まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第21番「花山院」~西国四十九薬師めぐり・31(納経して住職の歓迎を受ける)

2021年02月26日 | 西国四十九薬師

花山院に到着。仁王門をくぐり、石段を20段ほど上がると境内に入る。

そこでまず目に入るのが、「先に本堂へお参りしてから納経所に来るように」との立て札である。後でも触れるが、この花山院は「納経」ということについてはこだわりというか、本来の意味を大切にする寺院である。この札があるのは、寺に来たらいきなり納経所を訪ねて朱印だけもらおうとする人への注意である。やはりまず手を合わせるのが先だと。

今回花山院に来るにあたり、寺院のホームページをチェックしていた。その中で、当寺の山本光洋住職が2020年に本を出版したとある。「巡礼の鑑」という一冊で、巡礼の真の目的や、納経の意味、般若心経の「真説」などについて触れられている。かねてから寺で出している法話集を元に書籍化したそうだ。せっかくなので事前にアマゾンで購入して読みかけていたが、まだ途中である。

さて、順序に従ってまずは花山法皇殿に向かう。十一面観音を真ん中に、こちらから見て左に弘法大師、そして右に花山法皇の像が並ぶ。お堂の扉が開いており、外陣の畳に座ってお勤めとする。

続いて、奥にある薬師堂に向かう。こちらが今回の目的である西国四十九薬師めぐりの本尊である。花山院は花山法皇が余生を送り、御廟もある寺だが、法皇が開いた寺ではない。先ほどの播州清水寺と同じく、6~7世紀にかけてインドからやって来たとされる法道仙人によって開かれたところ。このブログの札所めぐりシリーズで何度も登場する仙人で、摂津から播磨にかけての多くの寺の縁起に関わっている。その法道仙人がインドから来た時に乗っていたとされるのが牛頭天王で、その本地仏が薬師如来であることから、寺としては薬師如来が本尊という位置づけのようだ。こちらはお堂の外からお勤めとする。

奥には7体の地蔵像が並ぶ。それぞれの地蔵が左手に役割を象徴するものを持っており、右手を差し出している。右手で握手してご縁を結び、願い事を頼むとある。これまで多くの人が握手しており、銅像の右手もだいぶつるつるになっている。

そして花山法皇の御廟へ。若い頃は身の上にいろいろなことがあり、皇位を追われた藤原氏への怒り、恨みもあったことだろうが、西国三十三所の巡礼、修行を通し、またこの三田の地で過ごすうちに自分の中で相手を許す気持ちが出たという。後に都に戻ることになるが、この地で過ごした日々は忘れがたいものだったことだろう。

ここまで一回りして、納経所に向かう。

花山院の納経所については、「うるさい」「気難しい」「怒られる」という記述がネット上で見られる。かくいう私も初めて来た時にそのような情報に接していたのだが、実際に来てみて、またその時いただいた「巡礼者への法話」というパンフレット、さらに現在読んでいる「巡礼の鑑」に収められている住職の考え方に触れて、なるほどなと思わせるものである。要は「納経」「朱印」の本来の意味を知ってほしい、またそれを知らしめるのが寺の役割だということから来ている。

言われているのは、納経は字のごとく「写経を奉納すること」。私もお堂では読経にてお勤めとしているが、本来すべきなのは写経である。寺はその写経に記載された名前や願い事を読み上げてお祈りをする。そのお布施が納経料で、決して朱印や揮毫の代金ではないとしている。だから納経帳も本当の意味は納経の証の印をいただくもので、参拝記念とかコレクションのためという意味ではない・・ということ。また納経帳はどうしても揮毫に目が行きがちだが、朱印は単なるスタンプではなく本尊そのものであり、中に記された梵字の意味も理解してほしい(特に先達と呼ばれる方は・・)としている。

もっとも、写経を奉納しなければ納経帳に朱印、揮毫はしないぞということはなく、そこは「巡礼者への法話」を渡して、せっかく来ていただいた方にこの機会に納経の本来の意味を知ってもらおうという対応をしている。

だからというわけではないが、今回、花山院に来るにあたって般若心経の写経を1枚持参した。納経所に着くとまずそれを差し出す。寺の人は、「わざわざご丁寧に・・」と写経を押し頂いた後で、最後の名前の読みを確認する。住職が供養する時に読み違いがあってはいけないからだという。

