照る日曇る日第789回

さきの第6巻に比べて、これはまたなんと天国と地獄のような中身の違いだろう。冒頭の「四捨五入殺人事件」といい「十二人の手紙」といい著者の才能が最大限に発揮された推理小説の傑作ぞろいである。
「四捨五入殺人事件」はアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」を伏線に置きながら最後にこれを鮮やかにひっくり返す離れ業が見事であるし、その内奥に疲弊する日本の農業問題という隠れた主題を装填したことも、この推理小説を一冊で二度美味しい充実した中身にする結果に寄与している。
もっと凄いのは、十二人の書き手からなる短編を十二本の枝からなる樹木のように精密に仕立て上げた「十二人の手紙」で、別々の主人公によるばらばらな挿話が、最後の最後にある事件の人質となって一室に大集合するというオチは、前作を遥かに凌ぐ構想力の勝利であり、これこそは著者の傑作のひとつにかぞえてもいいだろう。
しかも「十二人の手紙」の中の「シンデレラの死」という一篇の十一通の手紙は、ことごとく「公刊された十二冊の「手紙の書き方」の参考書から引用されている」というウルトラCであり、ここまで徹底された読者サービスを眼前にすると空恐ろしくもなってくる。
巻末の「単行本未収録作品」の出来栄えもことのほか素晴らしく、とりわけ「秘本大岡政談」と未完の「花見万太郎伝」がこうして活字になったことを、泉下の著者とともに心から喜びたい。
侵略の過去は見ざる言わざる聞かざると三匹の猿は明後日を向きたり 蝶人