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あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

西暦2016年神無月蝶人花鳥風月狂歌三昧

2016-10-31 15:32:35 | Weblog


ある晴れた日にある晴れた日に 第412回


ロンダリングはよく分からないがリンダ・ロンシュタットなら知っている

10月2日午前9時いまだ秋にあらずとミンミンは鳴く

こんな歌のどこがいいんだという歌を歌壇の大家がこぞりて選ぶ

死なずともいい人が死にさにあらざる人が生きてるようだおいらはどっち

無くしたと思いし携帯が出てきたがうれしいよりは耄碌に衝撃

四段目の幕切れで由良之助の幸四郎が陰に籠った腹芸をみせる外国人には分かんないだろうな

お父さんが死ぬ時君も一緒に死にますかと問えばいやですおと言下に答えたり

君知るや稀代の名曲大木敦夫作詞矢代秋夫作曲鎌倉市市歌

菊竹清訓が設計せし「江戸東京博物館」は史上最悪最低の建築物なり
 
ノーベル賞なんかおいらには似合わないと四畳半に閉じこもってノーベル飴をなめてるボブ・ディラン

Go ahead, Make my day!ドラ猫が見毛猫にいきまく昼下がり

キャンパスの四つ葉のクローバーを探しつつ大隅博士ノーベル賞得たり

ネアンネアンネアン空無空無空無と悲しみは疾走するなり

どれもみなおんなじように聴こえます中学生の合唱コンクール

文庫を持つ右の手首の血管がどきりどきりと動く不気味さ

先生が調整しても調整しても奥歯は劇痛僕は激痛

世界中の良いニュースだけが載っているそんな新聞どこかにないか

アーノルド・パーマーの傘のマークのポロシャツが飛ぶように売れしあの頃

アーノルド・パーマー氏が原宿に植えし桜の木今いずこいまはどうなったか

らりらりらららららららららりらりらんらりらりらりりらりらりららん

らあらあらあ ららららららら らりららん らりらりらりり ららららりらん

のびのびと6本の手足を動かしてセクスしているゴマダラカミキリ 
   
我にのみコバルト色の羽根見せて木下闇に飛び去る翡翠

渡来して帰化せる人は帰化人で帰化せぬ人は渡来人のまま

生きていれば年金がもらえるもらえれば息子の年金がはらえる生きている

チエ・ゲバラがあまりに早く死んだのでその身代わりでカストロ生きてる

鏡の中でぐちゃぐちゃの顔がこっちを見ている昔の僕はこうではなかった若かった

血が湧きて肉が踊るや血圧はつねに百七十の大台を越ゆ

どうすればこの血圧を下げられるかと何度も何度も深呼吸する


  安倍蚤糞がテレビに映れば血圧が上がるさっさと消えろ安倍蚤糞 蝶人
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鎌倉芸術館で鎌倉交響楽団を聴く

2016-10-30 10:36:46 | Weblog


音楽千夜一夜第375回& 蝶人物見遊山記第217回&鎌倉ちょっと不思議な物語第372回


曇天の午後、久しぶりに鎌響のマチネーを聴きました。曲目はいつもの私の大好きな天下の名曲、鎌倉市市歌に続いてチャイコフスキーのイタリア奇想曲、メンデルスゾーンの交響曲タリア、そしてグラズーノフの交響曲第5番というイタリアでつないだロシア物でした。

指揮は今井治人という長身で面長の若い人でしたが、最後のグラズーノフが良かった。初めて聴いたこの曲は、どことなくエルガーやラフマニノフに似ていて、抒情的な旋律を大河に溶かしこみ、ゆったり鳴らすところでは、ツルゲーネフの描いたロシアの山河が眼前に浮かんでくるようでした。

されど第4楽章では終曲だというので、管楽器、とくに大太鼓を野放図にガンガン叩かせていましたが、これはあまり良くない。
名コンマス五味俊哉に率いられた鎌響の美質である弦楽器の響きがことごとく抹殺され、ティンパニーの独り舞台になってしまうのは、作曲家が意図したことではないと思います。
その証拠にイタリア奇想曲のコーダでは、まるでサーカス小屋のジンタのようでした。

