Frenchyさんという方が教えてくださったグヤーシュ(グラーシュ)という料理を作ってみましょう。
その前に、グヤーシュを調べていて思い出したことを書いちゃう。
世界各地の食材である動植物が、周囲の地域に広がって行くスピードは歴史的にも意外に速いのだけれど、大西洋を挟んだ旧大陸(ヨーロッパやその後ろのアジアやアフリカ)と新大陸(南北アメリカ)の間では、15世紀までほとんどそれは見られなかった。しかしコロンブス以降その動きは急速になる。
そんなお話を面白く書いてあるのがこの本だ。ジェフリー・ピルチャー氏の「食の500年史」。

これは面白い本だ。
最初が中国料理から始まるところが良い。

面白いのは第2章のコロンブスの交換以降である。
1941年にコロンブスが新大陸との航路をつけてから、新しい食材と病気が両大陸間を行き交うことになる。

この本は読む価値がありますよ。
ぜひどうぞ。

現在我々が食べている多くの食材が、実は南米原産だったりする。
コロンブスがいなければ、それらが日本にやって来るのは大幅に遅れたかもしれない。
南米チリ産のワイン。
チリ最大のワイナリー、コンチャ・イ・トロのカルメネール2016年。

格安ワインから、少々お高めのものまでなんでも生産するワイナリーだ。
トマトと同じ厚みがあるものすごいワイン百科事典のWineを開いてみましょう。

このWineは今世紀初め頃に出た本なので、まだ新世界(カリフォルニア、オーストラリア、南米、アフリカ等)産ワインについての解説は少ない。
チリについての解説も少ないが、それでも少しはある。

赤い破線を引いたところに、このカルメネール種についての説明がある。わずか3行だが(笑)。

フランスのボルドー種のひとつだが、チリの気候に合って、チリで多くが生産されている。本家本元のフランスではいまやほとんど生産されていないらしい。
パプリカにトマト。

これも南米原産だ。南米なくして、パプリカもトマトもなかったのだ。
しかしそれらはヨーロッパに伝わるやいなや、アジア、アフリカへと急速に拡大していった。
パプリカには辛い種と辛くない種がある。どちらも現代の日本ではおなじみだ。前者はスパイスとしてのパプリカ・パウダーになり、後者はスーパーの野菜売り場に並んでいる。
そのパプリカの大生産国がハンガリーだ。日本ではパプリカと言えば、オランダ産や韓国産が多数を占めるが。
ということで、ハンガリー舞曲♪

ブラームス - ハンガリー舞曲集より 5番 6番 17番 3番 1番 20番 19番 18番 カラヤン ベルリンフィル
タマネギの原産国は南米ではない。

しかしパプリカはまさに南米原産。

胡椒はコショウ科の植物で、英語でペッパーと言う。
一方、パプリカ、ピーマン、シシトウ、唐辛子は胡椒とは異なり、みなナス科の植物なのだが、それらが持つ辛さから胡椒と混同されて、これらもペッパーと呼ばれることになる。チリ・ペッパーとか、イエロー・ペッパー、レッド・ペッパーなどという。いずれも本来は辛みを伴う野菜である。しかし植物的には胡椒とは別物だ。
タマネギ。

こちらはパプリカはパプリカでもスパイスとしてのパプリカである。

今回の料理はパプリカをスパイス、野菜として多用する。
今回つくるグヤーシュ(グラーシュ)とは東欧を中心に数多くの国で作られ、調べてみるとそのレシピはいろいろ。見た目も食材もまったく異なるグヤーシュがたくさん存在することがわかった。
見た目は黒っぽいのから、赤いのやオレンジのまで。
肉も牛肉が中心だが、マトンもポークも。
トマト1個。それじゃ足りないので、トマトペーストを足す。

