あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

東京ステーションギャラリーで「甲斐荘楠音の全貌」展をみて

2023-08-31 09:32:15 | Weblog

東京ステーションギャラリーで「甲斐荘楠音の全貌」展をみて

 

精液2023年葉月蝶人物見遊山記第372回

 

どういう風の吹き回しか親切な同伴者の導きによって最終日間近の本展をみることができました。感謝感謝。

 

甲斐荘楠音(1894~1978)という京の都の絵描きさんの名前なんて、風の噂にも聞いたことがなかったが、大正から昭和のはじめにかけて「革新的な」作品を世に送った日本画家らしい。

 

主に派手な着物をまとうた女性のくねった姿を得意としたようだが、その独得の妖艶さとなにやら不吉に翳った面妖な顔立ちにどこどこ惹かれていくものがある。怖いどすえ。

 

どうやらこの画家は女装趣味もあったらしく、歌舞伎の女形に扮した写真も沢山出ていて、例えば絵を描く雀右衛門といった趣。色街の禁断の世界に出入りしながら、世話物の裏表を知り尽くしたような気配もうかがえる。

 

だからこそ、のちに時代劇映画全盛時代の時代考証や、市川右太衛門の舞台衣装を自ら製作できたのでしょうが、個人的には映画界に軸足をおかずに、本業の日本画の革命に挺身して欲しかったと思うのですが、やはり安定したくいぶちのほうに目が眩んだのでしょか。

 

            左眼にはレンズが入り葉月尽 蝶人

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トルーマン・カポーティ著・村上春樹訳「遠い声 遠い部屋」を読んで

2023-08-30 11:34:59 | Weblog

トルーマン・カポーティ著・村上春樹訳「遠い声 遠い部屋」を読んで

 

照る日曇る日 第1950回

 

カポーティ選手が23歳にしてモノした初の長編小説を、村上春樹の翻訳で読む。

 

アメリカの田舎に住む17歳の文学趣味の少年が、おのが大脳前頭葉に浮かんだ、さまざまな夢想幻想妄想空想を、幸か不幸か、その想起の途中で放棄せず、最後まで同伴しながら書きつづった膨大な夢物語であり。それ以上でもなければ、以下でもないと、私は思う。

 

途中でおおいに退屈したが、それでも仕方なく読了したのは、なんせ翻訳者が有名な小説家であるから、だった。

 

  図書館の書架に収まるわが詩集さとう三千魚「浜辺にて」の隣に 蝶人

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備仲臣道著「内田百閒 百鬼園伝説」を読んで

2023-08-29 14:01:29 | Weblog

備仲臣道著「内田百閒 百鬼園伝説」を読んで

 

照る日曇る日 第1949回

 

百閒研究の権威による「内田百閒三部作」の完結編である。

 

内田百閒は好きな作家だ。戦時中文学報国会に加盟しなかったのは中里介山と百閒だけ。それだけでも尊敬に値するが、百閒は稀代の名文家でもあった。

 

この本は、漱石の「夢十夜」に霊感をうけ、発表後の漱石自身が投げ捨てて顧みなかった、その怪奇と抒情と幻想の独創的境地を、生涯に亘って切り開いていった文人の軌跡を、珠玉のような名文で、真心を込めて丁寧に、かつまた手際よく振り返った逸品といえるだろう。

 

既に浩瀚なる“内田百閒大辞典”をものされ、出版社の名乗りを待たれていると仄聞する著者ゆえに、例えば「高利貸」なる御題目を設定すれば、それに関連するデータが湯水のように湧き起こって読者の興味をどこまでもひっぱって行く。

 

「猫」の章では、あの有名なノラに関する情報のみならず、猫関係の作品が次々に列挙されるが、意外にも必ずしも百閒が生来の猫好きではなかった、という知見が報告されていて、ほんとうの百閒の姿をさりげなく伝えている。

 

   左目の上の方から覗きこむ目医者が入れる眼内レンズ 蝶人

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游珮芸脚色・周見信作画・倉本知明訳「台湾の少年1」を読んで

2023-08-28 11:06:49 | Weblog

 

照る日曇る日 第1948回

 

台湾のマンガと児童文学に大きく貢献し、波乱万丈の人生を送る1930年生まれの蔡焜霖の半生を描いた全4冊の第1巻で、日帝統治下の台湾の暮らしぶりを丁寧に追っている。

 

最初は日本語と台湾語、つづく国民党統治下では北京語を学んで巧みに使いこなしていく主人公だったが、ある日突然いわれなき罪状で逮捕され、恐るべき苦難の道のりが始まるのだが、この第1巻のみは抒情的なタッチと色彩で描かれ、後続の3巻と大きなコントラストをなしている。

 