今井治人は、私の嫌いな小澤征爾(人にあらず、音楽ですよ)とそのこけおどしだけの猿面患者ではなく、大人の音楽をやるフェルデイナン・ライトナー、若杉弘、飯守泰次郎などの薫陶を親しく受けたようで、その悠揚せまらぬ曲の運びには好感が持てましたが、一方では強烈な音楽的主張、ここぞというときのピークの築き方が甘く、今後に大きな課題を残していると私には映りました。

後半はいつもの天井桟敷を降りてきて、あえて1階の最前列で聴いてみたのですが、ここでの弦の大洪水には驚かされました。

あの音の氾濫の真ん中で各パートの音程とアンサンブルを聴き取ることは、不可能に近い。そして時折その上空から急降下してくる管楽器の乱打、乱打、また乱打は、老いたる世捨て人の心身を陶酔させると同時に激しく撹乱します。

これでは指揮者もオーケストラの面々も、全員つんぼにならないほうがおかしい。よくも皆さん我慢して舞台に座っていられるものです。

そしてもうひとつはじめて分かったこと。それはこの大音響のただ中で浮遊酩酊しておれば、それがN響のごとき凡庸なオーケストラのつまらぬ演奏でも、それが終わるや否や、たたちに立ちあがって「ブラボー!」と叫び出す聴衆の気持ちでした。


  君知るや稀代の名曲大木敦夫作詞矢代秋夫作曲鎌倉市市歌 蝶人

https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/qa/gyousei/documents/gakuhu.pdf


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自由律詩歌その10

2016-10-28 12:02:37 | Weblog


ある晴れた日に第411回


山居幽勝

赤面の至りです

造像起塔

智慧高才

持戒持律

称名念仏

弥陀の本願

変態大事

もうもう厭だなにもかも

寄ると切られた

越えるべき多くの峠がある

渡るべき多くの川がある

けふもまた母に似た歌を詠む息子哉

青空から鶯の初音が降ってきた

野をゆけば初鶯のめでたさや椿の

ヒキガエルの卵に宿る生命の原形質

寒緋桜×豆桜=おかめ桜

昔はズロースと言うた

春雨じゃ濡れてゆこう

べんべんちょー

人に優しくなんかできない

あれから五年水の中にいる



 世界中の良いニュースだけが載っているそんな新聞どこかにないか 蝶人


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シドニー・ポラック監督の「コンドル」をみて

2016-10-27 11:49:37 | Weblog


闇にまぎれて cyojin cine-archives vol.1098

CIAで朝から晩まで本を乱読することを命じられている主人公のレッドフォードが不可解な殺人事件に巻き込まれてもがくうちに謎の写真家フェイ・ダナウエイの深情けの御蔭で命をとりとめるという1975年製作のサスペンスもの。才人シドニー・ポラックの演出が冴えわたる。

しかしCIA内部の陰謀をぶちまけたNYタイムズはそれを記事にするのだろうか?主人公とヒロインの未来はあるのだろうか?すべては謎のままドラマは突然を幕を下ろす。


    血が湧きて肉が踊るや血圧はつねに百七十の大台を越ゆ 蝶人


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戦争映画を2本

2016-10-26 12:04:00 | Weblog


闇にまぎれて cyojin cine-archives vol.1095、1096


○サミュエル・フラー監督の「最前線物語」をみて

第1次大戦にも出兵した鬼軍曹リー・マーヴィンに率いられて第2次大戦の欧州各地を転戦する6名の若き兵士らの痛苦に満ちた赤裸々な体験を、サミュエル・フラーが悠揚せまらずじっくり描いて見ごたえあり。第1次大戦の終結を知らずに敵兵を殺した軍曹は、第2次大戦でもその過ちを犯すが、幸い兵は一命を取り留めるという終わり方がいかにもフラーらしい。


○ドルトン・トランボ監督の「ジョニーは戦場へ行った」をみて

ジョニーは彼女が逃げろと云うのに国のためだからというて戦争に行った。案の定死ぬより悲惨な生ける屍になってしまった。どんな立派な国よりも大切なのは自分の命。いかなる大義名分で押しつけられようとも兵士になってはならない。


 死なずともいい人が死にさにあらざる人が生きてるようだおいらはどっち 蝶人
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安西水丸著「a day in the life」を読んで

2016-10-25 11:05:25 | Weblog


照る日曇る日 第904回



著者が鎌倉山で斃れたのが2014年の春のことで、もう鬼籍に入って2年を過ぎたわけだが、懐かしい人柄を偲んでまだこういう絵入り随筆が登場するのはファンとしては嬉しいことだ。

