
ある晴れた日に第221回
新宿の学校で例によって白墨とマイクと髪振り乱しての授業を終え、
ヘロヘロになって、JRの南口に向かって歩いていたら、
前田さんとおぼしき女性が、2人の男性となにやら話しあっている姿をみかけた。
2人が真剣な面持ちで、ああだこうだ、と議論しているのを、
年輩の彼女は、ちょっと引いた地点にある、ちょっとした高みに立って、
ふんふん、ああなるほどね、というような顔をして聞いている。
それで私は、こいつはてっきりかの前田女史ではないかと思ったのだが、
およそ30年前の彼女の顔は、あんなにふっくらしていなかったので、
もし別人だったときの恥ずかしさを思って、そのまま電車に乗って鎌倉に帰った。
彼女は、私が勤めていた会社で、広報の仕事をやっていた。
おせっかいで、おしゃべりだったが、
とても親切で、優秀な人だった。
会社でリストラにあって右往左往していた私を、
新宿のこの学校に招き入れてくれた女性は、私の生涯の恩人のひとりだが、
やはりリストラにあったその女性とこの学校を結びつけたのは、他ならぬ前田さんだった。
電車に乗って戸塚辺りの葉桜を見ながら、
私は昔この季節に、部課の全員で出かけた社員旅行のことを思い出した。
あれはたしかバスに乗って、西伊豆で一泊したのではなかったか。
あのとき前田さんは、のちにご主人になった男性と熱烈な恋をしていた。
そんな2人をみんながしっかり観察していたのに、
2人は2人だけの夢の世界に住んでいた。
あのとき、前田さんは、ラブラブだった。
あのとき、前田さんは、若かった。
あのとき、私も若かった。
なにゆえにいつも上機嫌に過ごしていたのか今は亡き愛犬ムクよ 蝶人