あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

なにゆえに第20回~西暦2015年神無月蝶人花鳥風月狂歌三昧

2015-10-31 11:42:26 | Weblog


ある晴れた日に 第338回



なにゆえに毎日殺人事件が起こるのか毎日殺人を報道するので

なにゆえに右肩右腕の激痛が治らぬ天は右翼を見放しつつあり

なにゆえにいきなりリクエストだけ送るつけるなにか一言書きなさいよ

なにゆえに夜ともなれば星を見上げるわれらみな太陽から生まれた星の子だから

なにゆえに大村さんはノーベル賞をもらったかお祖母さんの言いつけを守ったから

なにゆえに他人の歌をとやかく言うの自分の歌が全然出来ないくせに

なにゆえに「反原発男」が大臣になる少しは父親を見習いなさい

なにゆえにデニーズのパスタはあんなに不味い素材も茹で方もてんで駄目ずら

なにゆえにアンパンマンも癌になる二人に一人は癌になるので

なにゆえにいざという時に負けてしまう田中錦織稀勢の里阪神

なにゆえに内閣支持率が上昇する不可解なるは大衆の幻像

なにゆえに西欧人と錯覚するお前は普通のアジア人なのに

なにゆえに新しいディスプレイを買ってしまったプラグが緩んでいただけとは思わなかった

なにゆえにオトマール・スウィトナーとベルリン国立管は待たされた「魔笛」の場面展開が遅いので

なにゆえに次男は青いセーターを贈ってくれたか今日が私の誕生日なので

なにゆえに私も父に贈らなかった息子が呉れし祝いのセーター

なにゆえに戦争法案について誰も触れないそうかあれはもう終わった話か

なにゆえに台風はペアで日本にやってくる1つでは本土上陸の確率が低い

なにゆえに小町通りは観光客で溢れる来たからにはここを歩かなくちゃと思って

なにゆえに頭の中が腐ってゆく肩代わりする細胞が生まれないので

なにゆえに内閣改造でちょろまかされるとことん阿呆な日本国民

なにゆえにすぐ国会を開かないんだ安倍蚤糞は海外逃亡

なにゆえに自分の頭をぼかぼか叩く「ファミリーナ宮下」は君のホームじゃないか

なにゆえに東京へ出かけるのが億劫なのかタコ壺の中が安楽なので

なにゆえに「携帯位充電しとけ」と利用者に言い放つお前は施設の職員じゃないか

なにゆえにお墓の始末は大変なのかそのうちみんな死んでしまうので

なにゆえにヤクルトはこんなひどい投手に投げさせるおかげで試合は滅茶苦茶じゃないか

なにゆえに総理大臣は外国で円をばら撒いてる国内問題をみな放置して

なにゆえにアサギマダラが空に舞う40年この地に住んだ御褒美かしら


 なにゆえにコメントを書いているとちょん切れるミクシは憎しミクシあほらし 蝶人


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村上春樹著「職業としての小説家」を読んで 

2015-10-30 13:27:03 | Weblog


照る日曇る日第825回

 この本は著者が初めて書いた「自伝的なエッセイ」です。

 いちおう小説家を志望する若者たちへの小規模な座談というスタイルをとっていますが、その中には著者がどのようにして突然小説を書こうと思い立ったのか、「ど素人」の青年が、どうやって処女作以下の作品を35年にもわたって書きついでいくことができたのか、などの「創作の秘密」を、彼の半生共々率直に述べていて共感を呼びます。

 特に印象的なのは、彼の処女作「風の歌を聴け」が「何も書くことがないということを書くしかない」と決意し、「何も書くことがない」ということを武器にして書かれた、と語られていることですが、

 もっと興味深いのは国内でバッシングを受けたあと、バブルに踊る混濁の故国を投げ捨てて米国に渡り、一新人作家としてNYの文学界にデビューし、国際的作家、世界作家へと飛躍を遂げていくくだりで、

 これを読んでいると、「快男児、♪男一匹海を渡るー」というような浪花節が口をついて出てきて、なぜか胸がキュンと鳴ってしまいます。明治以来自作が本国で売れなくても海外で売れるように徒手空拳で努力した日本人作家が一人でもいたでしょうか。

 ところで、村上春樹の小説を嫌う人は、それを好む私のような人間と同じくらい多くて、その理由を尋ねると、「文体や内容が軽佻浮薄」というのが多いようです。これほど独創的な文章を書く作家は、ざらにはいないのにね。

 しかし本書で著者がいうように、小説、そして現実の世界においても、「木が沈み、石が浮く」という逆転現象がしばしば起こります。

 既成の純文学作家の重厚長大風の格調高い文体が、次々に生起する現実とパラダイムの転換にいつの間にかついていけなくなったり、「一般に軽いと見做されていた語り口が、時間の経過とともに無視できない重さを獲得する」ことも往々にしてある例を、私たちは著者や保坂和志などの小説のなかに見出すことができるでしょう。

 彼らの小説はセロニアス・モンクやグレン・グールドの音楽のような普遍的なオリジナリティに輝きながら、1個の重い石のように川の上を流れています。


  木が沈み石が浮きグレン・グールドのように叫ぶ日がやって来た 蝶人
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国立劇場で「通し狂言伊勢音頭恋寝刃」の千穐楽をみて

