私は棺桶に入れ運ばれてきた。その日は雨にかわって鮫が降っていた。巨大とは言えないがこの街で唯一の動物園だ。平日の人々はキリンよりもむしろ不倫を見つめている。まあそれはそれでいい。愛とは代替することだろう。恋する時は他に何もないように思ってしまうものだ。
とどのつまり。
私に与えられた檻の中は1ページだけの小説みたいだった。じゃれ合う相手はいない。歩き出せばすぐに壁に突き当たる。そこが世界の果てだ。だからすぐに引き返さねばならない。引き返したところで結果は何も変わらない。できることなんて何もない。行ったり来たりの繰り返し。「こんなものか」生きるとは、自分の限界を見つめることだ。
女の子が触れ合い広場のうわさを運んできたのは昨日のことだった。
(触れ合い広場!)
その響きは私に夢のようなイメージを与えた。
私は格子越しに園長に訴える機会を得た。
「ねえ、園長さん、あんたかわいいのに甘くないか?
私のようなライオンには優しくできないと?
そこに私のようなものの居場所はないと?
園長さん、もうすぐクリスマスらしいね。
ドッグランって何かな」
わかっているのかいないのか……。
園長は私の声をただ聞いているだけだった。
・
「園長からだよ」
翌朝、飼育員さんが狭い檻の片隅に何かを投げ入れた。リボンを食い千切り包み紙を開いてみると、中にパンダの着ぐるみが入っていた。我を忘れて中に飛び込むと一瞬で生まれ変わったように思えた。ちょうどいいゆったりサイズだ。歩くとすぐに壁にぶつかった。だけどふわふわとする。これが優しい形なのか。
(ワォーーーーー!)
クリスマスの日、私は客寄せとしてドーナツ・ショップの前に立っていた。イメージ通りに上手く演じることができるだろうか。自分が少し震えていることに気づく。人とのあまりの距離の近さに私は経験のない戸惑いを覚える。私は本当に大丈夫か?
その時、飼育員さんから聞かされた合い言葉のことを思い出した。そうだそうだ。
「メリークリスマス♪」
「かわいい!」
ニット帽を被った女の子が私の元へ駆けてきた。
(かわいい? 私が?)
私はぎゅっと彼女を抱きしめた。着ぐるみ越しにも温かい。生き物の感触がひどく懐かしかった。今日はなんて素晴らしい一日だろう。
ありがとう、園長先生!
ありがとう、パンダさん!
「メリークリスマス!」