トマトぶつ切り。

ベーコンも用意。

ニンジン皮つきぶつ切り。

ニンニクを擦る。

豚肉だ。

調べてみると各地でレシピにより肉もいろいろなものが使われていて面白い。
これは豚肩ロースだ。
「説明はいいから、何かおくれー」

豚肩ロースを焼く。焦げるまで。

鍋に入れておこう。

床を舐めまくるドガティ君。

肉を焼いたフライパンで、焦げ付いた肉の旨味もフライパン表面からこそげ取るようにタマネギを炒める。

ニンニクとベーコンを投入して炒める。

ニンジンも入るよ。

まだ舐めているドガティ君。

全部鍋に入れた。

ここで第二のパプリカが登場する。
スパイス・パウダーとしてのパプリカだ。

ピリピリ来る感覚がいいよね。
おまけに料理が赤くなる。
ローレルにパプリカにトマトペーストにトマトに水にブイヨン。

最後に塩と胡椒で調節すればいいから、今はとにかく煮る。

そうそうこの胡椒も料理に革命を起こすが、これも南米原産だ。
南米なくして、胡椒なし。パプリカもなし。したがってグヤーシュもなし。
食材ってグローバルだよね。
ぐつぐつしたら弱火にして蓋しましょう。

閉めたまま弱火で煮るのが得意な、蓋まで重いストウブ。

ドガティ君は諦めて、長くなって寝る。

おぉ~、眠い。

好きなだけ寝てね。
さてコンチャ・イ・トロのカルメネールを開栓。

濃い赤。
甘みさえ香りから感じられる。
これは私好みかも。初めて飲んだブドウ種カルメネール。

今から四半世紀前に私はオーストラリア産の濃いシラーズを生まれて初めて飲んだ。その時と同じような楽しさ、驚きがあるね。
コンチャ・イ・トロと言えばシャルドネやカベルネ・ソーヴィニョンばかりが売られているが、実はそれ以外の各種のブドウによる各種ランクのボトルを同社は用意している。

楽しいねえ。
世界各地のいろんなものが混じり合う、日本の小さなキッチン。
ストウブはおフランスだし。

いきなりここで英国が参戦。
以前ご紹介した山田佳世子さん著の「英国の間取り」という本をひろい読みしている。

だって、ただ煮ている間はヒマだから。
ミューズハウス(馬小屋)に住まう。

今やロンドン市内で元馬小屋は超高額不動産物件だ。
たいていは、かなり良いロケーションに元馬小屋はあるのだ。馬小屋があるってことは、馬を維持できる経済力がある人がいたという場所だからだ。
そしてそういうのをリノベーションして住むのがオシャレ。
そしてそういうのをリノベーションして住むのがオシャレ。

私も2週間だけ元馬小屋に泊まったことがある。
昔勤務したことがある米国系企業が、社員用にロンドン市内に所有していた建物があり、そこに出張時に泊まっていたのだ。
Hay's Mewsという通りだったな(↓)。

【Source: Google】
文字通りこれ全部が元馬小屋。19世紀の建物が多いらしいが、いまではオシャレな住宅やオフィスになっている。
ハイドパークに近いかなり良い地区にあった。あれが自分のものなら、いいだろうなあ。毎日ハイドパークで散歩して、ウェストエンドで買い物して。
煮込みが完成近い。ここまでで1時間弱。

いい香り。
また話が戻る。
この英国の間取りという本の良いところは、間取りの紹介というよりも、英国の住宅思想を紹介しているところにある。
その一つがこれだ。方位の問題。
ご覧のとおり(↓)、建て方として方位は問題ではないのだ。東西南北どちら向きであれ、道路付きを考え道路に向かって住宅が最もよく見えるように建てられていて、道路から見た街並みが美しくなるように各戸が努めている。景観の公共性が重視されるのである。