2015-10-29 14:23:25 | Weblog


茫洋物見遊山記第190回


 久しぶりの歌舞伎を息子と一緒に半蔵門で鑑賞いたしました。

 演目は近松徳三の手になる「伊勢音頭恋寝刃」でこの劇場ではなんと53年振りの公演だそうです。

 寛政8年5月、伊勢国古市の遊女屋」油屋で地元の医者、孫福斎が仕出かした殺傷事件を題材にした狂言だそうですが、要するに名刀「青江下坂」を巡る争奪を横道また横道に逸れながら、延々と辿るのです。

 例によって登場人物のあれやこれやが私の粗放な脳髄には分かり難く、前半はかなり退屈したのですが、後半の大詰めにきて大復讐劇と大殺戮が巻き起こったので、ようやく頽勢を挽回して、意気揚々と4時間に亘る大公演の千穐楽を打ちあげることができました。

 名刀がじつは村雨のごとき妖刀であって、柄を握った主人公(中村梅玉)を誘導して次々に悪党共を斬ってゆくのを例のスローモーションでやるが最大の見どころで、この「青江下坂」が手元にあれば極悪非道の権力者に送り届けてやりたいと思ったことでした。

出演はほかに雁治郎、高麗蔵、東蔵などの中村一門で、光る役者は一人も居なかったずら。その後夜の銀座に出たら大通りに観光バスが止まっていて街は中国人の爆買一色。なんだかとても嫌な感じでした。

 息子の案内で資生堂ギャラリーにて小沢剛の「帰って来たペインターF」展を見ましたが、これは戦争中にインドネシアで従軍した架空の日本人画家「ペインターF」の戦前から戦後の生きざまを物語にして、絵画と映像作品に仕上げたもので、レオナルド藤田らしい画家が七幅の大画面に暗躍しています。史実とからめた作家のコンセプチャルな見立てが秀逸だったずら。

 次に小柳ギャラリーで開催中の内藤礼の個展を見たのだが、そこに並んでいたのはほとんどなにも描かれていない何枚もの白いキャンバス、そして雑誌の一ページを切り取ってしわくちゃにした人物写真だったので驚いた。

 こんなもののどこが作品であり芸術なのか。ただのゴミではないか。

 こんな人を莫迦にした羊頭狗肉に安からぬ値段がつけられ、それをこぞって買いあげたりしている異様な光景を目の当たりにして、私は頭に血が上り、我が腰にかの妖刀あればと歎シじざるをる得ない銀座の秋の夜だった。



 マカ不思議有名人物の名さえついてればただの紙切れが札束に化ける 蝶人
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家族の肖像 その7~「これでも詩かよ」第160番

2015-10-28 13:00:19 | Weblog


ある晴れた日に 第337回

「お父さん、虫歯の英語ってなあに?
「虫歯、虫歯の英語かあ、バッド・トゥースかな」
「バッドトース」
「そうじゃないよ。バッド・トゥース」
「バッド・トース」

「お母さん、よろしくお伝えください、ってなに?」
「ごきげんよう、のことよ」
「よろしく、よろしく、よろしく」

「ぼく、佐々木蔵之助ですお」
「佐々木耕君じゃないの?」
「違いますお、佐々木蔵之助です」
「佐々木蔵之助さん、こんにちは」
「こんにちは」

「ぼく、タカハシさんに『手とまってる』『やり直し』っていわれちゃったよ」
「そんなやつ、お父さんがやっつけてやる」

「お父さん、さらにってなに?」
「それに加えて、っていうことだよ」
「さらに、さらに」

「お母さん、けっきょくってなに?」
「ほんとうのところ、ってことよ」
「けっきょく、けっきょく、けっきょく」

「お母さん、フツウってなに?」
「フツウねえ。フツウ、フツウ、フツウは普通ってことよ。耕君、普通に戻ってみる?」
「ぼく、フツウに戻りますお」
「そうか。よし普通に戻るぞお、いち、にの、さん!」

「お母さん、宝物ってなあに?」
「一番大切なものだよ。耕君、お母さんの宝物って何だか分かる?」
「…………耕君だお」
「あったりい! それじゃあ耕君の宝物はなあに?」
「お母さんだお」


 ハロウィンなるかぼちゃ祭りを持て囃す軽佻浮薄な日本人かな 蝶人

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ジョー・ジョンストン監督の「オーシャン・オブ・ファイヤー」をみて

2015-10-26 10:45:56 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.936


 原題は「ビダルゴ」で、その名のアメリカの野生馬ムスタングにまたがった西部のカウボーイが愛馬ともども、なんとアラビアの大砂漠で大活躍するという血沸き肉躍る人馬一体の感動的な友愛物語です。

 西部劇と「アラビアのロレンス」を一体化したようなじつに不思議な味わいを持つ映画であるぞなもし。

 主人公は先住民の血が混じった騎手で、10万ドルの懸賞金欲しさにアラビア半島縦断の耐久レースに挑むのであるが、そこに族長のオマー・シャリフやら謎の美女やらアラブ馬の乗り手の妨害やら、ありとあらゆるスリルとサスペンスがてんこもありになっていて映画的感興に浸ることができます。


    「勝手にしろ」その一言で地獄の淵へ追いやられし人 蝶人
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西部劇2本立ずら 

2015-10-25 10:26:08 | Weblog
西部劇2本立ずら 

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.934、935


○ジョン・フォード監督の「モホークの太鼓」をみて

1939年製作の「カラー」映画ずら。

西部開拓時代の若い夫婦、ヘンリー・フォンダとクローデット・コルベールが助け合いながら逞しく生き抜いていく愛と冒険と感動の物語だが、そのなかにはもちろん先住民との命懸けの戦闘が含まれており、その先住民に対するいわれなき差別と偏見も内蔵されてはいるのだが、

どういうわけか編集の切れ味が鋭いために若い2人への熱い感情移入が行われてゆくのは摩訶不思議な映像体験で、これらは結局ジョン・フォードが撮って来たフィルムを自分勝手に切り刻んだ横暴で独裁的な大プロデューサー、ダリル・F・ザナックのなせる業だろう。


○アーサー・ペン監督の「小さな巨人」をみて

アメリカ人と先住民の間を行ったり帰ったりする主人公、そしてこの映画の存在はきわめてユニークで、これまで見たことがなかった。そのほとんどが先住民に誘拐された白人が土着民化されてそれっきりだったが、この映画の主人公はそのどちらにも嵌りきらない第3のポジションにあって、しかも激しく交通している。

 それにしてもカスター将軍とその配下の騎兵隊は先住民の女子供まで根こそぎ殺戮する凶悪な連中だったらしいが、その潜在化複合観念はいまなお北米大陸に生きる白人連中のどこかで生き延びているのだろう。

ダスティン・ホフマンと「今日は死ぬにはいい日だ」といってかっこ良く死ぬはずだった部族の長老「温かい水」の親子のような情愛が美しい。


 西部劇の嫌いな人は読んだりコメントしたりしないでくださいな私の下らぬ感想文に 蝶人
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池澤夏樹編「河出版日本文学全集08」を読んで

2015-10-24 11:22:36 | Weblog


照る日曇る日第824回


「日本霊異記」と「発心記」を伊藤比呂美、「今昔物語」を福永武彦、「宇治拾遺物語」を町田康が現代日本語にしているが、伊藤と町田のが断然面白い。

 なるほど古典の翻訳は10年ごとにやり直せと言われるだけのことはあるなあ。

 町田のは彼のこれまでの小説以上の出来栄えで、もはや原作のていを留めないほどにポップでパンクで自由奔放に暴れまくった平成版「宇治拾遺物語」に大変身しているが、かといってオリジナルからかけ離れたものではないのは、そもそもこの作品がそういう桁違いのお噺がてんこ盛りになっているからだろう。

 滝口道則が妖術で陰茎を取られてしまう噺、博打の子が財産家の婿になった噺、伴大納言が応天門を燃やした噺、猿沢の池の龍が昇天する噺、清少納言の父、清原元輔が落馬するは噺、ナマズが父親と知りながら喰った息子の噺、孔子が嘲弄される噺などなど、どれをとっても千夜一夜物語のように面白く、クイクイと読ませてくれます。

 ところで「発心記」は鴨長明の作とされているようだが、どうも違うような気がする。あんな道学者風の阿弥陀への帰依を「方丈記」の作者が衷心から行っていたとは軽々に信じられないのである。


  外出の時は新しい肌着を身につけるいつどこで何があるか分からないので 蝶人
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偶には嫌いなミュージカル映画をみるずら

2015-10-23 16:46:27 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.932、933


○ウィリアム・ワイラー監督の「ファニーガール」をみて

 オマー・シャリフがイケメンであることは間違いないとして、問題はバーブラ・ストライサンドが、彼が言うように、美人であるかどうかだが、その歌唱力が並外れているので、驚くべきことには、どうかするとファニー転じてビューチフルに見える瞬間があるということだ。

 ワイラーにしては凡庸な作品ずら。

○ハワード・ホークス監督の「ヒット・パレード」をみて

「A Song Is Born」という原題がどうして「ヒット・パレード」になるのかよく分からないが、ホークスらしく抜群に面白い唄うラブコメディである。

 なんでも1941年の旧作を1951年に再映画化したものらしいが、ダニー・ケイとヴァージニア・メイヨの主人公の周りにベニイ・グッドマン、トミイ・ドオシイ、ルイ・アームストロング、ライオネル・ハンプトン、チャアリイ・バアネット、メル・パウエル、ゴールデン・ゲイト4重唱団、ペイジ・キャヴァノ三重奏団の面々が素晴らしい演奏を繰り広げるのでたまらない。

 それにしてもヴァージニア・メイヨって妙な色気があるね。


  生協へ行きて一尾百三十八円のシャケ五匹買うほどの贅沢 蝶人
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「神奈川県立美術館鎌倉館&別館」にて最後の展覧会をみる

2015-10-22 13:40:45 | Weblog


茫洋物見遊山記第189回 &鎌倉ちょっと不思議な物語第356回


 鎌倉からはじまった。PART3を見物しました。もう何回もみた作品が並んでいてとても懐かしかったのですが、高村光太郎の「上高地風景」という油絵や、島崎藤村の息子、鶏二の「風景」、内田魯庵の息子内田巌の「少女像」、舟越保武の「萩原朔太郎像」などには、はじめてお目にかかりました。

 でも私の眼は、どうしても松本俊介の「自画像」や「立てる像」の修敏な暗さや佐伯祐三の色彩の輝き、古賀春江のモダンな「窓外の化粧」、暗欝な「サアカスの景」などの方へ走ってしまいます。

 ああ、天才はどうして若死にしてしまうんだろう。

 古賀選手最晩年の巨大な二枚は川端康成がこの美術館に寄贈したそうですが、当時こんな前衛的な作品をいち早く購入していた見識は只者ではありませんな。作者が死んだ年に描かれた絶筆の「サアカスの景」ではラクダが宙に飛ぼうとして飛べずにいるのが、まるで絵描き自身の進退窮まった姿のようです。

 今回はこれが最後ということで中三階にある別室に入ることが許されましたが、当館を建築した坂倉準三の手になる製図板、椅子、机なども置いてありました。

 あそうそう、彼はここの喫茶室も内部の造作もみな自分でやっていて、なかなか趣味が宜しい。空間を構成する手際に和的なインチメイトな感性をかんじます。

 三室を全部見終わってこれまで開催された展覧会のカタログなどをみていたら地震があった。しばらくガラスがミシミシ揺れてスタッフの女性が怯えていましたが、はしなくもここはまだ耐震対策を施していない建物であったことを思い出しました。

 本館の内部のあれやこれやをバチバチ写真に撮ってから別館へ行って「工芸と現代美術」展を駆け足で見物しましたが、魯山人やイサム・ノグチがおいてあった。魯山人はどこか山師みたいなところがあってあまり好きではありませんが、大ぶりの陶器などは気宇壮大なところがあって気持ちが良い。

 ノグチが広島原爆慰霊碑のためにつくったマケット(雛型)があったが、米国人故に使用されなかったそうですが、実現されていたらすごい仕上がりになったことでしょう。

 この展覧会は来年1月31日までやっているので、最後の最後のお別れにもういちど来てもいいかなと思いつつ妻と後にしました。


  天才は若死にするが鈍才はしぶとく生きる悔やんで生きる 蝶人

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スタンリー・キューブリックvsサム・ペキンパーずら

2015-10-21 10:37:07 | Weblog


○スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」をみて

 前半は鬼軍曹にしごかれる新兵たち、後半はベトナムに送り込まれた彼らが戦争の本当の悲惨さに直面する話に分かれている。
 
 前半のような光景はこれまで何回も映画化されてきたが、ここでは私のようにもっとも軍隊や訓練にもっとも不向きで不器用な男が、あまりにも非人間的な抑圧に耐えきれず、逆上して軍曹を銃殺してしまうところを描いている。

 このようないじめと悲劇は、わが帝国軍隊でも同じように、いなもっと陰惨なかたちで繰り返されてきたに違いない。

 後半でも死ぬ必要もない若い命が、大義なき戦争のただ中でまるでむしけらのように死んでゆく。

 遠からずわが国でも始まる新しい戦争においても、ここでキューブリックが描いたと同じ地獄が再現されていくのだろう。


○サム・ペキンパー監督の「戦争のはらわた」を読んで

 第2次大戦末期のドイツ軍の最前線で繰り広げられる壮絶な戦いの裏の人間ドラマを描いているが、ラストの演出の切れ味が鋭い。

 裏切られた卑劣な宿敵を殺しておわりかと思えたが、それでは勧善懲悪の仇討ちになってしまう。そこでペキンパーが考えたのは、怨執念恩讐を超えて死んだつもりでソ連軍に突撃してドイツ魂を見せつけようということだったが、考えてみればなんのことはないお馴染みのわが特攻隊の絶望的蛮勇の精神世界ではないか。

 されどその時早く、かの時遅く鳴り渡る「蝶々蝶々菜の葉にとまれ」の童歌が惨劇を喜劇に転化する。この手法って黒澤の「八月の狂詩曲」に似ていなくもない。



 かくなるうえは「あの人まだ生きているの」と言われるほどの意地悪爺になってやる 蝶人

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夢は第2の人生である 第28回 

2015-10-20 12:19:09 | Weblog


西暦2015年弥生蝶人酔生夢死幾百夜


時代はますます閉塞し、すべての人民は投獄された。われわれは牢に入れられたまま労働し、生活することになったのだが、権力者たちの圧政と暴力によって完膚なきまでに打ちのめされ、もはや抵抗する気力すら喪っていたために、奴隷のようにいいなりになっていた。3/1

銀座通りのど真ん中で、黄金いろのウンチが湯気を立てていた。3/2

「こんな格差社会だから、最底辺に生きる人を対象にした、親兄弟4人でせんべい布団1枚に寝るような木賃宿を開きなさい」と、隣の玉ちゃんがせっかく勧めてくれたというのに、断ってしまった。地底人の俺たちには、そんな道しか残されていなかったのに。3/3

ロスに旅行した時、3分で万物が合体する奇跡を伝授された私は、そのテーブルにいた5名をたちまちアマルガムのように接着してしまったので、おおいに怨まれた。3/4

僕が駅への階段を降りていたのに、彼奴は「車で送ってやる」と云うてきかない。

最近発見された「佐々木眞侯維新好色日記」は面白い。数多くの同名の別人物をめぐる凸凹譚もくわしく載せられているからだ。3/5

「君は私たちの子ではない。アフリカの奴隷商人がマラケシ島で売っていた父なし児なんだ」と告げると、息子は「そんなはずはありません。私はお父さんとお母さんの子供です」と言いながら、ラアラアと泣くのだった。3/6

「これを新しい会社のロゴマークにすればいいじゃないか」と云いながら、私はどこかのデザイナーが作った奇妙な図像を示すと、広報の前田さんは小首を傾げた。3/6

久しぶりに北鎌倉まで散歩に行って疲れたので、横須賀線で帰ろうとしたのだが、何台待っても来る電車が中国や韓国やモンゴルの人たちで超満員なので、仕方なくあきらめてまた歩いて家まで戻った。3/7

無名の国の無名の村で開催される「なんちゃらフェス」に招待された私は、「なんちゃら航空」機で現地に到着したのだが、小学生のころ郷里の「なんちゃら病院」で手術した左肩が激しく痛んでしまい、とうとう1曲も演奏できずに引き返した。3/8

あたいは大丈夫だよ、もう中国語の芝居のセリフは全部頭に入ってる。でも心配なのは、いま連日公演している日本語の芝居のセリフに、その中国語のセリフが紛れ込まないかということなの。3/8

ヨーカ堂で販売していたワンポイントウエアの商標が使えなくなったので、「ワンポイントウエアからキーポイントウエアへ」という企画書をでっちあげ、鍵のマークのワンポイントウエアを提案したら、意外なことにすんなり受け入れられた。3/8

憲法改定の国民投票の会場に行くと、「改定にイエス」と書かれた自動販売機のような投票機械と「ノー」と書かれた機械の2種類が並んでいたが、裏に回ってよく観察すると、電線がつながっているのは「イエス」の方だけだった。3/9

「彼女なら銀座の山本ネクタイで働いているはずだよ」という友人の情報を頼りにその店を訪ねてみると、店長が「先月末に辞めてロスへ行ったよ」と教えてくれた。3/10

広瀬さんチの土地を、地元のヤクザがぶんどろうとしていたので、おいらはそれを止めさせようとしたのだが、だんだんヤクザに対抗するのがしんどくなってきたので、とうとう逃げ出したが、その結果、健さんに対する尊敬の念が一気に高まった。3/11

私が熟睡していると、すぐそばで物凄いイビキが聞こえたので、たちまち目が覚めてあたりを見回したが、誰もいない。イビキの主はおそらく私だったのだろう。3/11

反乱軍に捕らわれ、鋭い刃に全身を串刺しにされて死んだメソポタミアの王は、彼に逆らった3つの蛮族を呪いながら死んだが、3人の蛮族の長も、王と同じやり方で虐殺された。3/12

私は長い間この街に来たことがなかったが、ふとこの街の大学をまだ卒業していなかったことに気付いた。急いで教務へ行くと3つの教科のレポートと卒論を提出すれば証書を授与するというので、しばらく当地に滞在して長年の懸案を果たすことにした。3/12

いよいよレポートすべき国文学講座が始まる日、キャンパスの入り口で「こっち、こっち」と私に手招きする人がいるので、近寄ってよく見ると今中さんだった。3/13

どうして彼がこんな所にいるのか分からなかったが、今中さんは、「早く、早く。急がないと授業が始まってしまうぞ」と、私の手を取るようにして坂の隣を上昇しているエスカレーターに乗り移った。

ところがそのエスカレーターが鈍速なので、焦った2人が3段跳びの駆け足で飛躍してると、到達まぢかなエスカレーターがちょんぎれて、私たちはまるでだらりの帯のようになった階段の先端に両手でぶら下がって、ひとの助けを呼ばなければならなかった。

ようやくキャンパスの構内に辿りついたが、今中さんは「今日の授業は最後に漢字の書き取りテストがあるから、どうしてもその参考書が必要だ。僕が一っ走り書店に行って買ってくるから、君はここで待ってて呉れ給え」と云う。

それきり今中さんはいつまで経っても戻ってこないので、しびれを切らし焦りまくった私は、傍を通りかかった学生に教室の場所を聞くなり、全速力で走りだした。教室に着くと大勢の人が立錐の余地なく詰めかけて授業どころの騒ぎではない。

私の目の前には仏文5年生の怒りのチビ太やイヤミや蝶の好きな多田さん、グラン佐々木、それに六つ子なども勢ぞろいしていて、徒党を組んで階段教室を下りながら全員が黒づくめの犬になってしまって、「なんだ坂、こんな坂」と大声で歌いながら踊り狂うている。

ワン ワン ワン
Wang Wang Wang
ワワン ワワン ワンワンワン

おめえは、なにを舐めてんだ
あんたのお尻を、舐めてんだ
くすぐったいから、やめてけれ

なんだ坂、こんな坂
ワンワン、キャンキャン ワンワンワン
おいらは犬だ あたいは犬だ

秋田犬、津軽犬、岩手犬
阿波犬、越後柴、樺太犬
なんだ犬、こんな犬

紀州犬、高安犬、薩摩犬
四国犬、屋久島犬、縄文犬
お前は、単なる犬に過ぎない

森林狼犬、仙台犬、大東犬
秩父犬、珍島犬、土佐闘犬
そうさ、おいらはただの犬

羽衣之柴、肥後狼犬、豊山犬
前田犬、北海道犬、豆柴犬
犬は犬でも、国産犬

雪甲斐犬、琉球犬、鷹版犬
三河犬、甲斐犬重慶犬、日向犬
そうさ、あたいはMade in Japan

なんだ坂、こんな坂
ワンワン、キャンキャン ワンワンワン
おいらは犬だ あたいは犬だ

すると別の学生の一隊が、「これからは国産ドッグファイトからグローバル・キャット・ファイトの時代じゃ!」と叫んで、ドラえもんやのび太と一緒に真っ白な衣裳に身を包んで「猫じゃ猫じゃ」と歌いながら、講堂の舞台の上で踊りはじめた。

ミャオ ミャオ ミャオ
Myaw Myaw Myaw
ニャ、ニャ、ニャン ニャン

おめえはなにを舐めてんだ
あんたのお尻を舐めてんだ
くすぐったいからやめてけれ

なんだ坂、こんな坂
ニャー ニャー ニャニャン、ミャー ミャー、ミャー
おいらは猫だ あたいは猫だ

ぶち猫、三毛猫、どらの猫
白猫、黒猫、ヒマラヤン
なんだ猫、こんな猫

さび猫、とらねこ、バーミーズ
赤とら、サバとら、純白猫
お前は、単なる猫に過ぎない

赤猫、灰色猫、斑猫
アビシニアン、オリエンタル、バナナブラウン、
そうさ、おいらはただの猫

ペルシャ、ベンガル、ターキシュ
メインクーン、ロシアンブルー、チェシャ猫
猫は猫でも国際品

キジトラ、トビ三毛、縞三毛
マンクス、ボンベイ、コンラート
そうさ、あたいはMade in the World

なんだ坂、こんな坂
ニャー ニャー ニャニャン、ミャー ミャー、ミャー
おいらは猫だ あたいは猫だ


あまりにも革命的な3次元デザイン短歌が次々に生まれてゆくので、私を拉致した入れ墨の大好きなパオパオ族の酋長も驚きあきれて、部族メンバーの全員一致で釈放されることになった。3/13

会社が経営危機に立ち至ったので、経営者が大幅なリストラを行うと宣言した。全員に残留テストを実施して点数の低い若い社員から順番に馘首するというのだが、私はもうなにもかもが厭になって、自分から退職してしまった。3/14

もはや万事休すだ。最後の戦いに敗れたら潔く死んでいくしかない、と深く心に刻んでいたはずなのに、いざ実際に敗れてしまうと、腹など切らず草葉に身を隠してでもおめおめと生き延びていきたいという思いが募るのだった。3/15

隣の家のおばさんが、また近所をうろついている。彼女は歩きながらお得意のお仏蘭西語を般若心経のように高唱するので、すぐに所在が知れるのだ。3/16

こないだ青木君がレッド・ツェッペリンのコンサートの切符を呉れたのだが、今日またやって来て「あの切符を返してくれ」と云うので、涙を呑んで返した。3/16

顔だけは相変わらず猪八戒そっくりの安倍蚤糞だったが、その醜い能面の下に、いつの間にやら別の怪人が入り込んでいるのだった。3/16

講談社のKさんは、鯛のおすましが出てくると「私はね、来月号はカブトムシの形をしたCDを読者にプレゼントしたいんだ。これくらいの大きさのね」と云いながら吸い物の中に指を突っ込んだので、茫然としていると、上司のSさんが「いい加減にしろ」と怒鳴った。3/17

長年にわたって生真面目な教員生活を続けていた私だったが、ある日魅力的な人妻に一目ぼれをしてしまい、それからどんどん深入りをしていったのだが、このままではお互いに不幸なことになるといったん別れたのだが、しばらくするとまたズルズルべったりになってしまった。3/18

我われは行軍する際に、上の歯でチチチと舌打ちしたら前進、下の歯で同じようにしたら後退する、という取り決めをしたのだが、その違いがうまく伝わらなかったので、その作戦は失敗に終わった。3/19

ようやく築地までやって来たので、寿司屋でランチをつまんでいると、隣のおやじが「バブルの頃は、ここでシャンパンを8本も空けたんだけどなあ」と焼酎を飲みながらぼやくのを聞いているうちに、嫌気がさして新宿に行くのをやめた。3/19

いくら有名になったり、大金持ちになったり、権力の絶頂に立ったとしても、無理して体を壊して病に冒されてしまえば、そんなものは屁のツッパリにすらならない。そろそろあんたの生き方を変えたらどうだね、と私はナベショウに説いた。3/20

アフリカの新興国とはいえ、複数の国の大使を兼任するのは難しい。それでも私は、しょっちゅう問題を起こしている隣接する2国を、毎日のように行ったり来たりして、ヘトヘトになっていた。3/20

「さあいよいよ戦争だ、これで思う存分人殺しができるぞ」と、二人の若者が期待に胸を膨らませながら、陛下恩賜の三八銃をピカピカに磨いていたのだが、突然、地面が大きく揺れて亀裂が生じ、二人は、そのまま地底深く呑みこまれてしまった。3/21

俄か成金になった私は、友人から「東京湾の埋め立て地を買わないか」といわれたので、早速現地へ行ってみると、見渡す限り泥水が続く敷地が広がっていた。そのうち便意を催したが、最寄りのバラックまで数キロあると聞かされたので悶絶してしまった。3/22

なんたら芸大の人気教授の客寄せ講演「人類の深くて狭い穴について考える」が始まった。サクラで駆り出されていた私は、「ヨオ、大統領!」と叫んで、陰ながら応援していたのだが、案の定開講5分で女子大生の大半が退席して、閑古鳥が何匹も鳴いていた。3/23

最高級の牛肉をグルメする会に出たら、シェフが「ここは肩肉、これは腹肉」などと解説しているはしから、肉全体が次々に復元され、とうとう一頭の巨大な闘牛が誕生した。3/24

社長が「新ブランドの売り出しに最適の媒体計画を大至急作ってくれ」というので、あれこれ考えているのだが、どの媒体を使えばいいのかてんで分からないので、電通の社員が持っている媒体手帳がどこかに落ちていないか、と自転車に乗って探しに出かけた。3/25

突然壇上に押し上げられた私は、なにを言っていいのかてんで分からず、かろうじて「吾輩のこんにちあるは、ひとえに大恩ある○○先生のおかげでありましてえ」と、なんちゃら社交辞典にあるような言葉を口にしたが、その後が続かず絶句してしまった。3/26

聖戦十字軍を代表する戦士として、アラブ随一の女戦士と決闘を挑んだ私は、無残にもあっと言う間に武器を奪われて敗北し、屈辱と不名誉のどん底に沈んだのみならず、彼女の奴隷にされてしまった。3/27

夕方、外で涼んでいると、誰かが庭から勝手に俺の家の中に入ってくるので、「なんだなんだ、おめえは誰だ」と誰何すると、「私はあなたと同姓同名なので、ここへやってきました」という。3/28

そいつはプロの殺し屋で、何度も俺に迫って来たが、あと一歩と言うところで難を逃れてきた。しかし今日はまずい。いかにもまずい。ポケットに手を突っ込んだが、いつものピストルはなく、一羽の鳩しか出てこなかった。3/29

ずっと若いころエイズに罹ったが、体に良いという井戸水を張った水槽に毎朝全身を浸していると、不思議なことに快癒してしまった。その後私はNYで新進アーティストとして成功し、金も名誉も手に入れたので、もう思い残すことはない。いつ死んでもいいと水槽を壊してしまった。3/29

新興住宅街にあるギャラリーを出て、夜の盛り場を彷徨っていると、ベネチアのカーニヴァルで見た顔を白く塗った女たちが、長い列を作って私を待ち構えていたので、その真ん中を通って屋敷の入口に通じる階段を登ってゆくと、真っ暗な部屋があった。「おおい、誰かいないか?」と尋ねたが、返事はない。誰もいなかった。3/29

私が奥菜恵似の女と仲良くしているの知った吉高由里子似の女が、「デートしよ」といって私を植物園に誘ったので、2人で植物園に行ったあとで動物園に行ったら、猿どもが白昼公然と性交しまくっていたので「こんな不愉快な所はやめて、もっと愉快な場所へ行こう」と2人でラブホへ行った。3/30

本社から越中島の営業部に異動になったが、営業なんかやったことがなく、名刺すら持っていないので、得意先へ行っても上司や同僚の背後に隠れてしまう私を見て、みんな呆れ果てていた。

そんなある日、東映から健さんがやって来て、なんとか組の親分役としてわが社の営業を手伝ってくれるというので、興奮した私は1本の包丁を買って来て、晒しに巻いてスーツの中に忍ばせていた。

ある日みんなで雁首揃えて地方へ出張に行ったら、先を歩いていた健さんが誰かと喧嘩になったので、すっ飛んで行って、そいつのでかっ腹を正宗の包丁でブスリとやったら、上司が「よくやった。これで邪魔者は消えたから、この地区の売り上げは倍増だ」大喜びした。3/30

上等兵の一再ならぬ執拗な苛めに耐えながら、「所詮は、これがおいらの人世だったんだ」と思いつつ、黙って歩き続けていると、いつの間にか元居た地点に戻っていた。3/31

前回のロケット到着の際にはおよそ数キロの誤差があったが、今回は私が特製のグローブでキャッチしたので、どんピシャリだった。3/31


 死ね死ね死ね手前こそ死ね死ね死ね死ね今日も吠えてる平成死のう団 蝶人
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オードリー・ヘプバーンが出る映画2本ずら