これは「チルチンびと」という雑誌の連載を1冊の本にまとめたものだが、達意の文章半分、洒落たイラスト&写真半分くらいの割合で構成された大判グラフみたいになっていて、読んだり見たりがとても楽しい。

安西水丸という人は子供の頃から絵が大好きで、それが長じてからも仕事になったという理想的な生き方ができたわけで、いまどきこういう幸福な人生を過ごせる人は滅多にいないだろう。

彼はヘタウマの元祖のように持て囃されたが、いまその簡素で明かるく軽やかなイラストレーションの傍らに添えられた絵と同じように簡潔で明快な文章を読んでいると、まるでヘミングウエイが日本語で綴ったエッセイのような気がしてくるのは、ちょっと不思議だ。

センテンスは短いのだが、書き手の眼は対象をまっすぐに見つめていて、その本質をシンプルな言葉ではっきりと言いあらわしている。こういう達意の名文を書ける人は少ない。

安西水丸は小堀遠州の庭園や龍安寺の石庭で哲学する人が苦手だ。そんな庭よりもドクダミやツユクサ、ヒルガオ、ススキ、アキノエコログサ、ヘクソカズラが勝手に生えている草茫々の庭が好きだと書いているが、まったく同感である。

なお表題の「a day in the life」はレノンとマカートニーの共作であるが、著者はこの曲を1969年1月のある日の午後3時くらいにLAの友人の部屋でウエス・モンゴメリーのギターで初めて聴いたそうだ。私と違って実に記憶のよい人だったのである。


  文庫持つ右の手首の血管がどきりどきりと動く不気味さ 蝶人


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ジョエル・ホプキンス監督の「新しい人生のはじめかた」をみて

2016-10-24 11:33:14 | Weblog


闇にまぎれて cyojin cine-archives vol.1094


NYで広告のための音楽を作り続けていた初老の男、ダスティン・ホフマンは英国で老いらくの恋をして熟女エマ・トンプソンとロンドンで新しい生活を始めようとする。日本ならすぐに小原孝を越えることができるだろうが、夢見たジャズピアニストになれるだろうか、ちょっと不安。

演技力のある2人が力演してはいるが、脚本が酷いために通俗を超えることができなかった。原題の「Last Chance Harvey」がどうして「新しい人生のはじめかた」になるのか。観客を莫迦にするな。


   先生が調整しても調整しても奥歯は劇痛僕は激痛 蝶人
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蓮實重彦著「伯爵夫人」を読んで

2016-10-23 10:32:30 | Weblog


照る日曇る日 第903回

私はむかし会社からリストラされたあと、暫くフリーライターで生計を立てていた。そのときに出版社からリライトを依頼される素人作家の原稿のなかでいわゆる後期高齢者の手になるポルノ小説が多いことに驚かされたました。

例えばリタイアーした元小学校の校長さんが「官能小説」を次々に自費出版なさるのです。もちろん川上宗薫や宇能鴻一郎のようにはいかないけれど、かつて何十年も手枷足枷嵌められて実行しようとしてもできなかった途方もない性的冒険の数々を、筆も折れよ、チンポコも曲がれとばかりに書き捲り、ついに満たされなかった己があられもない夢の数々を原稿用紙の上になすりつけるのです。

本書を読みながら、私はこれは元小学校長と同じ動機で元東大学長がものした奇妙なポルノの小説だと思いました。

もちろん氏はそんじょそこらの小学校長とは、文学関係の知識も教養も月とスッポンほども異なりますから、文体も、叙述も、物語を縁取る時代背景も、歴史的な考証も提灯と釣り鐘ほど違うのだすが、やっている事柄の本質はまったく同根だと思うのですね。

いや小学校長を引き合いに出しては申し訳ないので、とりあえずかの永井荷風が「濹東綺譚」の筆のすさびに「四畳半襖の下書き」をものしたようなもんだ、というておきましょうか。

