冠の光に惹かれて入ってみた。そこはカウンターだけの小さな店だった。腕に覚えのある大将がその日の閃きで握ってくれる。
「何か苦手なものはございますか?」
事前の配慮も気が利いている。
「角がちょっと」
「ほー、角ですかい」
あいつの斜めの動きはいつになっても慣れはしない。日常に存在するものは、みんな横か縦にきちんと動くものだ。
「飛車が一番好きです」
「みんな言われますね」
いつになっても飛車がかわいい。
「7手詰くらいからいきましょうか?」
なかなか挑戦的な大将だ。はい、と言いたいところだが。
「5手でお願いします。ひねりの利いたので」
「喜んで!」
大将は駒箱に手を突っ込んで、一握りの駒をつかんだ。
さあ、これで行くか。
チャカチャンチャンチャン♪
「あいよー! お待たせ」
出てきたものを見て私はぎょっとなった。
角が、角が2枚もいるじゃないか!
「こ、これは……」
「拝見するに、お客さんは上達を望んでらっしゃる」
「どうしてわかるのですか?」
「ずっと見ていると見えてくるんですよね」
大将の眼力には舌を巻くばかりだった。
「まいりました」
「角を握ったのは私の手じゃない」
「えっ?」
「お客さんの向上心が握らせたんだ」
「はい!」
1分ほど眺めているが狙いが読めない。目がチカチカしてきた。
「ヒント出しましょうか?」
「いえ、結構」
私は少し悩みたい気分だった。
「ごゆっくりどうぞ」
いやー……。これはなかなか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます