グローバル経済の迷宮 トランプの経済学① 崩れ去った米国の夢
立命館大学教授 中本悟さんに聞く
トランプ米大統領が中国などに仕掛けた「貿易戦争」が世界に衝撃を与えています。トランプ氏の政策の背後に何があるのか。米国の通商政策に詳しい立命館大学の中本悟教授に聞きました。
(聞き手・杉本恒如)
トランプ大統領の「経済学」には二つの要素があります。
一つは共和党主流派と同じ新自由主義であり、「供給重視(サプライサイド)の経済学」です。トランプ氏はオバマ政権の後半期を経済停滞ととらえ、大幅な法人税減税や規制緩和で投資の供給を増やし、福祉の削減で労働の供給を増やすことを提唱しました。

安倍晋三首相との首脳会談で昼食中に話をするトランプ大統領=4月18日、米フロリダ州パームビーチ(ロイター)
レーガンと共通
これは1981年に誕生した共和党レーガン政権の「レーガノミクス」と共通する考え方です。レーガン政権は大軍拡と双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)をもたらしました。トランプ政権も同じ道を進みつつあります。
二つ目は共和党主流派とは明確に異なる、製造業重視と自由貿易協定批判の経済学です。トランプ氏は製造業雇用の増加による中間層の再興を掲げています。その観点から、自由貿易協定(FTA)などの貿易自由化が不公正だと主張します。米国に輸入増加と貿易赤字をもたらし、国内製造業の雇用を奪っているといいます。
米国が一方的に赤字を出す貿易は不公正だととらえているわけです。いま米国の貿易赤字の47%は対中国です。2番目と3番目がメキシコと日本でそれぞれほぼ9%です。だからメキシコには北米自由貿易協定(NAFTA)見直しを迫り、中国の「不公正貿易」には制裁を科し、日本には明確に成果の出る策を求めています。2国間の貿易収支を取り上げ、ビジネスの取引(ディール)のように相手国と交渉し、貿易赤字を減らそうというのです。
1980年代以降の米国の通商政策は世界規模で貿易・投資・金融の自由化を迫るものでした。多国間主義と組み合わせて一方的なアプローチもとってきましたが、米国第一主義を明確に掲げることはありませんでした。
米国の歴史に照らしてもトランプ氏の経済学は異質です。その意味を考えるためには、トランプ氏が大統領選を制した背景を見る必要があります。
共和党候補だったトランプ氏は、90年代以降ずっと民主党候補が制していたいくつかの州で票田を奪還し、大統領選に勝ちました。このうちオハイオ、ミシガン、ウィスコンシン、アイオワ、ペンシルベニアの諸州はかつて自動車製造業、鉄鋼業、鉱業など鉱工業で栄えた地帯です。80年代以降、鉱工業の不振でさびれ、さびついた地帯(ラスト・ベルト)と呼ばれています。そこで働く民主党支持の労働組合員たちが、製造業の再興を掲げたトランプ氏の支持にひっくり返りました。
急激な格差拡大
根底に横たわるのは、所得格差が広がり、白人労働者がアメリカン・ドリームを持てなくなったという問題です。努力すれば親の世代より豊かになれるという希望が崩れ去ってしまったのです。
所得格差の推移を見ると、主要工業国では30年代以降に格差が縮小した後、80年代以降に流れが逆転し急激に格差が広がっています。29年の世界大恐慌の後、各国は老齢年金など社会保障制度を取り入れて格差を縮めました。しかし80年代に需要重視のケインズ主義から供給重視の新自由主義ヘイデオロギーと政策が変わり、格差が広がりました。格差拡大が最も激しいのが米国です。新自由主義の問題点が米国で最も鋭く出ているのです。
不平等は所得の生産、分配、再分配、消費の各過程で進んでいます。生産の面では産業構造が変化し、比較的高賃金だった鉱工業の雇用が減っています。分配の面では労働組合が弱体化して賃金シェアが低下し利潤シェアが上昇しています。再分配の面では福祉が切り捨てられています。
資産所得を生む資産の格差は、労働所得の格差よりもさらに大きく広がっています。資産格差が所得格差を生み、所得格差が資産格差を生むという格差のスパイラルが起きています。
(つづく)(3回連載です)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年5月16日付掲載
製造業や中間層を底上げするって言いながら、福祉の削減で格差の拡大。
真逆の政策だ!
