風そよぐ部屋

ウォーキングと映画の無味感想ノート

79回ピースボート、アテネ(ピレウス)

2013年08月31日 | 79回ピースボート
4月30日(火)
ポートサイトを出ると、時計を1時間進ませました。
  
5月1日(水)
このクルーズも早くも、一月がたちました。
今朝、目覚めると、のどに違和感があり、声枯れしていました。
昨夜寝ているとき、少し寒さを感じ、シーツを出して掛けました。風を引いたのかもしれません。
今日もGETが無いので一日運動を止め、本を読んだり、4日からのパリ旅行の荷物の準備をしました。
荷物は、最小限にしました。小さなスーツケースに収まりそうです。
日本から、コインユーロを入れた財布を持ってきたはずなのにいくら探しても見当たりませんでした。
昼過ぎ、ギリシャのピレウス港沖に着きました。
 
  
今日はメーデー、アテネの船員組合がストライキをしているので、港に入ることが出来ず、港沖に停泊しました。
『アウシュビッツに行くツアー』だけが、昼過ぎ小舟でピレウス港に向かいました。


5月2日(木) ピレウス(アテネ港)
いよいよギリシャ・ピレウス入港しました。朝4時頃、船のエンジンの始動音で目が覚めました。
  
 
 
しかし、パイロットが入船し、着岸したのは予定より1時間以上遅れた8時でした。約1時間後、上陸許可が下りました。
ピレウスの帰船リミットは15:00です。
私は、ツアーは申し込まず、新アクロポリス博物館だけに行こうと決めていました。
前回アテネに来た時、新アクロポリス博物館はまだ完成していなかったからです。
GETの仲間一人が、同行したいというので、一緒に出かけました。
また、武陵源ツアーで一緒になった友人3人がメトロの切符の買い方を教えてほしいというので、駅まで同行することになりました。
タクシー乗り場でタクシーを待っていると、駅まで一緒に行きたいという女性二人がいたのでタクシー2台に分乗し駅に向かいました。
しかし、タクシーの運転手は、ピレウスの地下鉄の駅までは近すぎると乗車拒否しました。
私は、メーターでは無く少し高くても良いと思ったのですが、同行者がいるのでそうも行かず、言い争っていると、
警官が来て、拒否するなと言ってくれました。
運転手は、メーターを倒さないので、メーターを倒してと言うと、5ユーロだというので、OKしました。
降りるときチップ代を含めて6ユーロ払いました。
ピレウスの地下鉄駅は、地下では無く、全くの地上駅なので間違ったかと、何人かに確かめると、やはりそうでした。

だんだん5年前の記憶がよみがえって来ました。私は、5年前ピースボートでギリシャ・ピレウスを訪れました。
船の故障や、設備不良などでピレウスに数日間停泊し、私はアテネの町をかなりくまなく歩くことが出来ました。
今回は、数時間だけの滞在ですから、前回建設中で見ることの出来なかった、新アクロポリス博物館だけに絞りました。
アテネの地下鉄線は1号線、2号線、3号線の三本だけです。でも、私は乗る電車を間違えてしまいました。
一度改札を出てしまっても90分以内ならもう一度乗れるのですがあわてていたので、切符を買い直しました。
アクロポリ駅の地上に出ると、目の前に新アクロポリス博物館が目に入りました。

目の前は、アクロポリスの丘・パンテノン神殿です。

5年前は、まだ未完成でエキジビションだけで、入場も無料で、入り口は地下鉄の出口の真ん前でした。
が、完成した博物館のチケット売り場は、右に大きく迂回し、ちょうどアクロポリスの丘・パルテノン神殿の裏側でした。
チケットは5ユーロで、私は、少し安すぎるなと思いました。ボリュームのある国立考古学博物館と比べてはいけないのですが、
アクロポリスの冠が付いた博物館としてはやはりボリューム不足で、展示物も、痛みがひどくまた種類も少なかったです。
しかし、ガラス張りの通路の下は、遺跡で、古代にタイムスリップしたような興奮を覚えました。
  