因みに、こちら(↓)は米国東部の新興住宅街の画像だ。

【Source: Google Maps】
ここでも、方位はやはり関係ない。東西南北どうであれ、とにかく住宅が面した道路に向かって住宅が最も美しく見えるようにデザインし、配置するのである。
それに対して、日本は南信仰が著しい。
南信仰の欠点1.
道路付きとは無関係に狭い土地の中で住宅をとにかく北に寄せて、南側にスペースをつくり、南から住宅内に直接的に日光を入れようとする。寒冷地は別だろうが、少なくとも関東平野などでは、これは少々馬鹿げている。英国に比べたらはるかに熱帯的で、ますます温暖化が顕著な気候である場所で、住宅内に直射日光を入れたらどうなるか? 夏に暑過ぎる住宅が出来る。冬に寒くてそれを温めるのは太古からの自然の知恵だ。しかし夏にわざわざ住宅内を過酷な日差しで温めておいて、暑いからと冷房で冷やすのはエネルギーの無駄遣いであり、温暖化をさらに進める行為である。採光は、開口部が南に向かってただ大きけりゃいいってわけじゃない。適度な大きさの開口部と、必要に応じて日差しを遮る軒あるいは庇を適度に関係づけたデザインが望ましい。
南信仰の欠点2.
南信仰の弊害はもうひとつあって、北側で道路に面する住宅の並びの景観が悪くなりがちなことである。南側にスペースをなるべく取ろうと健気に努力するため、各戸の敷地面積が小さい日本の住宅地で、住宅は目一杯北側の道路に寄って来てしまう。したがって植栽は道路側に面してあまり設けられない。そして道路に面して外壁には小さな窓が不規則な大きさで不規則な高さで並ぶことが多い。というのは道路に面した北側に階段の踊り場、風呂、トイレ、キッチン、洗面所等が配置されるのが普通だからだ。加えて湯沸かし器が設置されたりやまれに物置小屋が道路に向かって並ぶ風景となりがちである。
南信仰は日本の田舎の農家的発想と似ているらしい。いろいろ本を読んで調べたことがあるが、江戸時代までの広い武家屋敷や、逆に狭小な町屋では南信仰のような発想はなく、とにかく道路に向けて美しく見えるように住宅が作られていたとのことだ。
さらにこの本について見てみると、日英間で、住宅の価値観に違いがある。

築年数が重なるほど住宅評価額が低下するという価値観は彼の国にはない。日本の住宅文化もそろそろ変わりませんかねぇ。そうでないと国民がみんながずっと損をする。30年で評価がゼロに近くになる建物がやたら建てられ、それに大金を払うなんて馬鹿げている。
次に街並み。「街並みを守る」にはどうすればいいか。

それにはあまりに短期間に景観を変えないことだろう。単純なことだ。街並みを守るとは、景観を変えないということに近い。先ほどの南信仰の話もそうだが、景観の美しさをよく考えた上で土地のそれぞれの地域の用途区分や建築基準やその他建築ルールを厳格に慎重に決めて、一旦決めたらそれを変えない。30年経った住宅はぶっ潰して土地は分割してそこに新たな住宅をどんどん建てるのではなく、住宅は100年単位で長く使う。そうでなければ景観の調和など不可能だ。今のやり方では景観が調和する前に、ほとんど全部が建て替わってしまう。
「いや違う。自分の土地だからどうしようが自由だろ!」なんて発想は野蛮である。例えば極端な話、自宅の隣にいきなりごみ屋敷や産業廃棄物の捨て場が出来たら自宅は売却が難しくなる。つまり自宅の価値は、その周囲の景観、環境の影響を受けているわけだ。そうであれば逆に、自分の土地も周囲に影響を及ぼしているわけで、自分の土地だから自分の好きにして良いというものではないという考え方の定着が必要だと思う。景観、環境は公共財だ。
妻が外出から帰って来た。紀伊国屋鎌倉店のものはなんでもお高いが、その中でやたら割安なものがあって、それがカンパーニュ。我が家は紀伊国屋ではもっぱらそれを買っている。妻がそれを買って帰宅した。

それを食べましょう。
完成、グヤーシュ。

あぁ、おいしそうだ、
もうはやいろんなものがトロトロ。

お安いカンパーニュもあるんだ。

楽しみました。
調理も読書も食事も。

そしてこのカルメネール。

しかし意外なことに、スパイスとしてのパプリカ・パウダーが効いたこのグヤーシュは、このワインを最初にそのまま飲んだ果実味やうま味、甘みを損なった。
難しいものだね。もうちょっと素直な料理、例えば肉を塩胡椒だけで焼いたものの方がこのワインには合うのかもしれない。
楽しい調理でした。