   今日もまた両手で耳に蓋をして玄関飛び出すうちのコウ君 蝶人

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川上未映子著「春のこわいもの」を読んで

2023-08-27 09:16:50 | Weblog

 

照る日曇る日 第1947回

 

アマゾンのオーデイオブックのために企画された6つの短編小説集であるが、出来栄えと長短はまちまち。「春のこわいもの」というタイトルの作品はないが、いちばんそれに近い世界を描いたのは、「娘について」という作品であったが、プロの作家の売り物なのだから、もっと推敲してほしいずら。

 

  亡き人をよく知り愛した人が写したる遺影見事に故人をあらわす 蝶人

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ジェームズ・サーバー著・村上春樹訳「世界で最後の花」を読んで

2023-08-26 17:57:41 | Weblog

 

照る日曇る日 第1946回

 

世界のどこかで戦争が起こるたびに傷ついていく町や村や野原や山川、そして人々の暮らし。

 

そしてまた大きな戦争が起こり、町や村や野原や山川、そして人々の暮らしが破壊されていく。

 

それからまたしても全世界を巻きこむ大々的な戦争が起こると、ひと組の男女と一輪の花しか残らない。

 

が、2人は助け合って少しずつ世界を再建していくのだが、その道半ばにして、またしても大戦争が起こり、今度はひと組の男女と一輪の花すら残らない。

 

のではないだろうか?

 

      卯月には掌抑え左目を癒し呉れし人葉月に逝きぬ 蝶人

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西暦2023年葉月蝶人映画劇場その3

2023-08-25 14:02:35 | Weblog

 

闇にまぎれてtyojin cine-archives vol.3370~75

 

1)リドリー・スコット製作総指揮「ブレードランナー2049」

ライアン・ゴズリング主演、ハリソン・フォード助演による「ブレードランナー」の2017年の続編。美術は優秀だが、プロットが入り組んでいて何が何だか分からない。

 

2)マルセル・カルネ監督の「悪魔が夜来る」

ジャック・プレエールの脚本による1942年の中世幻想劇。アルレッティが美しい、。

 

3)エイドリアン・シェアゴールド監督の「説きふせられて」

ジェーン・オースティン晩年の2017年のしみじみとした傑作なり。小説とはこういうものであり、映画もまた。

 

4)リサ・ラングセット監督の「ピュア 純潔」

カッコいい指揮者にゾッコン。身も心もなげ出した女が殺しまでしてしまうのに、最後は笑顔で終わる変態的な2009年のスエーデン映画。

 

5)ヴィンセント・ミネリ監督の「悪人と美女」

1952年製作のハリウッド内幕物の秀作。ラナ・ターナーは鈍いが、カーク・ダグラスが圧倒的に素晴らしい。

 

   マドンなら2刀流は健在だったネビンが壊した大谷無惨 蝶人

 

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家族の肖像~親子の対話その99

2023-08-24 09:48:03 | Weblog

 

2023年6月

 

たしなめるって、なに?

悪いことしたらダメよ、って注意することよ。

 

ウエハラミツキ、臙脂色のスカート、はいてますよ。

そうだね、臙脂色だね。

 

コーヒーポッド出て来たよ。コウ君が捨てたんじゃないのに、コウ君を疑ってごめんね。

許してあげますよ。

ありがとう!

 

クワイ、出てて良かったよ!

何が出たの?

ハッパだよ。

どこで出たの?

お庭だよ。

 

コウ君、今日はどこいきますか?

図書館とお西友だお。

分かりましたあ。

 

再調査って、なに?

もう一度調べることだよ。

 

ぼく「舞いあがれ!」みてますお。ぼく「舞いあがれ!」好きですお。

そうなんだ。

舞いあがれ! 舞いあがれ! 舞い上あがれ!

 

お父さん、大好きですお。

 

お父さん、洗濯物、乾いた?

乾きましたよお!

お父さん、洗濯物、乾いた?

乾きましたよお!

お父さん、洗濯物、乾いた?

乾いたよ。乾いたよ。乾いたよ。

 

お父さん、社長秘書の英語は?

プ、プレジデンツ、セ、セクレタリー。

なに?

プレジデンツセクレタリーだお。

 

お母さん、ウエハラミツキ、怖くない?

怖くないわよ。コウ君、怖いの?

怖くないですお。

可愛いんでしょ?

ウエハラミツキ、可愛いお。

 

コウ君、今日はどこへいきますか?

西友ですお。

そうですか。

 

お母さん、ヒロスエリョウコ、いなくなっちゃったよ。

そうねえ。ザンネンなことしたねえ。

 

さて問題です。お父さんは、いまからどこへ行くでしょう?

おばあちゃんち。

あったりー!コウ君も行きますか?

おうちでお留守番してます。

そうですか。

 

お父さん、洗濯物、乾いた?

乾いたよ。

洗濯物、乾いた?

