照る日曇る日 第2149回
地元の月刊誌「かまくら春秋」に連載され、「平成その日その日」という題が付された鎌倉在住の詩人、作家の日記である。
この人の作品は妻の最期を書いた小説「K」を読んだだけだが、なかなかの力作だった。本業は詩作なので、これからぼちぼち読んでみたいは、まずは図書館にあった日記から。
私のまわりには何故か満州からの引揚者が多いのだが、著者もそう。内地で食い詰め一旗上げようと海を渡った日本人ならではのひとときの繁栄と命からがらの帰還によって心身に刻まれた傷跡がその後の生涯をある意味では決定づけたのだろう。そんな感慨を伴った思い出が日記のあちこちに顔を覗かせている。
日記で引用される記事の多くはヨミウリなのは残念。永年購読していた朝日をやめたのは政治的な断罪記事が多いからと記してあるが、政権党の怠慢と犯罪にノンとも言わない右翼紙のどこが面白かったのだろう。
古希をとっくの昔に過ぎて傘寿の坂を上りつつ、この老人、もはや漁色の楽しみが出来る年齢を過ぎても、若い女性を見る眼はさながら荷風散人の如しで、ああやはり男と言うものはなあ、という微苦笑を誘われる。
意外なことに著者も南方から北上してきたアカボシゴマダラやナガサキアゲハ、オオゴマダラ、それに海を渡るアサギマダラなどの記述が多く、さだめし少年時代には名うての昆虫少年だったろうなと思われて親しみがわく。
当時大阪府知事だった文楽の素養さえない橋下が大阪国際児童文学館を閉鎖したことに対する異議申し立てを2010年の2月に行っているが、権力者の仕打ちに対する批判や反抗的態度はほとんどないのが不思議である。
さすがに文学者だけあって、小津の「晩春」に出た原節子の目の美しい輝きが、黒澤の「白痴」で一天俄かに掻き曇る反逆の目の恐ろしさについて指摘しているのは鋭い。
鉄柵をジャンプできずに串刺しに哀れなるかなロミーの息子 蝶人