緩いディフェンスの間を縫って俺はゴールへと突き進んだ。一度俺の間合いに入りドリブルを始めれば、もはや普通の相手では止められない。ゴールはもうすぐだった。その時遅れて伸びた足に削られて俺は倒れてしまった。明らかなファールだろう。そこにルールが存在する以上、ファール以外は考えられない。笛は鳴らなかった。俺はいないのか。俺はいなかったのか。これがもしもファールでないのならば、俺はいなかったのかもしれない。ドリブルをする俺も、ゴールへと近づく俺も、削られて倒れる俺も……。俺はいつからいなかったのだろうか。俺は誰にも認められることなくその場に倒れ込んでいた。
長い間。俺は多くの夢を見た。夢を見ながら、ゲームのことをピッチの目線で気にかけてもいた。封筒を開けると招集レターが届いていて、多国籍軍の理容師として渡航せよとのこと。俺には理容師としての資格や経験がない。それは不条理な紙切れであり、友人の声の多くも同情的だった。拒否するというのが本線だ。一方ではまた別の声もあった。これを機会として捉え、逆に今からでも理容師としての技能を身につけてはというものだ。それは現実的に可能なのかどうか……。そういうことを考えながらも、俺は本当の現実のありかというものに薄々と気づいてもいる。封筒を手にした感触、不条理な要望、友人の助言、内なる葛藤、これらはすべて夢の産物にすぎない。本当の俺の肉体はピッチの上にある。ピッチの上で死んでいる俺こそが現実の俺である。だから、俺は本気で悩む必要を感じなかった。手紙のこと、多国籍軍のことは、自分に向けられた課題のようで他人事にも等しい。
その時、俺は薄目を開けて、現実上の試合の行方を注視し始めていたのだ。ボールは中盤を不安定に流れ、攻守はめまぐるしく入れ替わっている。味方の縦パスはカットされるが、すぐにプレッシャーがかけられる。最終ラインからのバックパス。それは敵の守護神へは渡らない。その時、俺は起き上がった。遅れて届いたパスを受け取るのは俺だ。俺はここにいたぞ!
(ずっとずっと俺はここにいたんだぞ!)
ゴール!!
もう倒れることもない。誰もが認めるしかないゴールがついに決まった。俺を殺した審判が真っ先にゴールを告げたのだ。俺のゴールだ! 明らかなゴールが、俺の存在を明るみへと連れ出した。俺はユニフォームを脱いで観客席へ飛び込んだ。熱い! 焼けるように熱い。そこは温泉の中かもしれなかった。