
音楽千夜一夜第340回
初期の歌劇「妖精」や「恋愛禁制」、「リエンツィ」から最後の「パルシファル」までワーグナーのオペラをすべて収録した全集ですが、やはり聴きものは楽劇「ニーベルングの指輪」でありましょう。
このワーグナー畢生の大曲をセルの愛弟子ジェイムズ・レヴァインが手兵メトロポリタン歌劇場管弦楽団を振って充実した演奏を繰り広げています。歌手はモリスやモル、ベーレンスやイエルザレム、ノーマンなどですが、首になる前の阿呆莫迦バトルもちょい役で歌っています。
これらは全部セッション録音ですが、やはりライヴのほうがレヴァインも燃える。同じ曲でもビデオの実演のほうに軍配があがります。
「トリスタンとイゾルデ」はカルロス・クライバーの定評ある名盤ですが、「指輪」と同じことがいえます。彼のドキュメンタリーの中に、バイロイト音楽祭でのリハーサルをモノクロ映像で指揮姿のみを断続的に撮った映像があるのですが、これを一度でも見たことのある人は、こんなCDなど別人28号だというに違いありません。
トリスタンやイゾルデと共に歌いながら、熱にうかされたように棒を振る鬼神のようなその姿、そして天から降り注ぐような圧倒的な音楽は、もはやこの世のものとも思えないものです。
ああ、あの全曲の録画が残っていたら千金を叩いても買い求めたいものを!
凡百のくだらぬ指揮者を葬りて百年にひとりの天才を蘇らせたし 蝶人