「歴史的不正義」と向き合うオランダ 旧植民地文化財返還へ
欧州の著名な博物館は、旧植民地から略奪などによって持ち出された文化財を多数収蔵しています。独立国となった原産国からの返還請求が相次ぐ中、オランダでは、人権活動家や博物館の專門家でつくる諮問委員会が2020年10月、画期的な勧告書を発表しました。旧植民地の住民の同意のない文化財の持ち去りは「歴史的不正義」であり、無条件に原産国に返還すべきだ、とするものです。自国の「暗い歴史」と向き合うオランダの動きを追いました。(ベルリン=桑野白馬)
20世紀初頭にオランダが植民地化したバリ王国の貴族が身に着けていたイヤリング(NMVW提供)
「文化財を旧植民地の住民の意思に反して持ち去ったことで、不正義を行ったと認めるべきだ」―。勧告書は、不正義を認識し、改善していくことを指導原則とすべきだと強調しました。過去の植民地支配を不正義と断定し、返還要求に応じるために文化財の来歴(どのような所有者を経て所蔵物となったか)のデータベースを整備、公開することなどを勧告しています。
諮問委員会の議長はオランダの旧植民地、南米スリナム出身の人権活動家リリアン・ゴンサルベスーーホ・カン・ユー氏。1年かけて、インドネシアなど旧植民地諸国の関係者と対話を重ね、勧告書を完成させました。
同委員会の設立を要請したファンエンゲルスホーヘン教育・文化・科学相は、勧告書について、「植民地支配の過去は現在にまで痕跡を残している。植民地由来の文化財への新しいアプローチが始まる」と歓迎。政府は今年、勧告書を指針として、文化財返還のための政策・法律を整備する計画です。
ヘンリエッタ・リッチ氏(本人提供)
勧告書の作成に関わった国立世界文化圏博物館(NMVW)のチーフキュレーター、ヘンリエッタ・リッチ氏は、本紙の取材に対し、「不正義という言葉を使ったのは、植民地時代は対等な力関係はなく、住民は自由意思の下ではやらないような行為を強いられたという事実を浮き彫りにするためです」と語ります。
そして、「不正義」を認識し改善していくことが勧告書を貫く原則であり、「自由意思であれば手放さなかったはずの文化財を人々の手に返す用意があると表明すること」だと述べました。
フランスのマクロン大統領は2017年、西アフリカのブルキナファソを訪問し、アフリカの文化財を欧州の博物館に「囚人のように収容しておくわけにはいかない」と宣言、以来返還を推進してきました。ドイツでも第1次大戦前のアフリカ植民地から持ち去られた文化財や人骨の返還を進めています。
1500~1700年ころに西アフリカのべニン王国で製作された青銅製のフレート(「ベニン・ブロンズ」の一部)(NMVW提供)
不平等な関係くり返さない
大胆な勧告書
オランダ国立世界文化圏博物館(NMVW)のチーフキュレーター、ヘンリエッタ・リッチ氏は、オランダの勧告書には、他の欧州諸国の動きと大きく異なる大胆でユニークな点がある、と言います。
その一つが、支配された側にとって不本意に奪われた文化財を、無条件で返還するよう促していることです。「(返還のために)支配されていた側が不本意な略奪だったと証明しなければならないなら、それは不平等な関係性のくり返しでしかない。だからこそ、無条件の返還を盛り込むことが非常に重要です」。
さらに、「両者の合意の上で売買、贈与された文化財であっても、原産国の人々にとってかけがえのない社会、文化、歴史的価値があるなら、返還される可能性があるとした点です」と言います。
NMVWの収蔵品43万6000点のうち、約半数が旧植民地由来のものです。インドネシアに関連する収蔵品は最多の17万4000点にのぼります。インドネシアやスリナムは、それぞれオランダ所蔵の文化財の来歴を研究する委員会を設置し、オランダ側と対話を始めています。
リッチ氏は、たとえ旧植民地国から文化財の返還請求がなくても、自ら保有する文化財の「来歴研究」を深め、返還の枠組みを持つことが大切だと話します。
「過去を批判的に検証しながら理解を深め、収蔵品がこれまで以上に認知されることで、人々のアクセスを容易にする。それこそが国立機関の責務だとみなされているからです」。