しかし著者がその卑猥にして高雅な「四畳半襖の下書き」を書き下ろすそのきっかけは、「伯爵夫人は午後5時に家を出た」というブルトン→ヴァレリーの言説が糸口になっていることは明らかですから、やはりこの小説が、下品で粗野で卑猥で形而下的爬虫類の脳的世界を目指しつつ、ついつい高尚で知的で高踏的な大脳前頭葉形而上的世界に足を引っ張られ、事志とは異なる抜かずの、どっちつかずの、抜かずの三発みたいな、射精したくともそれが出来ない、いわく言い難いポルノしからぬ折衷アマルガムポルノ小説が誕生したというても差し支えないでしょう。

高度な、あまりにも高度な教養が邪魔した、このポルノ失敗作が、ぬあんと三島由紀夫賞を受賞するとは、おそらく著者の想定外の椿事で、記者会見におけるその言説が奇妙奇天烈になったのも無理はありません。


 鏡の中でぐちゃぐちゃの顔がこっちを見ている昔の僕はこうではなかった 蝶人

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夢は第2の人生である 第37回 

2016-10-22 10:57:47 | Weblog


西暦2015年師走蝶人酔生夢死幾百夜


ふと見ると目の前の白い花にウスバキチョウが止まって一心不乱に蜜を吸うておる。北海道のそれも大雪山系・十勝岳連峰の高山地帯にしか棲息しないはずの天然記念物がどうしてこんな里山にいるのかと私は訝しく思った。12/1

じつは訝しく思うが早いか、それとも遅いか分からないうちに、私は夢中で、透明な翅を持つその高貴な蝶の黒い胴体を、むんずと捕まえ、右手の人差指と中指で両の羽を抑えながら、左手の親指と人差し指で、むぎゅうと胸を押すと、暫く指を押し返していた彼女は、ぐったりとなった。12/1

ここ数年の間に、東京では日本人が激減し、海を渡って、赤白黄色黒色の異民族の人々が押し寄せてきたので、犯罪が激増し、私たち捜査1課の刑事たちは、容疑者の捜査や取り調べに必要な英語、スペイン語、中国語、韓国語、アラビア語の習得に追われていた。12/2

今日は公衆衛生の日なので、われわれは公園のトイレを掃除し、トイレットペーパーをとりつけた。しかし私は便器に降りかかった巨大なウンチに手を触れることだけは、どうしても出来なかった。12/3

久しぶりに、ファッションショーを見た。聞けば私の妹が、その新ブランドの店長を務めるというのだが、大丈夫だろうか? 彼女は嬉しさゆえに、まるで蝶のようにフワフワと舞いあがっている。12/3

クーデターにかかわった劇団の幹部たちは、東京から安曇野まで逃れてきたのだが、北アルプスの山麓で、いよいよ最後の時を迎えようとしていた。12/4

私は、シロナガスクジラだ。久しぶりに湾内に入って遊弋していると、管理人が飛んできて、「きみきみ、ここはドックなんだから、勝手に泳ぎ回っては困る。君の番号は110番なんだから、その番号の場所に停泊しなさい」と怒った。12/6

小学館から頼まれて、ビルの小集会ホールで環境問題について講演しようと「夕張炭鉱では!」と声を張り上げたら、右傾化する会社に対する抗議集会も同じ会場で開催されていて、拡声器が「打倒相賀!」とシュプレヒコールを絶叫するので、夕張炭鉱どころではなくなり、ほうほうのていで引き揚げた。12/6

念願のミステリートレインが、いよいよ発車するようだ。どこか私の見知らぬ素晴らしい土地へ連れて行ってくれるとうれしいな。12/7

耕君が一人で特急に乗って、田舎の親戚まで旅立つことになったので、駅に停車している電車の中まで見送りに行ったら、先頭の1号車の1番の席に、巨大なライオンが寝そべっている。困った困った。12/9

新人も超ベテランも、同じひとつのスポーツを楽しむことができるので、その奇跡のような平等性を、私は掌中の珠のように慈しんでいた。12/10

実際茂原印刷のスポーツ選手は、超カッコ良かった。秋冬には、真っ赤なスウエーデン刺繍のセーターを着て、運動場で日向ぼっこをしていると、大勢の女子が「サインしてえ!」と近寄って来るのだった。12/11

国賊といわれて村八分になり、夜逃げする途中で、高校生のA子に出会ったら、「どこにでもいくから連れて行って欲しいの」といわれて、B市の安ホテルに泊ったら、私のすがれた胸にしがみついてきた。12/11

