眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

四面楚歌

2013-09-12 21:14:32 | 夢追い
 敵も味方もわけがわからない。せっかくのコーナーキックだというのに分厚い壁に覆い尽くされ、ゴール前どころか敵陣にさえ入れない。チャンスは一部の人たちのためにあって、自分には何の関係もない。参加資格を持ちながら、傍観者でしかないなんて、おかしなゲームの中に取り込まれてしまった。
「やめた、やめたー!」
 もうやめだ。どいてくれ。僕は先に帰るぞ。1人この狂った渋滞の中から抜け出すことに決めた。金網を抜け出して、見物の人垣をかき分けて、ようやく脱出に成功した。
 道には浴衣を着た人々があふれていて、遠くから太鼓や笛の音が聞こえる。今日は祭りだ。
 抜け出す時に服が破れてしまったので、スポーツ店に駆け込むと招き猫がおじぎをした。
「ここにはジャージは置いてないんですよ」
 と店長が申し訳なさそうに言うので、仕方なく猫と遊ぶことにした。体を撫でていると猫は伸び上がってあくびをし、立ち上がって更に大きなあくびをした。大きく開いた猫の口から、子供の声が聞こえる。
「それは隣からだよ」
 猫は言った。ランドセルを背負った女の子が入り口から入ってくると猫の表情が崩れ、人懐っこいものになった。
「おかえり。今日はどうだった?」
 猫はたくさん笑い、たくさんの質問を投げかけた。
「コミュニケーションがいいね」
 と女の子が感想を述べた。

 友達は親子で来るし、タイラー氏も来るし、来る時はみんな来るのだ。あのタイラー氏がやってきた時は、周りもさぞ驚くだろうと思われたが、適度に抑えられたスタイルとごく自然な振る舞いで場に溶け込んでしまった。
「私の席は?」
 とタイラー氏が訊くので僕が案内した。
「乾杯!」
 みんなとタイラー氏と乾杯して、肉を焼き始めると瞬時に肉は燃え上がった。勢いよく燃え上がる炎を抑えるために、上から肉を被せると一瞬それは静まったようで、すぐにまた復活してしまう。復活の炎を封じるために、次なる肉を投入しなければならず、一息つく暇もない。これでは肉がいくらあっても足りないようだぞ。
「見ていないで手伝ってくれ!」
 テーブルの外の通行人に向かって、助けを求めた。

「暑いね!」
 シェアハウスの住人との会話はまず温度のことから始まった。女は暑いと言い、もう1人の女も暑いと言うので、僕もそれに合わせて暑いということにした。
 着替えるため下の階に下りると窓が全開になっていて、人の目があるから本当は全部閉めたかったのだけれど、暑いという声をたくさん聞いてしまった後ではそれもためらわれ、羞恥心を完全に消し去ることも難しかったので、間を取ってレースのカーテンを閉めることにした。
「もう5時間も回しているのに」
 いくら待っても洗濯が終わらないと言って女は嘆いた。欠陥住宅かもしれないと言って、もう1人の女も訝った。もう少し待ってみるべきか、すぐに管理人に電話してみるべきか、2つの結論の間を意見が行き来する。
 後から来た僕は大きなことは言えず、シャワーを浴びることにした。レバーをシャワーの方に切り替えると、カチッと音がして洗濯機が止まった! 言わなければ……。誤って止まったのか、ようやく止めることができたのか、たまたまタイミングが重なっただけなのか、よくわからなかったけれど、5時間もして動きがあったのだから伝えてあげなければならなかった。
 クワガタムシの抜け殻が浴槽の傍に落ちている。
「おまえのせいか!」
 すぐに手に取って殻を剥いた。中にいたのは鬼クワガタムシだ。けれども、突然、下半分が高速回転を始めた。
「下は蜻蛉じゃないか!」
 種々の間違いを責めているとすっかり髪も伸びてしまった。

 どこを向いても壁にはスクリーンが架かっていた。小さな枠では、ミニドラマが、大きな枠の中では大河ドラマが映し出され、順番待ちの人々は主に正面を向いて、メインスクリーンに見入っている。もはや待たされているということを忘れ、それを見るためにこの場所に足を運んできた群衆であるようにさえ思われた。
「次の方どうぞ」
 ついに僕の番が来たのだと思って歩き出したが、ほぼ同じ瞬間に席を立った男がいたのだ。男は一歩先に僕の前を歩き、その結果一足早くたどり着くことに成功した。呼ばれたのが本当に彼だったように、彼は順調に席に着くと美容師も同席して4者会談が始まった。どこにも入り込む隙はない。
(やってられるか)
 短編サイドのドアを開けて、僕は逃げ出した。

 長い時間、硝子を見ていた。意を決して手に取ると慎重にレジまで持ち運んだ。歩いている間に、重さがずっしりと手の中で実感されて、徐々に不安が増していった。
「送れますか?」
「送れません」
 老人は即答し、あきらめの道に導いた。
 元あった場所に、硝子を押し込んだ。
「はい!」
 語気の強い老人の声が、その時、背中を打ちつけた。
「鞄の中を見せて!」
 有無を言わせない自信に満ちた態度が、抗う余地を消していた。
 鞄の中から取り出した文庫本を手に取って、老人はその隅々を見つめていた。それから目を離すと、突然時効が成立したというように文庫本を鞄の中に戻してチャックを閉めた。何も言わず、老人は鞄を返した。
「もういいんですか?」
 老人は頑なに顔色を変えない。叫びたい。
 店を出るなり本当に叫びたかったけれど、叫び方もわからなかったので、声を出さずに叫んだ後で、1人の部屋に戻った。

 勢いをつけてカーテンを閉めようとした拍子、レールの上で何かが弾け飛んでしまった。閉め切れなくなった硝子の隙間から、クリスマスの飾りつけで覆われた地上の家が強く輝きを放った。
(もう終わったのに)

コメント
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