リッチ氏は、文化財の返還によってオランダの子どもたちも、なぜ他国にとってその文化財が大事なのか、どのような経緯でこの国にやってきたのかを学ぶことができると語ります。「関係国と良い関係を築き、その国の専門家がオランダに来て彼らの物語を語ってくれることがあれば、それも素晴らしい学びとなるでしょう」。
オランダで進む文化財の返還の動きを後押しした一人が、アムステルダム自由大学のヨス・ファンビュールデン上級研究員(74)です。
若いころから南アジアやアフリカ、中東各地で文化財の保護に関する調査を行ってきたファンビュールデン氏は、旧植民地の国々で、「大切な文化遺産のほとんどが欧州や北米にある」との「怒りや嘆き」を耳にしてきました。
ディポネゴロ王子の短剣。返還され、現在ジャカルタのインドネシア国立博物館が所蔵(NMVW提供)
責任を果たす
「植民地支配は暴力的で、人種差別的でした。白人優越主義のもと、農産物や鉱物資源だけでなく住民のアイデンティティーである文化的な資源を略奪し、彼らの誇りを傷つけたのです」。
第2次大戦中にナチスによって略奪された美術品の返還についての国際合意はありましたが、植民地由来の文化財返還に関する国際的な規範は未確立でした。そこで「損なわれてしまった国々の信頼関係を修復し、過去のあらゆる不正を取り払う」ことを目的に研究にとりかかりました。
ファンビュールデン氏は論文「信頼に基づいた宝物の所有植民地文化財の未来をめぐる交渉」を執筆。オランダの博物館関係者が植民地由来の文化財に目を向けるきっかけをつくりました。
文化財返還をめぐる国内の議論が活発になる中で、長く消息不明とされていたある有名な文化財が発見、返還された事例もあります。
オランダの支配下にあった今のインドネシアで19世紀に起きた反乱「ジャワ戦争」。その指導者だったディポネゴロ王子の短剣が昨年3月、インドネシアに返還されました。両国が1975年に返還合意を結んでからもこの短剣の行方は不明でしたが、NMVWが2017年以降徹底的に調査し、中西部ライデンの民族学博物館が所蔵している短剣がそれだと判明。返還にこぎつけました。
ファンビュールデン氏は、過去に植民地支配という悪行をしたことを認めるのは重要だとしながらも「罪の意識を持つ必要はなく、責任を果たすことが必要です」と語ります。「わたしたちにとっての責任とは、すべての関係者に働きかけ、文化財返還に関する議論が発展することです」
ファンビュールデン氏の願いは、より多くの植民地由来の文化財が返還されることです。そのために欧州全体で文化財返還の枠組みを作ることが必要だとして、こう語りました。
「過去と向き合い、歴史的に気まずい関係にある国の関係者と対話する勇気を持つことが大切です。そうすることで、信頼に基づいた相互の将来関係を築く扉は開かれます」
オランダの植民地支配
スペインの支配下にあったオランダは1581年に独立すると、ポルトガルやスペインに対抗して植民地を拡大し、現インドネシア、カリブ海の諸島、南米の現スリナムなどを植民地支配しました。
オランダは、17世紀以降、西インド会社による大西洋奴隷貿易、東インド会社による東南アジアでの香辛料貿易で巨万の富を蓄積。現インドネシアでは、ジャワ、バリ、アチェでの相次ぐ戦争で20世紀初頭までに支配を完成させました。
インドネシアは、日本の占領を経て、1945年に独立を宣言。オランダは再征服を目指して派兵(「インドネシア独立戦争」)。49年ようやく独立を認めました。
南米最小の独立国スリナムは75年に独立。欧州外で唯一オランダ語を公用語としています。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年1月11日付掲載
西インド会社、東インド会社などによる植民地支配。貿易で巨万の富を得るだけでなく、現地の文化財を許可なく自国に持って帰った。
オランダをはじめ、欧州の国ぐにが文化財の返還に動き出していることは、良いことですね。
