拒絶が私の体内を満たし終えると、私は何も受け付けなくなった。
最も身近にあったものたちを、最も遠ざける生き物に私はなった。
「どうして? 食べないの?」
「あんたが人間だからだよ」
「あなたも人間よ」
母は言った。
確かに母の言う通りだった。
扉を開ければ、そこに人間がいる。
声をかければ、そこに人間がいる。
スイッチをつければ、そこに人間がいる。
街を歩ければ、そこに人間がいる。
どこへ行っても、どこまで行っても、そこに人間がいる。
いるのは人間ばかりだ。
「人間なんてもううんざり」
言い残して私は人間世界から出て行った。
硝子の向こうに猫はいた。
こちらをじっと見ている。
「こっちにおいで」
猫は硝子越しに近づいて、ついに硝子にぶつかった。
硝子の上に身を乗り出して、両の手を透明な壁に当てたり、擦り合わせたりした。
猫は、まるで硝子の檻の中に閉じ込められているようだった。回りさえすれば、こちらに来れるのに。
「こっちにこい」
誰も訪れない
庭を一人眺めていると
胸がちくちくする
こい こい こい
呪文を唱えてみても
誰も訪れないまま
こい こい こい
いったい自分は
誰の訪れを待っているのか
これはきっと
こいだよ
もう忘れてしまったか
わからないこれこそが
こいだよ
「回っておいで」
けれども、猫に声も言葉も届かなかった。
「待っていて」
私は硝子を回り、硝子の向こう側に渡った。
背後でかちりと音がして、私は閉じ込められた。
硝子の檻の中に猫はいなかった。そこは深い闇の世界だった。
冷たく邪悪な空気が私の皮膚に付着して、私を分解しようとする。歩き回ると、すぐに硝子の壁にぶつかってしまう、そこは考えるより遥かに狭く逃げようのない空間だった。出たい。ここから何としても。私は割れんばかりに暗黒の硝子を殴りつけるが、手は壮麗な水槽の中で未知の魚を追うように力ない遊泳の果てにきーんという音を返すばかりだった。血を流すこともできない私は、淀んだ硝子の中でどんどん小さくなってゆく。帰りたい。どこか架空の場所に。私は叫ぶ。
「助けて!」
「誰か、助けて!」
私は必死で助けを求めた。けれども、声は硝子に反響するばかりだった。
その時、突然複数の影が檻の隅々でうごめき始めるのがわかった。
それは無数の狼たちだった。
「呼んだかい?」
*
「狼たちは悪者?」
ノヴェルから奪い返したケータイを開き、マキは夜の中で文字を追った。
手短な猫の文字列は、やすやすと流れ瞬時に不完全な結末へとたどり着く。
「それともいいもの?」
猫は、人間の言葉に反応を示さなかった。
硝子の瞳を夢のまぶたに包みながら、微かに寝息を漏らしていた。
最も身近にあったものたちを、最も遠ざける生き物に私はなった。
「どうして? 食べないの?」
「あんたが人間だからだよ」
「あなたも人間よ」
母は言った。
確かに母の言う通りだった。
扉を開ければ、そこに人間がいる。
声をかければ、そこに人間がいる。
スイッチをつければ、そこに人間がいる。
街を歩ければ、そこに人間がいる。
どこへ行っても、どこまで行っても、そこに人間がいる。
いるのは人間ばかりだ。
「人間なんてもううんざり」
言い残して私は人間世界から出て行った。
硝子の向こうに猫はいた。
こちらをじっと見ている。
「こっちにおいで」
猫は硝子越しに近づいて、ついに硝子にぶつかった。
硝子の上に身を乗り出して、両の手を透明な壁に当てたり、擦り合わせたりした。
猫は、まるで硝子の檻の中に閉じ込められているようだった。回りさえすれば、こちらに来れるのに。
「こっちにこい」
誰も訪れない
庭を一人眺めていると
胸がちくちくする
こい こい こい
呪文を唱えてみても
誰も訪れないまま
こい こい こい
いったい自分は
誰の訪れを待っているのか
これはきっと
こいだよ
もう忘れてしまったか
わからないこれこそが
こいだよ
「回っておいで」
けれども、猫に声も言葉も届かなかった。
「待っていて」
私は硝子を回り、硝子の向こう側に渡った。
背後でかちりと音がして、私は閉じ込められた。
硝子の檻の中に猫はいなかった。そこは深い闇の世界だった。
冷たく邪悪な空気が私の皮膚に付着して、私を分解しようとする。歩き回ると、すぐに硝子の壁にぶつかってしまう、そこは考えるより遥かに狭く逃げようのない空間だった。出たい。ここから何としても。私は割れんばかりに暗黒の硝子を殴りつけるが、手は壮麗な水槽の中で未知の魚を追うように力ない遊泳の果てにきーんという音を返すばかりだった。血を流すこともできない私は、淀んだ硝子の中でどんどん小さくなってゆく。帰りたい。どこか架空の場所に。私は叫ぶ。
「助けて!」
「誰か、助けて!」
私は必死で助けを求めた。けれども、声は硝子に反響するばかりだった。
その時、突然複数の影が檻の隅々でうごめき始めるのがわかった。
それは無数の狼たちだった。
「呼んだかい?」
*
「狼たちは悪者?」
ノヴェルから奪い返したケータイを開き、マキは夜の中で文字を追った。
手短な猫の文字列は、やすやすと流れ瞬時に不完全な結末へとたどり着く。
「それともいいもの?」
猫は、人間の言葉に反応を示さなかった。
硝子の瞳を夢のまぶたに包みながら、微かに寝息を漏らしていた。