パソコンを購入したことは定かではなかった。買ったのは青い傘だったかもしれないが、柄の部分にパソコンが付いていたような気もして、考えれば考えるほど記憶は現実味を帯びてくる。マニュアルのビデオ映像を熱心に見つめる内に、イメージがどんどん広がってきて誰かに話したい気持ちになってくる。
「留守の時は、勝手に録画を開始します」
漫画が語るお話を母にも見せた。
「勝手にするって!」
一週間分の番組表が一分間画面上に表示されるので、その間に一通り見てから一週間の予定を組むのだ。二コマ目で予定を立てた主人公が三コマ目で殺人事件に巻き込まれて家に帰れなくなった。そこで予め登録されていた自動録画が作動して主人公のピンチを救う。N氏に根深い恨みを抱いていた主人公は、多額の借金を抱えていることもあって疑念が深まり、四コマ目で大竹の身代わりとなって逮捕されてしまう。しかし、その間もまとめ録画機能がきっちりと予約を代行して主人公のピンチを救う。
「濡れ衣じゃないの!」
母が、納得のいかない様子で言った。
でも、大事なのはそこじゃない。漫画では、便利さをわかりやすくするために物語を誇張したのだ。
「僕はそう思うよ!」
一週間分の予定を立てることこそが、最も大事な部分だと全力で訴えた。
「箱は用意した?」
姉は旅行に行ってしまったのだ。
「これは何かな?」
S氏は靴を預けながら、靴底に付着した黒く不気味なものを指した。
「見ておきます」
姉は直感だけに頼らず、誠実に約束してみせた。
「箱はどうしましょう?」
「同じものを。同じもので揃えたいから」
そうすると三つ用意しないといけないことになる。
「わかりました」
姉は、笑顔で引き受けて、そして旅行に行ってしまったのだ。
責任は誰かに、引き継がれなければならないはずだった。
「箱は用意した?」
母は顔を洗うともう別の女に変わっていた。メイクの取れた彼女は、すっかり美しくなり恋をしてしまった。飛び出してくる無数のモグラを叩きのめして、彼女を引き寄せようとするが、力がまだ足りないせいか、それとも思いが伝わらないためか、彼女は水のようにすり抜けていった。
「これからしたいことは何?」
すると彼女は、すべてを知ったような、あるいは何もわかってないように笑いながら、再びマンホールの中に降りていく。彼女の顔が、吸い込まれ、完全に見えなくなってしまう。
「下手くそ!」
完全に入ったら駄目だろう……。男は罵りながら、後を追ってマンホールの中に降りていく。責め立てる声がしばらく続いた後、男の左手、そして帽子が地上に置き去りにされると、突然の静寂。ラストシーンは静寂で終わった。
五コマ目だった。