欧州の著名な博物館は、旧植民地から略奪などによって持ち出された文化財を多数収蔵しています。独立国となった原産国からの返還請求が相次ぐ中、オランダでは、人権活動家や博物館の專門家でつくる諮問委員会が2020年10月、画期的な勧告書を発表しました。旧植民地の住民の同意のない文化財の持ち去りは「歴史的不正義」であり、無条件に原産国に返還すべきだ、とするものです。自国の「暗い歴史」と向き合うオランダの動きを追いました。(ベルリン=桑野白馬)
20世紀初頭にオランダが植民地化したバリ王国の貴族が身に着けていたイヤリング(NMVW提供)
「文化財を旧植民地の住民の意思に反して持ち去ったことで、不正義を行ったと認めるべきだ」―。勧告書は、不正義を認識し、改善していくことを指導原則とすべきだと強調しました。過去の植民地支配を不正義と断定し、返還要求に応じるために文化財の来歴(どのような所有者を経て所蔵物となったか)のデータベースを整備、公開することなどを勧告しています。
諮問委員会の議長はオランダの旧植民地、南米スリナム出身の人権活動家リリアン・ゴンサルベスーーホ・カン・ユー氏。1年かけて、インドネシアなど旧植民地諸国の関係者と対話を重ね、勧告書を完成させました。
同委員会の設立を要請したファンエンゲルスホーヘン教育・文化・科学相は、勧告書について、「植民地支配の過去は現在にまで痕跡を残している。植民地由来の文化財への新しいアプローチが始まる」と歓迎。政府は今年、勧告書を指針として、文化財返還のための政策・法律を整備する計画です。
ヘンリエッタ・リッチ氏(本人提供)
勧告書の作成に関わった国立世界文化圏博物館(NMVW)のチーフキュレーター、ヘンリエッタ・リッチ氏は、本紙の取材に対し、「不正義という言葉を使ったのは、植民地時代は対等な力関係はなく、住民は自由意思の下ではやらないような行為を強いられたという事実を浮き彫りにするためです」と語ります。
そして、「不正義」を認識し改善していくことが勧告書を貫く原則であり、「自由意思であれば手放さなかったはずの文化財を人々の手に返す用意があると表明すること」だと述べました。
フランスのマクロン大統領は2017年、西アフリカのブルキナファソを訪問し、アフリカの文化財を欧州の博物館に「囚人のように収容しておくわけにはいかない」と宣言、以来返還を推進してきました。ドイツでも第1次大戦前のアフリカ植民地から持ち去られた文化財や人骨の返還を進めています。
1500~1700年ころに西アフリカのべニン王国で製作された青銅製のフレート(「ベニン・ブロンズ」の一部)(NMVW提供)
不平等な関係くり返さない
大胆な勧告書
オランダ国立世界文化圏博物館(NMVW)のチーフキュレーター、ヘンリエッタ・リッチ氏は、オランダの勧告書には、他の欧州諸国の動きと大きく異なる大胆でユニークな点がある、と言います。
その一つが、支配された側にとって不本意に奪われた文化財を、無条件で返還するよう促していることです。「(返還のために)支配されていた側が不本意な略奪だったと証明しなければならないなら、それは不平等な関係性のくり返しでしかない。だからこそ、無条件の返還を盛り込むことが非常に重要です」。
さらに、「両者の合意の上で売買、贈与された文化財であっても、原産国の人々にとってかけがえのない社会、文化、歴史的価値があるなら、返還される可能性があるとした点です」と言います。
NMVWの収蔵品43万6000点のうち、約半数が旧植民地由来のものです。インドネシアに関連する収蔵品は最多の17万4000点にのぼります。インドネシアやスリナムは、それぞれオランダ所蔵の文化財の来歴を研究する委員会を設置し、オランダ側と対話を始めています。
リッチ氏は、たとえ旧植民地国から文化財の返還請求がなくても、自ら保有する文化財の「来歴研究」を深め、返還の枠組みを持つことが大切だと話します。
「過去を批判的に検証しながら理解を深め、収蔵品がこれまで以上に認知されることで、人々のアクセスを容易にする。それこそが国立機関の責務だとみなされているからです」。