2015-10-19 11:20:20 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.928、929


○テレンス・ヤング監督の「暗くなるまで待って」をみて

 原題は「WAIT UNTIL DARK}だからこの邦訳は素晴らしい。すべからくかくありたいものなり。

 初々しい盲目の人妻ヘプバーンが悪漢相手に命懸けの暗闇の戦いにきわどく勝利を収めるまでのハラハラ、ドキドキを楽しみませう。

 犯人からベッドへ連れ込まれるヘップバーンも色っぽかったが、冒頭に出てくるサマンンサ・ジョーンズのほうがもっと脳殺的だったな。


○リチャード・レスター監督の「ロビンとマリアン」をみて

 これまでいろんなロビン・フッド物をみてきたが、本作のように恋人(オードリー・ヘプバーン)に毒を盛られ、ともに昇天するというような結末の映画ははじめてだった。

 登場した時からロビンフッド(ショーン・コネリー)はもうかなりの年輩で、戦闘やら1対1の決闘にはもちろん参加するものの、圧倒的勝利なんて夢のまた夢で、太刀を交えるとすぐに息が上がる英国版下流老人のさむい姿を見せつけられたので、大層驚いたのである。


  仕事無く蓄えは無く扶養者ありて我は哀しき下流老人 蝶人
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クリスチャン・デュゲイ監督の「ヒトラー」をみて

2015-10-18 09:33:55 | Weblog


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.927


2003年にアメリカとカナダの放送局が共同制作したテレビ映画で前半の「わが闘争」は少年時代からミュンヘン一揆まで、後半の「独裁者の台頭」はナチス政権の成立から1934年の「長いナイフの夜」までを比較的史実に忠実に描く。

つらつらこれを流し見て思うことは幾たびもまた幾たびもこの奇矯な独裁者の台頭を防ぐ機会はありながら、とうとうそれを許してしまった当時の政治家とドイツ国民の「見えざる意思」である。ヒトラー個人の意思や野望はともかく、ドイツの民草自身が彼の独裁を招き寄せたのである。

そしてその奇怪な道行きを昨今の我が国にあてはめてみるとなにやら相通じるような要素も散見されけたくそが悪くもなるのである。


  最悪の政府が笛吹く「総活躍音頭」いったい誰が踊るというのか 蝶人
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「ザビーネ・マイヤー管楽アンサンブル・ボックス」を聴いて

2015-10-17 13:14:25 | Weblog


音楽千夜一夜第349回


 ザビーネ・マイヤーをバイエルン放響から引き抜いてベルリン・フィルに入団させようとしたのは亡くなったカラヤンだったが、当時の団員全員の意思で否決された。その理由は楽団の管楽に必要とされる「厚みと融合性に欠ける」ということだったが、彼女のその後の演奏を聴いてみるとそんなことはなく、団員のいわれのない差別意識ゆえであったことが今となっては良く分かる。

 エリート意識に凝り固まった彼らは、格下!楽団の、若い女性の!クラリネット奏者を、あの名人カールライスターと同格の!首席につけるなんて、到底許すことができなかったのだろう。

 ここに収められた彼女が主宰する管楽アンサンブルによるモザールやベートーヴェン、ドボルザークなどの7枚のCDでの演奏でも、メンバーたちとリラックスしながら融合する彼女の部厚いクラリネットをたっぷり楽しむことができる。


富裕層というものが宝籤に当たれば誰でもなれるものであればいいのだけれど 蝶人
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岡井隆著「暮れてゆくバッハ」を読んで

2015-10-16 10:13:36 | Weblog


照る日曇る日第823回

 病気や手術をされたときいていたので大丈夫なにかなと案じていたのだが、いきなり

   天に向き直立をするぼくの樹よお休みなさいな 夜が来てゐる

 などという元気な声が聞こえてきたので、驚くやらびっくりするやら、(同じことか)。

 それにしても「暮れてゆくバッハ」とはいいタイトルだなあと感じ入っていたのだが、これは輯中の、

 ヨハン・セバスチャン・バッハの小川暮れゆきて水の響きの高まるころだ


 を読んだ書肆侃侃房の発行人田島安江さんがつけたというのだが、この人ただ者ではありませんな。

 それはともかくこの本には著者の鼠径ヘルニア手術の経緯やら、

 小さくても手術の前は不安です それをあなたはなだめてくれた

 退院した翌日に逝った松本健一への挽歌や、

 いづれにせよあなたは永遠に去つたのだ 春花の傍にぼくは生きてる

 木下杢太郎の「百花譜」を真似たという著者の手書きの花と葉と実の水彩画のスケッチが挿入されていて、そこに添えられたやはり手描きの短歌やメモが賛のような微妙な付け合わせになっていて、型破りで楽しい。

 著者はこれまでも短歌や俳句や詩を並べた書物をつくっていたが、今度はそこに味のある絵が加わり、ますます自由闊達融通無碍でさながら現代の仙人のごとき自在の境地を深めているようだ。

 
   いかにして二十尺の糸を張り渡す私が蜘蛛でも出来るだろうか 蝶人
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