中小企業と賃上げ④ 価格転嫁「全くできない」3割
「標準的」経済学者たちは、賃上げを実現するには生産性の上昇が必要だと言い続けてきました。これは、彼らが依拠するミクロ経済学の基礎に「限界生産力説」があるからでしょう。
賃上げと生産性
労働の限界生産力は、労働投入量を1単位増やすことで増加する生産量のことです。ミクロ経済学では、生産設備を一定とすると、労働投入量を増やすにつれて生産量は増加しますが、稼働率が高くなるにつれて生産の増加量(労働の限界生産力)は低下すると考えます。これを収穫逓減法則の仮定といいます。この仮定のもとでは、ある水準を超えると売り上げの増加額がコストの増加額を下回り、利潤が減り始めると考えます。
したがって、売り上げの増加額がコストの増加額と等しいところで利潤が最大化されることになります。このことから、企業の利潤が最大化されるとき、実質賃金は労働の限界生産力と等しくなるという命題が導き出されます。それゆえ、実質賃金を引き上げるためには労働の限界生産力を上昇させなければならないと考えるのです。
生産性が上昇しないのに強制的に賃金を引き上げたらどうなるでしょうか(例えば最低賃金の引き上げ)。企業は利潤を最大化するために、限界生産力と賃金が等しくなるまで労働投入量を減少させ(労働需要が減少し)失業が増加します。これがミクロ経済学の論理です。
たしかに、私たちの賃金所得は経済全体の付加価値の合計である国内総生産(GDP)の一部ですから、付加価値を増やすことが賃金所得の増加につながります。
しかし、GDPは労働者の賃金と企業の利潤に分配されるので、GDPの増加分が利潤に分配されれば賃金は増えません。また、産業や企業によって生産性の上昇率は異なるので、経済全体の付加価値がどのように分配されるかも重要な問題です。生産性さえ上がれば実質賃金が上がるというのは、こうした問題を見落としています。
中小企業の実態
近年、生産性上昇率が低い部門で賃上げを実現するには価格転嫁が必要だということがようやく論じられるようになりました。政府も「成長と分配の好循環」を実現するためには「企業の適切な価格転嫁」が必要だとして、取り組みを進めつつあります。
私たちが2023年2月に実施した中小企業経営者に対する調査(経営者調査)の結果から、中小企業における価格転嫁の実態をみましょう。
経営者調査では22年以降のコスト上昇分を製品やサービスの価格にどの程度転嫁できたかについて、「全て転嫁できた」から「全く転嫁できなかった」まで6段階で回答してもらいました。全体として「全て転嫁できた」は8・5%、「8割以上転嫁できた」は13・8%、「5~8割程度転嫁できた」は17・0%、「2~5割程度転嫁できた」は15・6%、「1~2割程度転嫁一できた」は16・0%、「全く転嫁できなかった」は29・2%でした。
図は業種別の価格転嫁状況を示しています。「全く転嫁できなかった」が最も多いのは「医療・福祉」で57・7%でした。価格転嫁ができるよう十分な診療報酬・介護報酬の引き上げが求められます。次に「教育・学習支援業」と「金融・保険業」が40・0%、「不動産業・物品賃貸業」38・5%、「運輸業」38・4%、「情報サービス産業」37・0%と続きます。一方、8割以上転嫁できたという回答が多かったのは「卸売業」34・0%、「不動産業・物品賃貸業」27・4%、「金融・保険業」26・4%、「電気・ガス・水道業」26・3%でした。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年11月2日付掲載
GDPは労働者の賃金と企業の利潤に分配されるので、GDPの増加分が利潤に分配されれば賃金は増えません。また、産業や企業によって生産性の上昇率は異なるので、経済全体の付加価値がどのように分配されるかも重要な問題です。生産性さえ上がれば実質賃金が上がるというのは、こうした問題を見落としています。
近年、生産性上昇率が低い部門で賃上げを実現するには価格転嫁が必要だということがようやく論じられるようになりました。政府も「成長と分配の好循環」を実現するためには「企業の適切な価格転嫁」が必要だとして、取り組みを進めつつあります。
「全く転嫁できなかった」が最も多いのは「医療・福祉」で57・7%でした。価格転嫁ができるよう十分な診療報酬・介護報酬の引き上げが求められます。次に「教育・学習支援業」と「金融・保険業」が40・0%、「不動産業・物品賃貸業」38・5%、「運輸業」38・4%、「情報サービス産業」37・0%と続きます。
