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多くの人間を描いてきた。数え切れないほどの猫を。世界中の野生動物をずっと描き続けてきた。そろそろ次のステップに踏み出してもいいかも……。そんな野心が私の中に芽生え始めると日に日に膨らんでいき、ついには抑えきれなくなった。無数の猫を描いた経験があっても、麒麟を描くとなると話はまるで違ってくる。同じような姿勢ではその輪郭さえも捉えることはできないのだ。
私は噂を頼りに伝説の洞窟へ足を運んだ。
(すべては麒麟ペンを手に入れるために!)
「私に描かせてください!」
「素性のわからん者に渡すことはできぬ!」
老人は厳しい目をして言った。容易く手にできるようなら、それは街の文房具屋さんで売っていることだろう。審査のハードルが高いことは覚悟していた。
「麒麟を知っておるのか?」
「憧れています」
「ならば麒麟に乗ったことはあるか?」
「いいえ。ありません」
「麒麟と暮らしたことはあるか?」
「ありません」
「麒麟と目で話し合ったことは?」
「ありません」
自信を持って(はい)と答えられる問いは皆無だった。
「麒麟と喧嘩したことはあるか?」
「いいえ」
「麒麟の上から弓を引いたことはあるか?」
「いいえ」
「傷ついた麒麟を助けたことはあるか?」
「いいえ。ありません」
「まったくないのか!」
厳しく言われて返す言葉もなかった。
「麒麟と将棋を指したことはあるか?」
「ありません」
「お前が麒麟であったことはあるか?」
「ありません」
「麒麟と炒飯を食べたことがあるか?」
「ありません」
「麒麟の上から夜を眺めたことはあるか?」
「いいえ。ありません」
「麒麟と共に働いたことはあるか?」
「ありません」
「お前は今までいったい何をして生きてきたのだ!」
「えーと、それは……。自分なりに精一杯の努力をしたり……」
「そうか。それだけか」
「あのー」
「何じゃ」
「私では駄目なのでしょうか」
「駄目と思うのか?」
「わかりません」
「何がじゃ」
「何も答えられない自分がくやしいのです」
「そうじゃろうな」
老人は杖を地面に突き刺しながら深いため息をついた。
「お前は麒麟を夢に見たことはあるか?」
「ありません」
「麒麟の尊敬を集めたことはあるか?」
「ありません」
「麒麟と野球をしたことはあるか?」
「ありません」
「麒麟と海を渡ったことはあるか?」
「ありません」
「自分を麒麟と思ったことはあるか?」
「いいえ。ありません」
「そうか」
「もう教えてください。駄目なら駄目と」
「本当に駄目になりたいのか」
「コンプレックスで爆発しちゃいそうです」
「誰でもそうじゃ」
「話を前に進めてもらえますか」
「ずっと進んでおる! 馬より速く進んでおる!」
「とても理解が追いつきません」
「お前の瞳にはずっと麒麟が映って見える」
「……」
「それが答えだ!」
「それじゃあ……」
老人はおもむろにブリーフケースを開けて伝説を取り出した。
「これを受け取るがよい」
「いいんですか?」
「このペンで好きに麒麟を描くがよいわ!」
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