音楽の喜び フルートとともに

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苦悩と絶望の中で

2024-01-02 20:56:00 | ロマン派
2024年1月1日は、例年実家の母と過ごすのですが、同居の姪が熱を出したので大事をとって集まるのは中止。

いつも実家に泊まりに来る長男は、帰れなくなったので、こちらが栗東の長男宅へ

4階の長男宅から近江富士が見えます。

近所の居酒屋でランチ。800円でこの量。

さばかつ定食も1000円すこし。

次男が「近所に日本で唯一のきのこの神社があるらしいよ。」
というので、初詣に行きました。

「菌」神社と書いて、くさびら神社と読みます。
小さなお社ですが、637年に建てられた本殿は

市の指定文化財です。
飢餓に襲われた時に住民がお参りすると、一夜にしてきのこが生えて、飢えから人々を救ったと言われているそうです。
現在の本殿は1691年(元禄時代)の再建だそうです。

夜は母がくれたふぐでお鍋。
一人暮らしで道具も無いので、古いカセットコンロや、野菜とお鍋を買って行きました。

うちで飼っているクワガタの卵が入っている菌糸ビンに秋から冬にかけて次々ときのこが生えています。

これはヒラタケと言って戦前はしめじの代わりに食べられていたそうです。

これを持っていって、ふぐ鍋に入れて食べました。
香りはしめじには叶いませんが、食感はコリコリしていて美味しいです。

夜になって地震が思ったより深刻な被害であることがわかってきました。
火災もあるようです。

とても心配です。
被害が少しでも少なくありますように。

こんな時に何を書けばいいのか?どんな音楽も本当に力がありません。
しかし、勇気を振り絞って、苦悩し、絶望した時に聴くと元気が出る一曲に選ばれている曲をご紹介します。
みなさんがどうかご無事でありますように…。

ピョートル チャイコフスキー(1840-1893年)ロシア帝国ヴォトキンスク生まれ、ロシア帝国サンクトペテルブルク没

1880年、「弦楽セレナーデ」op48を作曲しました。

1876年「テンペスト」を聴いて感激したナジェスタ フォン メック夫人
鉄道王カール フォン メックの未亡人、1876年夫の死後、多額の資産を受け継ぎました。
は、以来チャイコフスキーに年間6000ルーブルの資金援助を14年間続けました。
その間彼女とチャイコフスキーは一度も会わなかったと言います。

そのメック夫人に「弦楽四重奏」を捧げました。

1877年チャイコフスキーはアントニーナ ミリューコヴァ(1848-1917年)と結婚します。

チャイコフスキー25歳、 アントニーナ16歳の時に共通の友人に引き合わされました。
チャイコフスキーは覚えていませんでしたが、アントニーナは彼を思い続けていました。

再会はモスクワ音楽院にアントニーナが入学した頃で、チャイコフスキーは教授の1人として出会いました。

アントニーナは経済的な理由で卒業を断念しました。
その2年後28歳と37歳のときに、彼女から2回の手紙をもらい、チャイコフスキーは彼女に求婚し、1ヶ月後二人は結婚しました。

アントニーナは結婚生活を下記のように書いています。
「気付かれないようにこっそりと見ては、彼にすっかり見とれるのです、特に朝のお茶の時間には。とてもハンサムで、優しい瞳は私の心を溶かしました。彼は私の人生にそんな新鮮な空気を吹き込んでくれたのです!私はただ彼を眺めながら腰かけ、思うのです。『神よ感謝します、彼は他の誰でもなく私のもの!今や彼は私の夫、誰も彼を私の元から連れ去ることはできない』」

しかし、チャイコフスキーは6ヶ月で、モスクワ川に飛び込み自殺をはかります。

弟やルビンシュタインを仲介してアントニーナに結婚生活を続けられないことを伝えようとしていますが、失敗。

10月になって彼は、突然、彼女の元を去り、二度と帰りませんでした。

アントニーナは親戚や友人たちがチャイコフスキーの才能が結婚で枯渇すると吹込み、陰謀により引き裂かれたと思って生涯を過ごし、最後の数年は精神病院で過ごしました。

チャイコフスキーは、各地を転々と過ごしました。
古い伝記作家達は弟や友人たちの証言を取り上げ、結婚がうまくいかなかったことを、アントニーナに原因があったと言い募っていますが、現在では、チャイコフスキーはゲイで、女性と関係を持てなかったのに、当時の社会的プレッシャーで、結婚してしまったことが悲惨な結婚の原因ではないかと言われています。

そんな苦悩とどん底の数年に、決して会うことのない年上の女性に感謝を込めて作られた
『弦楽四重奏曲』op48
メック夫人に
「強い内的衝動によって書かれたもので、だからこそ真の芸術的な価値を失わないものです」と書いています。