20歳のJリーグ① サッカーの普及 地方に種 豊かな収穫
日本プロサッカーリーグ・Jリーグが、今年で20年目を迎えました。「地域密着」「豊かなスポーツ文化の振興」など、先駆的な理念を掲げて飛躍をとげてきました。節目の到達点をさまざまな角度から検証し、意義や課題を探ります。
「しんぶん赤旗」日刊紙の記事を転載します。

小雨がぱらついた4月27日夜。多摩丘陵の森に囲まれた東京・町田市立陸上競技場で、Jリーグ新参チーム同士のサポーターが、鮮やかな緑の芝をはさんでエールを交換する光景がありました。
Jリーグ2部(J2)の町田ゼルビア-松本山雅戦。試合は松本が1-0で勝利しましたが、Jリーグの舞台で対戦できる喜びを、ともに味わいました。
ファンは、チームへの愛情を声援に乗せました。長野県松本市の伊藤貴雪さん(36)は「5年前から応援してきたので、うれしい。今まで以上に大声で応援したい」。町田市に住んで3年目の小野麻里さん(29)は「アウトドア派じゃない私が、雨のなか2時間も応援するなんて…。はまっちゃったんですね。この街も好きになりました」とにっこり。

29都道府県に
この2クラブが新たな息吹をもたらした今シーズン。これでJ1が18、J2が22の計40クラブとなりました。
1993年の開幕当初は、大都市中心の10クラブ8府県でしたが、いまでは全国29都道府県に拡大。リーグ戦の入場者数は720万人超となりました。
Jリーグが理念の第一に「サッカーの普及促進」と掲げるように、各地にサッカーが広がっていきました。
Jリーグ元年にプロ入りした元日本代表の伊東輝悦選手(37)=ヴァンフォーレ甲府=は、すそ野の広がりを実感しています。「四国は以前、プロの試合が見られなかった。いまではJ2のクラブが二つ(愛媛、徳島)もあって、たくさんの子どもがプロをめざしている」
Jリーグが列島各地にまいたサッカーの種。代表選手の出身地分布に、豊かな収穫が表れています。
98年ワールドカップ(W杯)フランス大会に初出場した日本代表を見ると、22人中、「サッカー強国」といわれた静岡県出身者が9人もいました。昨年11月、2014年W杯ブラジル大会アジア最終予選進出を決めた日本代表では3人。98年当時はいなかった東北、九州、四国からも代表入りしています。
他競技に影響
Jリーグは、ほかの競技にも影響を与えました。プロ野球は北海道や東北に進出。プロバスケットボールリーグ・bjリーグは、「ホームタウン制・地元密着」を掲げて05年に発足しました。
「Jリーグは立ち止まるわけにはいかない。日本のスポーツをけん引し続ける決意」と、今季開幕直前に宣言したJリーグの大東和美チェアマン。
プロサッカーの“キックオフ”は、一競技の普及促進にとどまらない役割を果たしてきました。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2012年5月9日付掲載
Jリーグの発足当初はプレーもつたない感じだったのですが、今は技術的にも格段に進歩して、選手の層も広がってきましたね。ワールドカップの決勝トーナメントにすすむまでにもなって隔世の感があります。
日本プロサッカーリーグ・Jリーグが、今年で20年目を迎えました。「地域密着」「豊かなスポーツ文化の振興」など、先駆的な理念を掲げて飛躍をとげてきました。節目の到達点をさまざまな角度から検証し、意義や課題を探ります。
「しんぶん赤旗」日刊紙の記事を転載します。

小雨がぱらついた4月27日夜。多摩丘陵の森に囲まれた東京・町田市立陸上競技場で、Jリーグ新参チーム同士のサポーターが、鮮やかな緑の芝をはさんでエールを交換する光景がありました。
Jリーグ2部(J2)の町田ゼルビア-松本山雅戦。試合は松本が1-0で勝利しましたが、Jリーグの舞台で対戦できる喜びを、ともに味わいました。
ファンは、チームへの愛情を声援に乗せました。長野県松本市の伊藤貴雪さん(36)は「5年前から応援してきたので、うれしい。今まで以上に大声で応援したい」。町田市に住んで3年目の小野麻里さん(29)は「アウトドア派じゃない私が、雨のなか2時間も応援するなんて…。はまっちゃったんですね。この街も好きになりました」とにっこり。

29都道府県に
この2クラブが新たな息吹をもたらした今シーズン。これでJ1が18、J2が22の計40クラブとなりました。
1993年の開幕当初は、大都市中心の10クラブ8府県でしたが、いまでは全国29都道府県に拡大。リーグ戦の入場者数は720万人超となりました。
Jリーグが理念の第一に「サッカーの普及促進」と掲げるように、各地にサッカーが広がっていきました。
Jリーグ元年にプロ入りした元日本代表の伊東輝悦選手(37)=ヴァンフォーレ甲府=は、すそ野の広がりを実感しています。「四国は以前、プロの試合が見られなかった。いまではJ2のクラブが二つ(愛媛、徳島)もあって、たくさんの子どもがプロをめざしている」
Jリーグが列島各地にまいたサッカーの種。代表選手の出身地分布に、豊かな収穫が表れています。
98年ワールドカップ(W杯)フランス大会に初出場した日本代表を見ると、22人中、「サッカー強国」といわれた静岡県出身者が9人もいました。昨年11月、2014年W杯ブラジル大会アジア最終予選進出を決めた日本代表では3人。98年当時はいなかった東北、九州、四国からも代表入りしています。
他競技に影響
Jリーグは、ほかの競技にも影響を与えました。プロ野球は北海道や東北に進出。プロバスケットボールリーグ・bjリーグは、「ホームタウン制・地元密着」を掲げて05年に発足しました。
「Jリーグは立ち止まるわけにはいかない。日本のスポーツをけん引し続ける決意」と、今季開幕直前に宣言したJリーグの大東和美チェアマン。
プロサッカーの“キックオフ”は、一競技の普及促進にとどまらない役割を果たしてきました。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2012年5月9日付掲載
Jリーグの発足当初はプレーもつたない感じだったのですが、今は技術的にも格段に進歩して、選手の層も広がってきましたね。ワールドカップの決勝トーナメントにすすむまでにもなって隔世の感があります。