リッチ氏は、文化財の返還によってオランダの子どもたちも、なぜ他国にとってその文化財が大事なのか、どのような経緯でこの国にやってきたのかを学ぶことができると語ります。「関係国と良い関係を築き、その国の専門家がオランダに来て彼らの物語を語ってくれることがあれば、それも素晴らしい学びとなるでしょう」。
オランダで進む文化財の返還の動きを後押しした一人が、アムステルダム自由大学のヨス・ファンビュールデン上級研究員(74)です。
若いころから南アジアやアフリカ、中東各地で文化財の保護に関する調査を行ってきたファンビュールデン氏は、旧植民地の国々で、「大切な文化遺産のほとんどが欧州や北米にある」との「怒りや嘆き」を耳にしてきました。
ディポネゴロ王子の短剣。返還され、現在ジャカルタのインドネシア国立博物館が所蔵(NMVW提供)
責任を果たす
「植民地支配は暴力的で、人種差別的でした。白人優越主義のもと、農産物や鉱物資源だけでなく住民のアイデンティティーである文化的な資源を略奪し、彼らの誇りを傷つけたのです」。
第2次大戦中にナチスによって略奪された美術品の返還についての国際合意はありましたが、植民地由来の文化財返還に関する国際的な規範は未確立でした。そこで「損なわれてしまった国々の信頼関係を修復し、過去のあらゆる不正を取り払う」ことを目的に研究にとりかかりました。
ファンビュールデン氏は論文「信頼に基づいた宝物の所有植民地文化財の未来をめぐる交渉」を執筆。オランダの博物館関係者が植民地由来の文化財に目を向けるきっかけをつくりました。
文化財返還をめぐる国内の議論が活発になる中で、長く消息不明とされていたある有名な文化財が発見、返還された事例もあります。
オランダの支配下にあった今のインドネシアで19世紀に起きた反乱「ジャワ戦争」。その指導者だったディポネゴロ王子の短剣が昨年3月、インドネシアに返還されました。両国が1975年に返還合意を結んでからもこの短剣の行方は不明でしたが、NMVWが2017年以降徹底的に調査し、中西部ライデンの民族学博物館が所蔵している短剣がそれだと判明。返還にこぎつけました。
ファンビュールデン氏は、過去に植民地支配という悪行をしたことを認めるのは重要だとしながらも「罪の意識を持つ必要はなく、責任を果たすことが必要です」と語ります。「わたしたちにとっての責任とは、すべての関係者に働きかけ、文化財返還に関する議論が発展することです」
ファンビュールデン氏の願いは、より多くの植民地由来の文化財が返還されることです。そのために欧州全体で文化財返還の枠組みを作ることが必要だとして、こう語りました。
「過去と向き合い、歴史的に気まずい関係にある国の関係者と対話する勇気を持つことが大切です。そうすることで、信頼に基づいた相互の将来関係を築く扉は開かれます」
オランダの植民地支配
スペインの支配下にあったオランダは1581年に独立すると、ポルトガルやスペインに対抗して植民地を拡大し、現インドネシア、カリブ海の諸島、南米の現スリナムなどを植民地支配しました。
オランダは、17世紀以降、西インド会社による大西洋奴隷貿易、東インド会社による東南アジアでの香辛料貿易で巨万の富を蓄積。現インドネシアでは、ジャワ、バリ、アチェでの相次ぐ戦争で20世紀初頭までに支配を完成させました。
インドネシアは、日本の占領を経て、1945年に独立を宣言。オランダは再征服を目指して派兵(「インドネシア独立戦争」)。49年ようやく独立を認めました。
南米最小の独立国スリナムは75年に独立。欧州外で唯一オランダ語を公用語としています。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年1月11日付掲載
西インド会社、東インド会社などによる植民地支配。貿易で巨万の富を得るだけでなく、現地の文化財を許可なく自国に持って帰った。
オランダをはじめ、欧州の国ぐにが文化財の返還に動き出していることは、良いことですね。
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