バッチリ乾いた方から、心配しないで返ってきな。

 

一人ぼっちって、なに?

お友達がいないことよ。

 

フラレルって、なに?

もうお付き合いを、してもらえなくなることよ。

 

お母さん

証明ってなに?

はっきりさせることよ。

 

お父さん、明日トウキュウいきますお。

そう。もうツツツ、大丈夫?

大丈夫ですお。

 

お父さん、ぼく、イシャラサトミ、可愛がっていますよ。

え、そうなの。

 

対象者のショウって、ゾウだよね?

そだね、確かに象だね。

   金あれどコモンセンスはなき男鳩のマークを剣に変える 蝶人

 

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トルーマン・カポーティ著・村上春樹訳「誕生日の子どもたち」を読んで

2023-08-23 09:54:37 | Weblog

トルーマン・カポーティ著・村上春樹訳「誕生日の子どもたち」を読んで

 

照る日曇る日 第1945回

 

表題作をはじめ、「感謝祭の客」「クリスマスの思い出」「あるクリスマス」「無頭の鷹」さいごの「おじいさんの思い出」まで、いずれも“イノセントな”老若男女が登場して、この世の一隅をほのかに照らしてくれる。

 

現世秩序の内部では、ちゃんと生ききれない人たちかもしれないし、いつまでも純な心を持ち続ける運命の人かもしれないし、医学的にはある種の発達障害を持った人なのかもしれないけれど、こういう人たちが存在しているからこそ、まだ人類にも、多少の希望と存在意義があるのではないでしょうか。

 

    権謀を凝らして利権を奪い取る卑しき男葉山に逝きたり 蝶人

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ハルノ宵子著「猫だましい」を読んで

2023-08-22 11:31:22 | Weblog

 

照る日曇る日 第1944回

 

父と母の介護に加えて自身のたくさんの病気、それに野良猫の世話も加わって漫画を描くゆとりも無くなった作者が、たまたま連載した「病気と病院と医者と吉本家と鍵の無いその家に勝手に住みついた猫を巡る」あれやこれや、なんでもありのエッセイで、大変に面白い。

 

両親の遺伝だろうが、この人はどんな困難や災難にもめげることなく、降りかかる大浪小波をどおんとぶつかり、なんとかkなんとか乗り越えてしまう、その破天荒んな逞しさに圧倒されてしまう。

 

「猫」に関連していうと、この人は周囲の猫を自費でどんどん避妊させているというので驚いたが、162Pのヒメ子との別れ、「医師」に関連していうと、187PのO竹医師との別れ、「家族」に関しては、257Pのお母さんとの別れがしっかり泣かせてくれます。

 

あの親にして、この子あり。か。

これからもなんとかこの調子で、どんどん人世やっていって欲しいものである。

 

 

             安全で安心な水と思うなら内閣全員揃って飲み干せ 蝶人

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西暦2023年葉月蝶人映画劇場その2

2023-08-21 10:55:49 | Weblog

 

闇にまぎれてtyojin cine-archives vol.3364~69

 

1)サイモン・カーティス監督の「ダウントン・アビー 新たなる時代へ」

マギー・スミスが大往生を遂げる2022年の劇場映画第2作。ほぼオールスターキャストだが、シャーリー・マクレインは無理だったのかなあ。

 

2)ジョン・ハロー監督の「夜は千の眼を持つ」

エドワード・G・ロビンソンが好演する1948年製の未来予測ホラー映画。よく出来た脚本ずら。

 

3)ジョン・スチュワート監督の「スイング・ステート」

2021年の民主共和党のドタバタ選挙合戦を描くコメデイだがさぱり面白くない。

 

4)グレタ・ガーウィグ監督の「レディ・バード」

2012年の青春映画。サクラメントに住むヒロインが郷里や母親に絶望してNYの大学へ行く噺だが、うまく行ったらお慰み。

 

5)ヴィクトル・シェストレム主演・脚本・監督の「霊魂の不滅」

1921年製作のスゥエーデンのみならず世界映画史に燦然と輝く見事なサイレント映画だが日本語字幕は酷過ぎる。この映画なしにはベルイマン映画は誕生しなかっただろう。

 

   ゴール前でこける選手は気の毒だ当分悔やむ一生悔やむ 蝶人

 

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森下典子著「日日是好日」を読んで

2023-08-20 09:39:19 | Weblog

 

照る日曇る日 第1943回

 

映画も良かったが、それは作者がこれまでの全人生の重みを傾けて語り続けるこの原作が素晴らしいからだと分かった。

 

「お茶が教えてくれた15のしあわせ」という副題がつけられえいるが、「お点前」は晩餐会とも称すべき「茶事」のごく一部であることを述べた10章、12章の「松風」が止んだ瞬間の恐ろしいほどの沈黙、13章「聴雨」の豪雨が精神を解放する奇蹟的な瞬間の描写が、殊に素晴らしい。

