まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

西国四十九薬師めぐり~赤穂御崎の日の出

2021年02月23日 | 西国四十九薬師

2月21日、6時20分に赤穂ロイヤルホテルを出発する。今回は急に思い立って(割引プラン)の利用で、遅い時間のチェックイン、早朝のチェックアウトで申し訳なかったが、またゆっくり利用したいところである。

向かうのは赤穂御崎。ホテルからは3キロほどのところ。赤穂に泊まったからこそ朝に訪ねることができる。

着いたのは伊和都比売(いわつひめ)神社。海に向かって鳥居が建つ。遅くとも平安時代には記録があった由緒ある神社だが、長く海上の岩礁に祀られていたのを現在の地に移したのは赤穂浅野家の初代藩主・浅野長直とある。ちなみにその孫で三代藩主が、忠臣蔵の元となった松の廊下事件を起こした浅野内匠頭。

神社の横を抜けると海岸に出る。この時間を選んで赤穂御崎に来たのは、日の出を見るためである。赤穂御崎は日の出の観賞スポットとして知る人ぞ知るところで、私も初めてだがそれなら日の出を見ようと思う。現地泊ならではの楽しみである。

果たして何人かの人が日の出を待っている。三脚を立てている人もいる。今年はどうだったかはともかく、例年なら初日の出となると大変な人だかりなのかなと思う。周囲の岩礁、遠くの家島諸島の島影が景色にアクセントを与える。

大石内蔵助の名残の松というのがある。赤穂を開城し、仇討のために江戸に向かうためにここから舟に乗った際、名残を惜しんで眺めたとされる松である。そうか、内蔵助らはこの先赤穂に戻ることはなかったからな。もっとも当時の松は枯死して代替わりしているという。

こうしたソファーも置かれている。ゆったり座りながら日の出を見ようという展望席だ。

この時季の日の出は6時40分前後。もうすぐだ。

遠くの霞から少しずつ昇ってくる。

これだけはっきり、しっかりした日の出を見るのも久しぶりのことで、うなるばかりである。赤穂は忠臣蔵だけでも塩だけでもなく、また工業だけでもないこうした朝日のある町だと実感した。

朝7時、高速に乗る前にせっかくなので市街中心部にもむかう。やって来たのは赤穂城大手門跡。復元とはいえかつての姿をもっともよく伝えるスポットである。忠臣蔵の映画やドラマでも、城内や屋敷のシーンはスタジオや他の城の外観が使われるが、赤穂城の大手門については実際のこの景色でロケをするのだとか。

そして大石神社へ。朝早くに参拝するのは初めてである。まずは門前に並ぶ四十七士の像のお出迎え。

神門は神戸の湊川神社から移されたもの。楠木正成と四十七士の「忠臣」つながりである。個人的にはそうした思想、戦前の教育、価値観はちょっと受け入れがたいところがあるのだが。仕える人のために懸命に働くのはよしとしても、それを国家の全体主義の象徴のように言われるのがどうかと思う。

まだ神社の人が境内を掃き清め、地元の人が毎朝の習慣のようにお参りするくらい。上に書いた難しいことを意識するほうが考えすぎなのだろう。ともかく、手を合わせる。

早朝なので史料館や宝物館は開館前だが、今回城跡から神社に回ることができてよしとする。西国四十九薬師めぐりに忠臣蔵が出るとは思わなかった。

赤穂前泊に結構なプラスを得て、これから目的の札所めぐりである。山陽道の赤穂インターから乗り、姫路から播但道、福崎から中国道と乗り継ぎ、滝野社で下車。これまでとは逆方向からのアクセスで、まずは西国三十三所の播州清水寺に向かう・・・。