痛い痛い、猛烈に歯が痛い。しかし朝起きたら、痛みが消えてしまっているかも知れない。するとこの痛みはなんなのだ。嘘か眞か、予兆か警告か、心臓からの便りか。12/12

案ずることはない、「南無阿弥陀仏」と唱えておれば、それでいいのじゃ、と誰かの声がした。12/13

南の島のヤシの樹の下で、まず私がジャンプして、右手で2枚の布を放り投げると、それが落ちてくるところを捕まえた息子が、今度は左手で放り投げる。私たちはそんな動作をいつまでも繰り返していた。12/14

疲労困憊した私が、テントに潜り込んで寝ていると、いつの間にか見知らぬ女が私の傍に横たわっているので、「どうした?」と云うてやると、いきなり抱きついてきたので、どうしようもなく2人は獣になってしまった。12/16

我われは苛烈な戦闘の後で、とうとうギシック号を占拠して、無期限ストライキに突入した。その翌日はガ島に上陸して大学の寄宿舎を封鎖し、しばらくはそこで待機することにした。12/17

敵が来襲してきたので、私はいつものように家ごと飛びあがって応戦しようとしたが、なぜか重くて駄目だったので、仕方なく私だけで空に舞い上がったが、時すでに遅く、万里の長城のような巨大なものが、空を覆い尽くして迫ってきた。12/19

突如白刃をきらめかせている3人の侍に取り囲まれた私は、おもむろに抜刀しながら、こやつらも侍のはしくれ、いっときに3人が押し寄せることはないだろう。しからば1人ずつ退治するまでのことじゃ、と青眼に構えた。12/20

仕事がなくて喰うに困っていた私に、同文社の前田さんからメールがあって、これから始まる「失われた寺社仏閣全集」の取材とライターをやってほしいという。「これは面白そうだ、まずは鎌倉の大慈寺から行きましょう」と提案したら、そういうのもあなたの好きにやってもらいたいといわれた。12/21

「ただしこのシリーズは毎月1冊のペースで刊行し、全100巻にまとめたいので、原稿締め切りは毎月末にしてもらいたい」というので、「ちょっと待ってください、せめて1ヶ月半にしてください」と頼んだら、「まあいいでしょう」という返事だったが、いつまで経っても肝心のギャラの話がない。12/21

税金取りが差し押さえにやってきた。私の虎の子の現金は、庭の草上の食卓の上に全額置かれていたのだが、彼らはまさかそんなことがあろうとは夢にも思わず、部屋の中をあらさがししてから引き揚げたので、私は九死に一生を得たのだった。12/22

猛烈なブリザードが吹き付ける冬のアイガー北壁の一角にあって、1ミリも身動きできず、私は何昼夜にもわたって一匹のヤモリのようにへばりついていた。12/23

王の一族は、先祖代々近親結婚が続いて蒲柳の質が相続され、、長男も次男も子宝に恵まれなかったので、仕方なくそれぞれに養子を取ったのだが、その養子の動物的活力が新たな騒動と禍の元になって一族の混乱は末永く続き、やがて滅びた。12/24

忘年会へ行こうと部下のTと新宿を歩いていたら、交差点に懐かしの女が青ざめた顔で立っていたので、Tに先に行ってくれと頼んで女の手をそっと握ると、氷のように冷たい。
とりあえず伊勢丹の前のきっちゃてんに入ったが、客はいないし、誰も注文を取りに来ない。
仕方なく2階に上がって、自分でコーヒーとアイスクリームを作り、急な階段をそろそろ降りて1階の席まで戻ると、女はいない。代わりに取引先のS社の大勢の連中が、すべての席をうずめつくして大騒ぎしている。12/25

我われは次第にその村人たちと仲良くなり、時々彼らの家で御馳走になったり、彼らと連れだって町へ買い物に行くようになった。12/26

その大きなヘリが墜落したために、2匹の羊が潰されて死んでしまった。ついでに残るⅠ匹も殺してやろう、とヘリから出てきた乗組員が羊に襲いかかると、その羊はメエエ、メエエと鳴きながら必死に抵抗したので、町の人々は拍手喝采した。12/27

愛犬ムクと愛猫ノラを谷間で遊ばせ、私だけ一気に山頂に駆けあがって一息入れていると、下の方からなにやら悲鳴のようなものが聞こえてきた。山頂から覗き穴で眺めてみると、谷間を巨大な獣がうろつきまわっている。12/27