立命館大学教授 中本悟さんに聞く
トランプ米大統領が中国などに仕掛けた「貿易戦争」が世界に衝撃を与えています。トランプ氏の政策の背後に何があるのか。米国の通商政策に詳しい立命館大学の中本悟教授に聞きました。
(聞き手・杉本恒如)
トランプ大統領の「経済学」には二つの要素があります。
一つは共和党主流派と同じ新自由主義であり、「供給重視(サプライサイド)の経済学」です。トランプ氏はオバマ政権の後半期を経済停滞ととらえ、大幅な法人税減税や規制緩和で投資の供給を増やし、福祉の削減で労働の供給を増やすことを提唱しました。

安倍晋三首相との首脳会談で昼食中に話をするトランプ大統領=4月18日、米フロリダ州パームビーチ(ロイター)
レーガンと共通
これは1981年に誕生した共和党レーガン政権の「レーガノミクス」と共通する考え方です。レーガン政権は大軍拡と双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)をもたらしました。トランプ政権も同じ道を進みつつあります。
二つ目は共和党主流派とは明確に異なる、製造業重視と自由貿易協定批判の経済学です。トランプ氏は製造業雇用の増加による中間層の再興を掲げています。その観点から、自由貿易協定(FTA)などの貿易自由化が不公正だと主張します。米国に輸入増加と貿易赤字をもたらし、国内製造業の雇用を奪っているといいます。
米国が一方的に赤字を出す貿易は不公正だととらえているわけです。いま米国の貿易赤字の47%は対中国です。2番目と3番目がメキシコと日本でそれぞれほぼ9%です。だからメキシコには北米自由貿易協定(NAFTA)見直しを迫り、中国の「不公正貿易」には制裁を科し、日本には明確に成果の出る策を求めています。2国間の貿易収支を取り上げ、ビジネスの取引(ディール)のように相手国と交渉し、貿易赤字を減らそうというのです。
1980年代以降の米国の通商政策は世界規模で貿易・投資・金融の自由化を迫るものでした。多国間主義と組み合わせて一方的なアプローチもとってきましたが、米国第一主義を明確に掲げることはありませんでした。
米国の歴史に照らしてもトランプ氏の経済学は異質です。その意味を考えるためには、トランプ氏が大統領選を制した背景を見る必要があります。
共和党候補だったトランプ氏は、90年代以降ずっと民主党候補が制していたいくつかの州で票田を奪還し、大統領選に勝ちました。このうちオハイオ、ミシガン、ウィスコンシン、アイオワ、ペンシルベニアの諸州はかつて自動車製造業、鉄鋼業、鉱業など鉱工業で栄えた地帯です。80年代以降、鉱工業の不振でさびれ、さびついた地帯(ラスト・ベルト)と呼ばれています。そこで働く民主党支持の労働組合員たちが、製造業の再興を掲げたトランプ氏の支持にひっくり返りました。
急激な格差拡大
根底に横たわるのは、所得格差が広がり、白人労働者がアメリカン・ドリームを持てなくなったという問題です。努力すれば親の世代より豊かになれるという希望が崩れ去ってしまったのです。
所得格差の推移を見ると、主要工業国では30年代以降に格差が縮小した後、80年代以降に流れが逆転し急激に格差が広がっています。29年の世界大恐慌の後、各国は老齢年金など社会保障制度を取り入れて格差を縮めました。しかし80年代に需要重視のケインズ主義から供給重視の新自由主義ヘイデオロギーと政策が変わり、格差が広がりました。格差拡大が最も激しいのが米国です。新自由主義の問題点が米国で最も鋭く出ているのです。
不平等は所得の生産、分配、再分配、消費の各過程で進んでいます。生産の面では産業構造が変化し、比較的高賃金だった鉱工業の雇用が減っています。分配の面では労働組合が弱体化して賃金シェアが低下し利潤シェアが上昇しています。再分配の面では福祉が切り捨てられています。
資産所得を生む資産の格差は、労働所得の格差よりもさらに大きく広がっています。資産格差が所得格差を生み、所得格差が資産格差を生むという格差のスパイラルが起きています。
(つづく)(3回連載です)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2018年5月16日付掲載
製造業や中間層を底上げするって言いながら、福祉の削減で格差の拡大。
真逆の政策だ!