眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

猫と野菜畑(歌を離れて)

2020-12-09 23:33:00 | ナノノベル
 最も描きたかったのは猫の瞳だった。僕はすぐにでも猫を描き始めるつもりだったが、甘かった。師匠にどうしても認められなかったのだ。
「近道は回り道と心得よ」
 理想の絵に近づくためには形から入るのが師匠の流儀だった。基本となる形、丸、三角、四角を会得しない限りは、いかなる絵も完成することはできない。勿論、猫だって。それにはまず筆を取る前に、歌うことから始めなければならないのだった。

こまめに丸かいて小皿にとろう♪
こまめに三角かいて小皿にとろう♪
こまめに四角かいて小皿にとろう♪

小腹が空いたら小豆を食べて一休み♪
小一時間の瞑想タイム♪

 2年も続く厳しくも退屈な歌のレッスン。もう僕は待ちきれなかった。1日も早く、猫に近づきたかった。
「師匠。僕は早く進みたいのです」
「若い者は、すぐ近道を行きたがる」
「時間は無限にあるわけじゃない」
「まだ早い」
「もう待てません!」

「リフレインの先に真の創造はあるのじゃ。丸を描けない者が猫を描けるかな。あるいは雲を」
「僕はもっと創造的に描ける!」
「1つの仕草の中に落ち着きを得てこそ先へ進めるのだ。基本を省けば、早くは行けても遠くへは行けぬ」
「僕は自分の道を行きます」
「野心があるのだな」
「お世話になりました」
(僕は雲を描く。人を描き、街を描く。大好きな猫を描く)

 閉じ込められていた意欲が、キャンバスの上にあふれ出した。ありふれた雲であっても、形になるだけで充実感を覚えた。時々、風に乗って流れてくる小さな歌が、頭上に停滞した。僕はロックでそれを追い払って、新しい絵の具を溶いた。少し時間を無駄にしたが、自由の尊さを学ぶちょっとした寄り道だったと思えばいい。届けたい絵が、無数に眠っている。
 街の風景の中に猫を描いた時、僕はその影に躓いた。
(人参じゃないか)
 猫を描いたはずが、人参になっていた。

「綺麗な人参ですね」
 人から見る絵も同じように映っていた。
 人参を描きたいと思ったことは一度もなかった。僕は繰り返し猫を描いた。授業料を払い猫の元でコーヒーを飲んだ。道行く猫に頭を下げてモデルになってもらった。猫の輪郭と仕草に近づいてイメージを吸収した。

「とても素敵な人参ですね」
 僕の描いた猫はすべて人参にしかならなかった。
「ありがとうございます」
(人参を否定する機会を逃した)
「他の野菜も楽しみにしています!」
 予定とは違っていたが、ほめられたり楽しみにされることはうれしかった。猫を描けば人参になる。アレンジを加えれば他の野菜にもなるようだった。いつしか初心を離れ、絵筆は人の期待の上を這っている。僕は猫でなく野菜そのものを描くようになっていた。

(こんなはずではなかった)
(猫の瞳を描くのではなかったか)

 あの時の自分に、僕は胸を張ることができるだろうか。
 だけど、今の自分を「好き」と言ってくれる人の気持ちはどうする……。

「とても美味しそうで元気が出ます」
 野菜描きとして認知され、その方面からオファーも届く。
「ありがとう」
 自分の好きと誰かの好きに挟まれて、猫は身動きできない。
 思った以上に、僕は遠くまできてしまった。
 猫の好きな人たちは、誰も僕の絵を知らないのだろう。

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【創作note】共に悩もう 

2020-12-09 00:06:00 | 【創作note】
手のひらでペンを回すように
楽に扱えたらいいのに

ここにある
僕の体は常に強ばっている
楽に思える場面は少しもない
持っているだけで疲れるし
キープし続けるのは大変だ

「失いたくない!」
という一心で
ドリブルをしている

2人、3人に囲まれた時の僕は
ほとんどパニックの中にいる

「おーい! ……」
向こうの方で誰かが何かを言っている
仲間か? 敵か?
わからない
人の声を聞き分ける余裕なんてない

敵を欺きたくて僕は強気を装う
「失いたくない!」
僕のドリブルは正確にボールに伝わらない

(もっと楽にいきたいな!)

気づいた時には
ボールもみんなの信頼も
失っている

「ああ、疲れたな」

それにしても驚くほどの時間が経っている

もう冬になったの


何か描きたい気がしたのだが

何も描けなくて どんどん形が壊れ
色が重なって みんなくっついて
ただ 変な色の壁ができる

結局 何も描かなかったみたいになっている

空しい時間の使い方

なぜ こんなに
キャンバスは小さい


「あれだけ弾けたら楽しいだろうね」
 彼女がそこに到達するまでには苦しい助走もあったのだろう。ほとんどの人は、楽しくなる前にやめてしまう。そんなことをしなくても、他に楽しいことはいくらでもある。(何を好んでそんなに苦労するのか)
 だが、そうして得られる楽しさは、その辺に転がっていて容易に手に入るものとは、どこか違うのかもしれない。


 不意に訪れるUMAが、自信、興味、関心、諸々のモチーフを奪い去って行く。もう何もない。(最初から何もなかったようにさえ思えてくる)何も閃かない。閃かないからつまらない。だけど、ここにいよう。ここに留まって、何かを待つとしよう。今できることは、ただ眠ることだけだ。


「いつか見返してやるからな」

書き置いた断片との再会
自身との約束を果たす時

これは?

仮名なの ローマ字なの
今となっては……
ワードは当時の自分が抱えていた問題/恋情に紐づけられていた

(君と僕とのワンタイムパスワード)

約束には期限があったのだ


 ずっと悩みながら、考えながら、生きていくのだろう。

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