての責務から、気持ちを落ち着けて傍らの娘に声をかけました。

「大丈夫?苦しくない?。」

娘の方も水を飲んでいましたが、息はまだある内の救助でしたから、はあはあ言う内には少しずつ落ち着いてくるのでした。

周りには海水浴中の子供達の親も戻り、事情を知ると、皆一様によかったよかったと歓喜に湧いてくるのでした。


ダリアの花、95

2017-03-21 11:45:52 | 日記

 そこはまだ浅瀬でしたから、彼女は直ぐに立ち上がると流れて行く浮き輪に気を取られました。

寝ぼけ眼でそれを追いかけて行きましたが、もう少しで手が届くというところで、ブクッと深みにはまってしまいました。

急いで犬かきなどして、未だすぐ目の前を漂う浮き輪に手を伸ばしたのですが、 すいっと浮き輪は彼女の手をすり抜けて向こうへ行ってしまいます。

急いで兄を呼びましたが、兄は丁度潜水して海底を覗き込んでいる所でした。

 彼は海中にいるハゼなどの小魚を興味深く眺めてみました。

この手を伸ばせばすぐに捕まえられそうな目の前の小魚を、何とかうまく素手で捕まえられないかしらと、

海中に漂う藻などにも目を止め、捕獲方法をあの手この手と考えたりしていました。

たまたま運悪く、丁度母も小用で座を外したところでした。辺りには何故か子供達だけが残っていたのでした。

 頼りにする兄の姿がどこにも見えないので、慌てた彼女には浮き輪をだけが頼みの綱となりました。

せっせと追いかけますが、直ぐ間近に見えても浮き輪に追いつくのは難しく、彼女は何度も浮き輪に手を伸ばすのですが、

今度こそ捕まえられたと思っても、浮き輪の方は彼女の手をすいっと掻い潜り向こうへと逃げて行ってしまうのでした。

周囲に子供の声も無い心細さで、彼女はもう諦めて戻ろうと思い方向転換して陸を見ました。

 すると、思いの外に遠くまで流されて来ているのでした。この頃は波も大きな物が盛んに来るようになり、

先ほどまで凪いでいた海が嘘のようです。早く戻ろうと彼女は思いました。

 しかし、1度ザブンとばかりに頭から水をかぶると、彼女はがぼっと海水を飲み込んでしまいました。

塩っ辛さが喉や鼻に抜ける苦しさで、思わずバタバタと暴れると、彼女にはもう何が何だか分からなくなってきました。

目は海水でぼやけてしまい、上が空か下が空か、今海中にいるのか、海面にいるのか、何が何だか全然わかりません。

こうなると上下の区別もつかないような状態になってしまい、バシャバシャと手応えの無い海水と盛んに格闘する始末です。

 この頃漸く兄が海面に顔を出すと、何やら周りの子供が騒いでいます。

溺れてるんじゃないか、助けに行かないと、大人を呼んでこよう等々、兄の耳にこれらの言葉が飛び込んできました。

何事かと見回して、急いで皆の視線の先を見ると、そこには水しぶきが上がり、その中に小さな手がひらひらと見え、

花模様の見慣れた海水棒が浮き沈みしています。その先には見覚えのある妹の浮き輪が海面に揺れています。

浮き輪は波に上下しながら段々と遥かな沖へと流されて行きます。

 まさか、でもと、彼が妹の名を呼んで付近を見ても、返事をするはずの妹の姿は見えません。

まさか、まさかと、緊迫して不安に思う中、聞こえてくるはずの妹の返事も返って来ません。

 やはりあれは妹だ、嘘だろうと、兄が急を悟り、急いで水しぶきが上がっている場所迄行こうとした時です。

緊急を告げようと母を探していた彼の目は、砂浜を駆けて来る彼等の母の姿を捉えました。

「母さん!」