熊だ!ヒグマだ! ムクとノラが危ない! どうしよう。しかしこんなに離れていてはどうしようもない。ひたすら無事を祈りながら、なおも覗き穴に目を凝らしていると、白い小さな動物がこちらに登ってきた。

あれはノラだ。愛猫の後には槿毛色の愛犬ムクが、その後ろからはウサギやイノシシ、さらにその後ろからは、なんと獰猛なヒグマが山頂めがけてしずしずと登ってくるではないか!12/27

おや健君じゃないか。なに、お父さんの夢を全部録画してあげるって? そりゃあいいねえ。いまは毎晩夢を見たと思ったらすぐに起き出して、電気をつけて枕元の手帖に殴り書きしているから、オチオチ寝られやしない。どうか全部録画しておくれ、と私は息子に頼んだ。12/29

なに、そのヘッドギアのようなものは? そうかこれを被って寝ると、コードがそっちに伝わって全部記録してくれるのか。なんともまあ便利な機械が出来たもんだねえ。御蔭で今晩からぐっすり安眠できそうだ。健君ありがとう。12/29

町田家の人たちと一緒に歩いていると、どこかからボールが飛んできた。町田まち子が「おじさん、こんなところを散歩してると殺されちゃうよ」と悲鳴をあげたので、周囲を見渡すとそこは国立競技場の中だった。12/30

えいやっ!と捕まえると、ガイガーカウンターだった。

山中の山中家を訪ねたら、ゲンスブールとバーキンの「Je t'aim Moi Non Plus」がガンガンかかっていて、「いまショーで浮かれていた“はくいスケ”を順番に犯しているとこだから、明後日また来てくんろ」という返事だったので、そのまま引き返した。12/30

私はイイネを押し続けたが、その間に国籍不明の敵から爆撃を受けた私たちの船は、あっという間に撃沈され、昏い海の底へと沈んでいった。12/30

百万遍の関西日仏会館辺から、ボロ自転車に乗って東大路を南下していると、急にお腹が減ってきたので、どこか饂飩屋でもないかと探していたが、坊主がお稚児さんをお姫様抱っこしている姿を一瞥して、急に食欲が失せてしまい、気がつけば京都タワーの下にいた。12/31

地元のヤクザに招待され、年忘れパーティでやけ食いしていたら、突如前歯が歯ぐきもろともテーブルに飛び出したので、組員も驚いてのけぞっている。組長が呼んでくれた救急車に乗せられた私がよく調べてみると、それは身に覚えのない誰かの入れ歯だった。12/31


  こんな歌のどこがいいんだという歌を歌壇の大家がこぞりて選ぶ 蝶人


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2つのシーボルト展をみて

2016-10-21 11:00:19 | Weblog


蝶人物見遊山記第216回


幕末に長崎にきて活躍したドイツの博物学者フォン・シーボルトの死後150周年ということで「国立科学博物館」と「江戸東京博物館」で同時に2つの展覧会が開催されています。

前者「日本の自然を世界に開いたシーボルト」展では植物学、動物学、鉱物学などの学者・研究家・収集家だったシーボルトに焦点を当て、1万点以上をコレクトしたという植物の標本などの一部を展示してあります。彼は日本で集めた標本の大半を帰国後オランダのライデンやドイツのミュンヘンに保管し、多くの学者の研究に委ねたのでした。

新種のアジサイの標本には滞日中の妻お滝の名前が学名に織り込まれ、彼の愛情を察することができます。

なおこの博物館には忠犬ハチ公と南極犬ギロの剥製が隣り合わせに展示してあり、毎度のことながらその大きさには驚かされます。

次の会場は私の大嫌いな「江戸東京博物館」で、本当は東京で一番醜悪なこんな建物なんかに足を向けたくないのですが、目をつぶって潜り抜けると偶にはいいこともあるもので、その日に限って65歳以上の年寄りは入場が無料なのでした。

こちらの「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展は、前者の動植物以外の江戸時代の庶民の暮らしを再現するありとあらゆる民芸品や衣食住にまつわる生活雑貨、芸術品、さらにはシーボルトの日本追放の原因となった伊能忠敬制作の日本地図などが所狭しと展示してあります。