 
写真撮影が出来る3階は、残されたパーツが少なく多くが修復されたものでした。[1、2階は写真撮影出来ません]
でも、パルテノン神殿の上部を飾るレリーフや壁の雰囲気は伝わって来ましたし、ガラス越しに見えるパルテノン神殿の風景は良かったです。
 
 
 
 
 
 
帰船リミットが午後3時なのであまりゆっくりは出来ないので、大急ぎでした。小一時間ほど見て、帰路につきました。
博物館前の緩やかな坂を少し下るとアテネの最大の繁華街アマリアス大通りです。
するとアドリアノス門が目に入ってきました。 振り返るとアクロポリスの丘が見えます。
  
その門をくぐると、ゼウス神殿です。入り口はちょっと遠いので、塀の外から写真を撮りました。
 
アマリアス通りを約1kmほど先のシンタグマ広場に向かって歩きました。
右にザビオン公園、国立庭園があります。         ローマ時代のバス遺跡
  
途中、英国教会、ロシア教会などを左に見ながら、緩やかな坂を上りました。
  
無名戦士の墓、国会議事堂、シンタグマ広場はあっという間でした。
 
当初14時だった帰船リミットの時間が、着岸時間が遅れて15時になったのですが、
昼を過ぎると日差しも強くなるので、あちこち寄り道をしないで道を急ぎました。
12時過ぎ頃地下鉄シンタグマ駅からメトロに乗り、ピレウス駅に向かいました。
ピレウス駅は地下鉄1号線の終点なので乗り過ごしの心配が無いのでリラックスでした。
ピレウス駅から船まではだらだら歩いて30分ほどなので、もう心配はいりません。
  
   
 
船上からアテネ市内を見ました。
 
  
  
午後の日差しは、肌に突き刺さるほど強いです。
それでもゆっくり歩いたので、大汗はかきませんでした。
1時過ぎ船に戻り、船でちょっと味気ないハヤシライスをおかずにきんきんに冷えた500ccのビールをゆっくり楽しみました。
たった500ccなのに少し酔っ払ったので一缶で我慢しました。
15時の帰船リミット間際は、一挙にツアーが帰って来たので、入船手続きに炎天下、30分も行列したそうです。
観光スポット満載のギリシャ・アテネがたったの半日では、多くの人には、不満が残ったことでしょう。
私は、メトロの乗り間違いはしましたが、アテネの町歩きをほんの少しですが味わうことが出来楽しかったです。
狭いアテネの町ですが、4、5日滞在してのんびり町歩きを楽しみたい町です。
古代ローマ時代、カエサルとポンペイウスは対立し一大決戦を迎えていました。
ポンペイウスの根拠地はギリシャ・アテネでした。両雄は、アテネの地では戦いをしませんでしたが、
古代ローマの両軍人がこの地にいたのかと思うと町を歩いても楽しくなりました。
夕方涼しくなり、私は酔いも冷めたのでアテネの町を遠くに見ながら甲板をゆっくり小一時間ほど歩きました。
前回アテネを訪れた時のブログ1はここ、 前回アテネを訪れた時のブログ2はここ
5月3日(金)
私は、この日は特別の予定は無く、明日からこのツアーを一時離脱して行くフランス小旅行の準備をしました。
荷物は最低限にしました。昼過ぎ、一時下船についての案内の書類が来ました。この書類かなり面倒です。
第一に、有料サービスの精算が必要です。預けてあるパスポートの受領、チェックアウト(=再乗船時に必要な乗船券の受領)、
「一時下船中の連絡方法の書類」などの手続きが必要です。
その他「一時離脱手配手数料」が約1万円ほどかかりました。
明日からいよいよ下船し、パリ小旅行が始まるからです。
あまり欲張らず、セーヌ川クルーズとレンタ自転車を使っての観光と、2、3のパリ近郊の町を電車で訪れる予定です。
また、ヴェルサイユ宮殿はまだ訪れたことが無いので行きたいと思っています。
心配は、ルアーブルでの合流です。帰船リミットは、おそらく20時だろうと思います。
電車は、パリ発14:50、ルアーブル着16:55の予定なので何事も無ければ全く問題はありません。
  
   [ピレウス終わり]

 


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