そのうえで朱印をいただく。この先、私もコレクションをしているようでいやらしく見えるかもしれないが、西国四十九薬師めぐりのバインダー式の朱印をいただく。こちらは書き置きのものだが、朱印が写経を奉納したその証だと言われれば、必ずしも直筆ではなく書き置きでもその効力には変わりない・・・となるのか。

そして、これまでは番外ということで避けていたが、西国三十三所の先達用納経軸も書いてもらうことにする。文字は「花山法皇殿」である。こちらは先に写経を奉納したからではないだろうが、前回もそうだったが寺の方の応対も実に丁寧である。

寺の人は「昨年住職が本を出しましてねえ・・」と、先ほど触れた「巡礼の鑑」について触れる。なので「私も先日アマゾンで買いました。まだ読んでる途中なんですが・・」と、その一冊を見せる。すると「もしよかったら、ちょうど住職いますんで、サインさせてもらいましょうか?」と。「ちょっと待ってください、呼んできますんで」と、何だか恐縮である。

しばらくすると山本住職が隣の窓口に姿を見せる。もちろんお会いするのは初めてで、眼鏡をかけてキリッとした表情である。「わざわざありがとうございます」と、こちらこそ恐縮である。先ほどの写経の末尾に書いた私の名前を見ながら、筆を執っていただく。「あ、アマゾンで買わはったら、正誤表渡しときます」と小片をつけてくれる。確かに文中に読みにくいところがあったのだが、それは誤植だったのね。

「この本に私が籠めた思いは、『はじめに』にまとめられてます」という。

「戦争などがなくて本当に世の中が平和でありかつ天災などの被害がないこと、自らの身体も健康であり、経済的な余裕と時間的な余裕がなければ巡礼などできません」

「このような条件が整った人だけ巡礼をしたら神仏から救って頂けるとか、また何らかの御利益を受けることができるとするなら、あまりにも不公平ではないか」

「ある霊場などでは、この時期にお参りをすれば御利益が何倍もあるとしていますが、それが真の巡礼なのでしょうか」

これらの思いから、人間と神仏の関係とは何か、巡礼とは何かという思いで法話集をまとめた一冊という。まず、こうやって巡礼ができることへの感謝の気持ち、ただ、何回巡礼したから偉いとかそういうものではない・・・ということ。それこそ西国三十三所のように、何巡したかによって階級をつけるというのはもってのほかと言わんばかりだ(先日、さらに上の階級ができたばかりだが・・)。花山院はかつて西国三十三所の札所会を脱退した歴史があったそうだが、住職のこうした考え方によるところかなと改めて思う。

また住職お薦めのポイントとして、アメリカの脳神経外科医であるエベン・アレグサンダー氏の臨死体験を基にした「ブルーフ・オブ・ヘブン」、「マップ・オブ・ヘブン」との出会いを挙げた。脳神経外科医といえば、意識、心という作用は脳が作り出すもので、人が死んで脳が死ねば全てなくなり、あの世などないというのが基本的な考えである。しかし彼が臨死体験をする中で、あの世や天国は実在するものだと確信し、それを科学的に証明する・・として出したのがその著作である。山本住職はこの本に出会って、般若心経の色即是空の真理を理解することができたという。

「般若心経の解釈もいろいろ出てますが、どうしても文字から理解しようとするんです。そうやなくて、スピリットの面から般若心経を理解しようと。もっとも科学的な脳神経外科医が般若心経の真髄に通じていたというのが面白くて」と。

住職の思いをありがたくいただき、一冊をじっくり読むことにしよう。

納経所を後にして、有馬富士からその先の景色を見る。遠方には薄らとではあるが明石海峡あたりを望むことができる。

この景色を見ながら、次の行き先を決めるサイコロである。納経の意味、巡礼の意味に触れたばかりではあるが、これも回り方、ご縁である。

1.高野山(龍泉院、高室院プラス西国3番粉河寺)

2.湖東(西明寺、桑實寺、善水寺プラス西国31番長命寺、32番観音正寺)

3.阪神(久安寺、昆陽寺)

4.橿原・名張(久米寺、弥勒寺)

5.大阪(四天王寺プラス西国22番総持寺)

6.丹波(達身寺、長安寺、天寧寺)

・・・ここでのサイコロは、「6」。丹波である。このところなぜか兵庫県の西側が続く。長安寺と天寧寺は京都福知山だが、両府県にまたぐ丹波シリーズである。またどうやってアプローチするか、考える楽しみが出てくる。

花山院を後に、今度は急な下り坂となった参道を駆けるように下りる・・・。

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