眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

終末の乾電池

2013-09-05 21:51:02 | 夢追い
 明日が世界の終わりだというのにみんな普段通りに、平然とした様子で眠っている。どうしてそんなに普通にしていられるのか、どうも腑に落ちないのだ。普通だったら、もっと騒ぎ立てるとか、残念がったり、残り少ない時間でできることを精一杯頑張るとか、何か特別な行動を取るのではないのか。それなのに、そうした様子は一切見せず、今までと同じように布団を並べてただ一緒に眠るなんて。しかも誰も何も言うべきことがないなんて。本当は誰も眠っていないのだろう。
「今まで、みんなありがとう」
 せめて自分だけは何か特別なことを言うべきだという気がして、言った。今までそんなことを言う機会もなかったし、言いたくもなかったけれど、今となってみれば、突然そんなことを言いたくなったのだ。本当はもっと、1人1人について、感謝の気持ちを表したかったけれど、いくら世界が終わるといってもそこにはまだ気恥ずかしさが少しは残っていて、みんなという言葉に乗せることが精一杯だった。

「終わるといってもそんな急に終わるわけない」
 父はそう言ってから、乾電池を寄せ集めた。特別な装置を使って、1つずつ電池の残量を測っている。街中の電池が、急激に失われているという噂になっているのだった。
「雑巾を持って来い」
 雑巾は使い捨てずに、1枚ずつ充電して使うようにと言う。テレビの上には、長年の埃が降り積もっているようだったが、今更それを拭って何になるだろう。本当に、父は正気なのだろうか。世界の終わり記者会見の一座が会見を始める。
「我々は悪い知らせを持って地球を回っています」
 ちょんまげ頭の座長が一座を代表して言った。
 各国の報道陣から、質問が投げかけられる。中には少し、的を外した質問も見受けられた。それに対しても座長の受け答えは冷静そのものだ。
「ピッチャーだけが注目されすぎている現状は、少し問題でしょう。それでピッチャーだけが引退しても役者になって活躍することになる」
 もう少し、各ポジションに視線を分配することが重要と座長は述べた。
「勿論、テレビのない国々も回らなければなりません」

 試合前のテーブルについたタクは、通帳を並べて振込先のチェックをしている。僕のいないチームなんて火達磨になって負ければいい。そう決めて新しいチームを作ったのだ。昔の友達も戻ってきたし、新しい仲間も加わって、今から僕を切った奴らを倒すのが楽しみでならなかった。ついつい昔の習慣で、古いチームのベンチに入ったりして恥をかかないように注意しなければならない。顔を合わせても、愛想笑いなんてしないように決めておこう。色々と決めておかなければ、曖昧なことをして自分に負けてしまいそうだ。右から行こう。右へ右へ抜いて、シュートを打ち切ってしまおう。それも決めておこう。僕にはもう全部イメージができ上がっている。
 誰かが猫の湯船にお湯を継ぎ足した。
「熱いんじゃない?」
 やはり熱かったのか、すぐに猫は湯船から抜け出してこちらに歩いてきた。
 熱い! 熱い! と言って僕の胸を力強く押してきた。
「この子、力が強くなっている!」
 しばらく見ない間に、猫は随分と大人になったのだ。
「怒ってるからじゃない?」

 試合はレースとなり、ついには鬼ごっこと化していた。温めていた走法が炸裂すると誰も僕の走りを止めることはできなかった。肩の高速回転と強い遠心力が、触れようとする者たちを弾き飛ばすため、追いついたとしても、手を触れることもできないのだった。
「一説にはカンガルーからヒントを得たとも言われています」
 何よりも心強かったのは相棒タクの存在で、普通ならグランドを走り切っただけでくたくたになるところだが、衰えることのない勢いはその後の階段レースでも、坂道レースでも続き、各国の強豪を前にしても、その強さは群を抜いていたのだった。
「まだ余裕?」
 そう問いかけた時、彼はいつも笑って頷くだけだった。
 勝利の余韻が残る橋の上で、彼は祝福の携帯電話を握り締めている。
「えっ、9人? 全部で9人?」
 予定よりもメンバーが増えたようだった。
「君は帰れ」
 そういうことで僕は家に帰ることになった。

 家の中は妙にひっそりとしていた。
「鉄人リレーで優勝したよ」
「まあ、それはよかったね」
 よかったと言う母の笑顔は、どこか残念そうだった。
 風呂はもう船になってしまったから、入れないと言う。
 テレビの上に無造作に置かれている、開くとそれは町内会名簿だった。ページをめくっていくと、そこに僕の名前があった。どうして僕が……。
 僕はどこかに行くのだろうか。
 空っぽの湯飲みの横で、直立した乾電池が僕を見つめていた。

コメント
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