ある晴れた日に 第602回
天ざかる鄙の里にて侘びし人 八十路を過ぎてひとり逝きたり
日曜は聖なる神をほめ誉えん 母は高音我等は低音
教会の日曜の朝の奏楽の 前奏無みして歌い給えり
陽炎のひかりあまねき洗面台 声を殺さず泣かれし朝あり
千両、万両、億両 子等のため母上は金のなる木を植え給えり
千両万両億両すべて植木に咲かせしが 金持ちになれんと笑い給いき
白魚のごと美しき指なりき その白魚をついに握らず
そのかみのいまわの夜の苦しさに引きちぎられし髪の黒さよ
うつ伏せに倒れ伏したる母君の右手にありし黄楊の櫛かな
我は眞弟は善二妹は美和 良き名与えて母逝き給う
母の名を佐々木愛子と墨で書く 夕陽ケ丘に立つその墓碑銘よ
太刀洗の桜並木の散歩道犬の糞に咲くイヌフグリの花
犬どもの糞に隠れて咲いていたよ青く小さなイヌフグリの花
滑川の桜並木をわれ往けば躑躅の下にイヌフグリ咲く
犬どもの糞に隠れて咲いていたよ青く小さなイヌフグリの花
頑なに独り居すると言い張りて独りで逝きしたらちねの母
わたしはもうおとうちゃんのとこへいきたいわというてははみまかりき
わが妻が母の遺影に手向けたるグレープフルーツ仄かに香る
瑠璃タテハ黄タテハ紋白大和シジミ母命日に我が見し蝶
犬フグリ黄藤ミモザに桜花母命日に我が見し花
雪柳椿辛夷桜花母命日に我が見し花
真夜中の携帯が待ち受けている冥界からの便り母上の声
われのことを豚児と書かれし日もありきもういちど豚児と呼んでくれぬか
一本の電信柱の陰にして母永遠に待つ西本町二十五番地
なにゆえに私は歌をうたうのか愛する天使を讃えるために
土手下に真昼の星は輝きぬ小さく青きイヌフグリ咲きたり
人の齢春夏秋冬空の雲過ぎにぞ過ぎてまた春となる
春浅き丹波の旧家の片隅で子らの名呼びつつ息絶えたるか
おかあちゃんはたった一人で逝きはったわいらあなんもしてやれんかった
とめどなく流れる水を見つめつついたく泣かれし日曜の朝
ただ一度われの頬を打たれしことありき祖父の死を悲しまぬわれを
まなかいに浮かびし母の面影に丹波言葉で語りかける今朝
たらちねの母が逝きたる故郷の我が家を守るガンの妹
テレ朝のモーニングショーに出る狸官邸からの検非違使なるや 蝶人