「標準的」経済学者たちは、賃上げを実現するには生産性の上昇が必要だと言い続けてきました。これは、彼らが依拠するミクロ経済学の基礎に「限界生産力説」があるからでしょう。
賃上げと生産性
労働の限界生産力は、労働投入量を1単位増やすことで増加する生産量のことです。ミクロ経済学では、生産設備を一定とすると、労働投入量を増やすにつれて生産量は増加しますが、稼働率が高くなるにつれて生産の増加量(労働の限界生産力)は低下すると考えます。これを収穫逓減法則の仮定といいます。この仮定のもとでは、ある水準を超えると売り上げの増加額がコストの増加額を下回り、利潤が減り始めると考えます。
したがって、売り上げの増加額がコストの増加額と等しいところで利潤が最大化されることになります。このことから、企業の利潤が最大化されるとき、実質賃金は労働の限界生産力と等しくなるという命題が導き出されます。それゆえ、実質賃金を引き上げるためには労働の限界生産力を上昇させなければならないと考えるのです。
生産性が上昇しないのに強制的に賃金を引き上げたらどうなるでしょうか(例えば最低賃金の引き上げ)。企業は利潤を最大化するために、限界生産力と賃金が等しくなるまで労働投入量を減少させ(労働需要が減少し)失業が増加します。これがミクロ経済学の論理です。
たしかに、私たちの賃金所得は経済全体の付加価値の合計である国内総生産(GDP)の一部ですから、付加価値を増やすことが賃金所得の増加につながります。
しかし、GDPは労働者の賃金と企業の利潤に分配されるので、GDPの増加分が利潤に分配されれば賃金は増えません。また、産業や企業によって生産性の上昇率は異なるので、経済全体の付加価値がどのように分配されるかも重要な問題です。生産性さえ上がれば実質賃金が上がるというのは、こうした問題を見落としています。
中小企業の実態
近年、生産性上昇率が低い部門で賃上げを実現するには価格転嫁が必要だということがようやく論じられるようになりました。政府も「成長と分配の好循環」を実現するためには「企業の適切な価格転嫁」が必要だとして、取り組みを進めつつあります。
私たちが2023年2月に実施した中小企業経営者に対する調査(経営者調査)の結果から、中小企業における価格転嫁の実態をみましょう。
経営者調査では22年以降のコスト上昇分を製品やサービスの価格にどの程度転嫁できたかについて、「全て転嫁できた」から「全く転嫁できなかった」まで6段階で回答してもらいました。全体として「全て転嫁できた」は8・5%、「8割以上転嫁できた」は13・8%、「5~8割程度転嫁できた」は17・0%、「2~5割程度転嫁できた」は15・6%、「1~2割程度転嫁一できた」は16・0%、「全く転嫁できなかった」は29・2%でした。
図は業種別の価格転嫁状況を示しています。「全く転嫁できなかった」が最も多いのは「医療・福祉」で57・7%でした。価格転嫁ができるよう十分な診療報酬・介護報酬の引き上げが求められます。次に「教育・学習支援業」と「金融・保険業」が40・0%、「不動産業・物品賃貸業」38・5%、「運輸業」38・4%、「情報サービス産業」37・0%と続きます。一方、8割以上転嫁できたという回答が多かったのは「卸売業」34・0%、「不動産業・物品賃貸業」27・4%、「金融・保険業」26・4%、「電気・ガス・水道業」26・3%でした。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年11月2日付掲載
GDPは労働者の賃金と企業の利潤に分配されるので、GDPの増加分が利潤に分配されれば賃金は増えません。また、産業や企業によって生産性の上昇率は異なるので、経済全体の付加価値がどのように分配されるかも重要な問題です。生産性さえ上がれば実質賃金が上がるというのは、こうした問題を見落としています。
近年、生産性上昇率が低い部門で賃上げを実現するには価格転嫁が必要だということがようやく論じられるようになりました。政府も「成長と分配の好循環」を実現するためには「企業の適切な価格転嫁」が必要だとして、取り組みを進めつつあります。
「全く転嫁できなかった」が最も多いのは「医療・福祉」で57・7%でした。価格転嫁ができるよう十分な診療報酬・介護報酬の引き上げが求められます。次に「教育・学習支援業」と「金融・保険業」が40・0%、「不動産業・物品賃貸業」38・5%、「運輸業」38・4%、「情報サービス産業」37・0%と続きます。
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