
音楽千夜一夜第311回
独逸のレーヴェル、アウディーテが、西ベルリンのリアス放送局に眠っていた巨匠の戦後のライヴ録音を12枚のCDとボーナスCDに収めている。
曲目は彼が得意としたベートーヴェン、ブラームス、ワーグナーが中心であるが、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ウエバー、ヒンデミットなどの名演奏もずらりと取り揃えていて、その点では文句のつけようもない。
問題はその音質である。オリジナルテープを最新のマスタリングで再現したというのが最大のセールスポイントなのだが、能書きはともかくやたらシーンとした低レベルの人工的な音響で、まるで冷蔵庫の中でオーケストラの演奏を聴いているようだ。フルトヴェングラーならではのライヴで燃えあがる情熱が氷のような冷たい壁で遮られ、音の核心が吹き飛んで曖昧模糊となっている。
一言で尽くせば去勢された音。こんな名演奏の悪録音は、はじめて聴いた。いつも私が買うのは1枚100円程度の廉価盤ばかりなのだが、大枚500円もはたいて大失敗だった。
で終わるのもしゃくなので、無理矢理褒めるとボーナスで収められたベルリン高等音楽院で、ヴェルナー・エックと彼の学生たちによるフルトヴェングラーへのインタビューが無類にノリがよく、言葉が分かれば面白そう。巨匠の機嫌の良いコメントや笑い声やジョークが残念無念なことに独逸語で収録されていて、ここでも再度頭にくるのであった。
日経を節約のために已す七月尽 蝶人