気候危機の科学② 経験から計算の時代へ
「計算機がなかった戦前、気象学は“経験の科学”でした。戦争中に弾道計算などに使われた計算機が、戦後は一般の科学に解放され、物理法則に基づいた計算による気象予測が始まりました。もともと軍事目的でつくられた計算機の第一番の民生利用が天気予報でした」
こう話すのは、元日本気象学会理事長の岩崎俊樹・東北大学特任教授です。岩崎さんは1990年代、気象庁で数値予報モデルの開発リーダーを務めました。
真鍋氏も渡米
戦後、多くの日本人気象学者が、計算機を使った研究が盛んな米国に渡りました。真鍋淑郎さんもその一人。米国気象局に招かれ、気候モデルの開発を始めたのは58年でした。
「1~2日の短期的な気象の変化を支配するのは大気の流れであり、主に流体力学で予測します。だから、多くの気象学者は流体力学の計算法を研究しました。真鍋さんがユニークだったのは、地球温暖化に目標を定め、太陽放射や赤外線吸収などに関係した大気の放射収支や熱収支を計算したことです。温室効果の短期予報への影響は小さく、天気予報の研究者はあまり興味をもちませんでした。しかし大気の運動を引き起こす大本は、熱の偏りとそのやりとりです。真鍋さんは“そもそも論”に興味をもったのです」
岩崎さんは、その源流となる考え方が、東北大学の山本義一教授(1909~1980年)が確立した赤外放射伝達の数値解法「山本の大気放射図」にあると指摘します。
この数値解法を計算機のプログラムに組み込んで計算させたのが真鍋さんでした。「真鍋さんは、放射と対流の効果を入れて、こみいった現象を、地球を鉛直1次元で表して計算しました。乱暴と言えば乱暴ですが、当時の計算機で計算できるよう大胆に単純化したのです」
真鍋さんは、水蒸気や二酸化炭素などの放射を大気モデルに導入し、気温の鉛直分布を示すことに成功。67年には、二酸化炭素濃度が倍増すると地上の平均気温が約2・4度上昇することを示しました。
その後、大気と海洋を結合した高度な気候モデルを完成させた真鍋さん。ときどきの計算機の性能の限界のなかで、難題を突破してきた秘密がその研究スタンスにあると、岩崎さんは説明します。
スウェーデン王立科学アカデミーの資料をもとに作成
岩崎俊樹さん
現象を単純化
「真鍋さんは、複雑なものを複雑なまま理解しようとはしない。例えば、陸の土壌がどれだけ水分を含んでいるかをバケツの中の水の深さで表し、一定の深さに達するとあふれさせました。現象を単純化し、気候システムにとって本質的な役割はなにかを考えたのです。そして必要に応じて少しずつ複雑にし現実に近づけていく…」
気象庁の気象予測モデルでも一時期、真鍋さんが考案した降水量の計算法が使われていました。「私たちの世代は、真鍋さんによって開発された計算方法の大きな恩恵にあずかりました」(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年3月20日付掲載
真鍋さんは、水蒸気や二酸化炭素などの放射を大気モデルに導入し、気温の鉛直分布を示すことに成功。67年には、二酸化炭素濃度が倍増すると地上の平均気温が約2・4度上昇することを示した。
その後、大気と海洋を結合した高度な気候モデルを完成させた真鍋さん。ときどきの計算機の性能の限界のなかで、難題を突破してきた秘密がその研究スタンスにあると、岩崎さんは説明。
気象庁の気象予測モデルでも一時期、真鍋さんが考案した降水量の計算法が使われていました。「私たちの世代は、真鍋さんによって開発された計算方法の大きな恩恵にあずかりました」
いまでは、気象の週間予報は当然の様におこなわれ、かなりの確率であたりますが、地道な積み重ねがあったのですね。
「計算機がなかった戦前、気象学は“経験の科学”でした。戦争中に弾道計算などに使われた計算機が、戦後は一般の科学に解放され、物理法則に基づいた計算による気象予測が始まりました。もともと軍事目的でつくられた計算機の第一番の民生利用が天気予報でした」
こう話すのは、元日本気象学会理事長の岩崎俊樹・東北大学特任教授です。岩崎さんは1990年代、気象庁で数値予報モデルの開発リーダーを務めました。
真鍋氏も渡米
戦後、多くの日本人気象学者が、計算機を使った研究が盛んな米国に渡りました。真鍋淑郎さんもその一人。米国気象局に招かれ、気候モデルの開発を始めたのは58年でした。
「1~2日の短期的な気象の変化を支配するのは大気の流れであり、主に流体力学で予測します。だから、多くの気象学者は流体力学の計算法を研究しました。真鍋さんがユニークだったのは、地球温暖化に目標を定め、太陽放射や赤外線吸収などに関係した大気の放射収支や熱収支を計算したことです。温室効果の短期予報への影響は小さく、天気予報の研究者はあまり興味をもちませんでした。しかし大気の運動を引き起こす大本は、熱の偏りとそのやりとりです。真鍋さんは“そもそも論”に興味をもったのです」
岩崎さんは、その源流となる考え方が、東北大学の山本義一教授(1909~1980年)が確立した赤外放射伝達の数値解法「山本の大気放射図」にあると指摘します。
この数値解法を計算機のプログラムに組み込んで計算させたのが真鍋さんでした。「真鍋さんは、放射と対流の効果を入れて、こみいった現象を、地球を鉛直1次元で表して計算しました。乱暴と言えば乱暴ですが、当時の計算機で計算できるよう大胆に単純化したのです」
真鍋さんは、水蒸気や二酸化炭素などの放射を大気モデルに導入し、気温の鉛直分布を示すことに成功。67年には、二酸化炭素濃度が倍増すると地上の平均気温が約2・4度上昇することを示しました。
その後、大気と海洋を結合した高度な気候モデルを完成させた真鍋さん。ときどきの計算機の性能の限界のなかで、難題を突破してきた秘密がその研究スタンスにあると、岩崎さんは説明します。
スウェーデン王立科学アカデミーの資料をもとに作成
岩崎俊樹さん
現象を単純化
「真鍋さんは、複雑なものを複雑なまま理解しようとはしない。例えば、陸の土壌がどれだけ水分を含んでいるかをバケツの中の水の深さで表し、一定の深さに達するとあふれさせました。現象を単純化し、気候システムにとって本質的な役割はなにかを考えたのです。そして必要に応じて少しずつ複雑にし現実に近づけていく…」
気象庁の気象予測モデルでも一時期、真鍋さんが考案した降水量の計算法が使われていました。「私たちの世代は、真鍋さんによって開発された計算方法の大きな恩恵にあずかりました」(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年3月20日付掲載
真鍋さんは、水蒸気や二酸化炭素などの放射を大気モデルに導入し、気温の鉛直分布を示すことに成功。67年には、二酸化炭素濃度が倍増すると地上の平均気温が約2・4度上昇することを示した。
その後、大気と海洋を結合した高度な気候モデルを完成させた真鍋さん。ときどきの計算機の性能の限界のなかで、難題を突破してきた秘密がその研究スタンスにあると、岩崎さんは説明。
気象庁の気象予測モデルでも一時期、真鍋さんが考案した降水量の計算法が使われていました。「私たちの世代は、真鍋さんによって開発された計算方法の大きな恩恵にあずかりました」
いまでは、気象の週間予報は当然の様におこなわれ、かなりの確率であたりますが、地道な積み重ねがあったのですね。