よくもこれほど多くのアイテムをかき集めたものと驚嘆するほかはありませんが、おかげで私たちはたった100年前の先祖の暮らしぶりをありありと偲ぶことができるのです。

3度目の訪日を夢見ながらついに果たせなかったシーボルトは、これらの膨大なコレクションを欧州各地で開催した博覧会をつうじて日本文化の多彩な魅力を多くの公衆の眼にやきつけ、そのイメージアッップとプロパンガンダ役を果たしてくれたのです。

彼のジャパンコレクションの大半は現在ミュンヘンの博物館にありますが、その受け入れの主役を演じたのは、かのビスコンティの映画「ルートヴィヒ」で有名な藝術に理解のあるバイエルンの狂王ルートヴヒ2世なのでした。

なおこれらの展覧会の会期は、国立科学博物館の「日本の自然を世界に開いたシーボルト」展は12月4日、江戸東京博物館の「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展は11月6日までずら。


 菊竹清訓が設計せし「江戸東京博物館」は史上最悪最低の建築物なり 蝶人
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オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の「ヒトラー最期の12日間」をみて

2016-10-20 11:07:40 | Weblog


闇にまぎれて cyojin cine-archives vol.1093


ヒトラーの個人秘書の証言を基にしている脚本らしく、かなり真に迫って来るドキュメンタリータッチの映画である。
なんといっても狂気の独裁者ヒトラーに扮したブルーノ・ガンツの演技、そして愛児6人を毒殺したあとで自殺するゲッペルス夫妻の生きざまが凄まじい。
秘書役はアレクサンドラ・マリア・ララが演じているがむしろ美貌の彼女がエヴァ・ブラウンを演じるべきであった。

   我にのみコバルト色の羽根見せて木下闇に飛び去る翡翠 蝶人

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加藤典洋著「日の沈む国から」を読んで

2016-10-18 11:04:30 | Weblog


照る日曇る日 第902回



おととしの「人類が永遠に続くのではないとしたら」、去年の「戦後入門」に続く著者の最新の政治・社会論集が早くも登場しました。

全国民必読の記念碑的力作「戦後入門」の熱いたぎりの余韻を残す論考が、すでに日の残りを勘定しているわたくしの老いたる両眼を、はっし発止と打ちのめすのですが、くわしくは皆様の御手にとって頂くとして、今回トピックスとしてお伝えしたいのは今は亡き硬骨のジャーナリスト中村康二氏についての情報でした。

著者によれば、1975年10月31日、当時ロンドン・タイムズの特派員であった中村氏は、日本人として初めて、訪米後の記者会見を行った昭和天皇に対して、次のような質問を行ったそうです。(本書177ページより引用)

「天皇陛下のホワイトハウスにおける「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」という発言がございましたが、このことは、陛下が、開戦を含めて、戦争そのものに責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。また陛下は、いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか、おうかがいいたします」

これに対する天皇の返答は、以下のようなものでした。

「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまりも研究してないで、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答ができかねます」

「言葉のアヤ」とか「文学方面」とはよくも言うたりですが、天皇としてはあまりにも突然の予期せざる質問であったために精神的に動揺した結果、このような不可解な遁辞を弄したのか、または、自分の中で確たる答えを持たなかった、或いは、持っていたがこの場で発言することを控えた、のいずれかでしょうね。

しかし、期待した答えを引き出すことは出来なかったものの、これが「天皇の戦争責任」について、日本人が、直接当の本人に面と向かって、問いを発した唯一無二、千載一遇の機会であったことを思うと、著者も感嘆している中村氏の勇気と不屈のジャーナリスト魂には強く打たれます。

筑摩文庫の「天皇百話」下巻の632ページには、この時の記者会見の全文が当時の朝日新聞から引用されていますが、これは全体的に親和的な雰囲気の応答の中から突如飛びだした、まるで氷の刃のように鋭利な関連質問だったようです。

これに勢いを得たのか、当日は中国放送の秋信利彦記者からも「広島への原爆投下をどう思うか?」という関連質問が飛び出し、天皇からは「遺憾には思うが、こういう戦争中であるからどうも広島市民には気の毒ではあるがやむをえない」というそれこそ亡国的な情けない答弁を引き出しています。

これに驚いた宮内庁の宇佐美長官は、その夜あわてて「やむをえなかったというのは自分にはどうしようもなかったという意味だ」という趣旨のコメントを出して、火の粉をもみ消そうとします。