 

読み進むにつれ、お茶といえば「退屈で無意味な礼儀作法の集積」と決めつけ、敬して遠ざけていた偏見は、ことごとく崩れ去っていったが、「ああ、若い時にやっておけばよかったかも」、という後悔は、やはり先には立たなかったのだなあ。

 

  誰一人見向きもしなかった猫の絵がある日突然脚光を浴びる 蝶人

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藤本頼人著「源頼家とその時代」を読んで

2023-08-19 08:58:07 | Weblog

藤本頼人著「源頼家とその時代」を読んで

 

照る日曇る日 第1942回

 

悪辣非道な北条氏に若くして伊豆で虐殺されてしまった2代目鎌倉殿の悲劇の生涯を振り返る1冊である。

 

従来とかく「悪君」呼ばわりされていたこの人物を、丁寧に見直し、かくべつの「良君」でもないが、その行政も、人物も、蹴鞠や狩猟の趣味すらも、さして「吾妻鏡」が指弾、誹謗中傷するほどのレベルではなかったことを強調している。

 

それにしても本来なら北条一族を遠ざけ、比企一族と共に長く源氏の正統を世に伝えるはずであった頼家が哀れな最期を迎えるに到ったことは、運命のいたずらというも愚かなことであった。

 

   我こそは尾籠な1匹の獣なり臍に溜まりし胡麻の臭さよ 蝶人

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西暦2023年葉月蝶人映画劇場その2

2023-08-18 13:06:09 | Weblog

 

闇にまぎれてtyojin cine-archives vol.3364~69

 

1)ヴィンセント・ミネリ監督の「可愛い配当」

1951年スペンサー・トレイシー主演の「花嫁の父」の後日譚。まずまずの出来栄えかな。この頃のエリザベス・テイラーは綺麗だった。

 

2)ジェームズ・ワン監督の「ワイルド・スピード・スカイ・ミッション」

2015年の7作目。今度は自動車が空から降って来て道路に降り立つ。まあ色んなことを考えて映像化するもんだ。

 

3)ゲイリー・グレイ監督の「ワイルド・スピード・アイス・ブリーク」

2017年の8作目。今度は潜水艦が氷を突き破って車を沈没させようとする。まあ色んなことを考えて映像化するもんだ。

 

4)バーバラ・イーダー監督の「村人」

どこでも田舎は怖い。日本でも怖いが、墺太利でも怖いみたい。独逸かと思ったが、2015年のオーストリア映画、。

 

5)マイケル・カーティス監督の「汚れた顔の天使」

ジェームズ・ギャグニーとパット・オブライエンが主演し、ハンフリー・ボガードが脇に回った1938年のギャング映画。悪の限りを尽くしたギャグニーが神父になったオブライエンの頼みを聴き入れ、無様な死に際を見せながら死刑になるラストが見せ場ずら。

 

   画眉鳥と台湾リスを追放しウグイスとホトトギス鳴け真夏の鎌倉 蝶人

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吉本隆明著「吉本隆明全集31」を読んで

2023-08-17 09:19:41 | Weblog

 

照る日曇る日 第1941回

 

この全集の最大の楽しみは、本文もさることながら月報で連載されている長女ハルノ宵子さんのエッセイを読むこと。今号では父親の死後3カ月ほど経ってから坂本龍一が訪れ、仏壇に花束を捧げてから吉本の原発論について聞かれたので、「火を見出したからには、もう人類は永久に火と向き合って考え続けねばならないと言っていた」と答えたという挿話が印象的だった。

 

ハルノさんによれば「原発やめたら猿になる」という衝撃的な見出しの雑誌インタビューが出たのは吉本逝去まで1年を切っていた頃だったが、当時の主人公は殆ど目も見えず、原稿のゲラチエックをする体力もなく、殆どノーチエックで世に出たのだという。坂本ならずともよく聞けば吉本がそれほど異常な考え方をしていた訳ではないと知れるのだった。

 

本書には既に感想を述べた「アフリカ的段階について」という論文、本物の遺書ではないが、遺書として仮託された死についての論考「遺書」、そして父と子についての思い出噺やエッセイを集めた「父の像」「少年」の3部構成になっていて、それぞれに面白いが、水難事故以降とみに衰えた体力、気力のあらわれか、口述筆記による未消化な記述も散見される。

 

けれども、そのことが決してハンディにならず、思想家吉本の代わりに、人間吉本の肉声がこちらに迸ってくる思いがして、読後感はかえって鮮烈である。私は「少年」第3章の「プロの詩人たち」を読んで、自分の詩の幼さを思い知らされた。

 

       吉本も龍一も居ない葉月かな 蝶人

 

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