が、77年の那須の記者会見では、昭和天皇は「人間宣言は5カ条の御誓文の精神を強調したものであって「神格否定は2の次」である」と断じ、おまけに「国民」と言うべきところを「赤子」と口走ったためにマスコミが騒ぎだしたので、とうとう宇佐美長官は、「私の眼の黒いうちは天皇会見は絶対にさせません」と宣言するに至ったのでした。

しかしながら1970年代の天皇や皇室関連のこうしたまっとうな肉薄は、最近ではすっかり影を潜め、安倍蚤糞への体制批判すら出来ないジャーナリズムと似非ジャーナリストどもが横行しているのは、まことに嘆かわしい限りです。


  どれもみな同じように聴こえてしまう全国中学生合唱コンクール 蝶人

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フランシス・フォード・コッポラ監督の「カンバセーション 盗聴」をみて

2016-10-17 11:58:08 | Weblog


闇にまぎれて cyojin cine-archives vol.1092



夏目漱石は探偵と高利貸は下賤の仕事であると喝破したが、この映画に登場するジンーン・ハックマンがその手合いの心象を好演している。

最後に思いもかけぬドンデンガエシが待っていて、見る者をあっと言わせるが、それよりも金のために良心を糊塗して職業としての盗聴者を選んでいる男の孤独で空獏とした内面のとめどなき時間と空間のだだ流れが、すごくチャーミングに迫ってくる。

懐かしのジョン・カザール、若き日のハリソンフォードなども出ているがエリザベス・マックレイが妖艶ずら。


 のびのびと6本の手足を動かしてセクスしているゴマダラカミキリ  蝶人

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邦画を3本

2016-10-16 08:52:26 | Weblog

闇にまぎれて cyojin cine-archives vol.1089&1090&1091


○溝口健二監督の「山椒大夫」をみて

淡いモノクロームと悠揚せまらぬテンポで繰り広げられる、この有名な親子別れと奇跡的な出会いの物語を見物していると、日本の昔の優れた映画はいまより100層倍も良かったんじゃないかという気がしてくる。


○マキノ正博監督の「鴛鴦歌合戦」をみて

市川歌右衛門が、志村喬が、デイック・ミネのバカ殿が唄って踊る長屋ものオペレッタ映画ずら。1939年(昭和4年)という時代にこれほど軽妙洒脱なポップなシネマが突貫工事で制作されていたことに驚く。玄人はだしの志村の歌が最高である。


○岡本喜八監督の「肉弾」をみて
戦争のすべてを1時間半のモノクロ映画に集約しようとする岡本喜八監督のポップでシュールなアバンギャルド映画。商業映画ではあるが学生が撮るインデイーズに似た実験的な作品でもある。寺田農も大谷直子もすっぽんぽんになって演じているのがよい。


ノーベル賞なんかおいらには似合わないと四畳半に閉じこもってノーベル飴をなめてるボブ・ディラン 蝶人


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自由律詩歌その9

2016-10-15 17:32:44 | Weblog


ある晴れた日に第410回


哀れなるかな文語定型に殉ず

ズンズンズン ズンタタズン

百年の後会おう

千両を喰らい尽くして万両へ

今日がその56億7千万年目

各々方すわ一大事反革命ですぞ

只今空襲警報発令!

善が限りを尽くした果てに悪が生まれる

今朝死者を見た

どんな詩でもいいから書いていないと生き延びられないな

死者は生者を待ってはくれない

民草の資産を奪う安倍蚤糞

深窓の美少女をずぶずぶ犯す

貴婦人に思う様いたぶられる

莫迦丸出しの議員を選んだのは誰

蓋を開けたらみな右翼だった

このバルバロイめ!

げに懐かしきは遠野凪子の脹脛

諸悪の根源安倍蚤糞

面倒臭いこと言うなよ

跳ねば跳ね、踊らば踊れ春駒の

見よ東海の空明けて

黒柳徹子に「あーた」と呼ばれたくない

生きる面倒くささ

石の上に70年

おまえなあもうええかげんにせえよ

昔は良かったというたら口が裂けた

無が一生を貫く

売り込み電話ばかりだ

くっだらねえことにばかすか金つかいてえ

じんじんじんたんじんたららったったあ


らあらあらあ ららららららら らりららん らりらりらりり ららららりらん 蝶人


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