ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

今日の風、なに色?

2009年06月08日 | 音楽とわたし
辻井伸行さん、本当におめでとう!
ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールでの、日本人としては初めての金賞受賞です。
彼のことは、小学生だった彼がショパンのワルツを見事に、力強く、繊細に、一音一音に歌がある演奏をするのを、ビックリ仰天しながら見た覚えがあります。

つい先日、偶然にも、前回のヴァン・クライバーンのコンクールに残った上位入賞者達が、勝ち進んでいく様子をドキュメントで撮った映画を見たところでした。
あの切迫した緊張感、とてつもない重圧感に、なにがなんでも負けるわけにはいかない演奏者達の、歯ぎしりの音が聞こえてきそうな闘いの様子を見て、
やっぱりここまで来られる人達は、ただ人よりうまいとか、環境が恵まれているとか、練習をたくさんしたとかいうことでは済まない、特別な能力と、それを逃がさない努力と、感性と根性と、そして支えがあるのだとしみじみ感じました。

今回の、全盲の若きピアニストが一位に選ばれたことは、いろんな人達にいろんなことを考えさせるいいきっかけになったと思います。
わたしも今日は朝から、気がつくと彼のこと、目の見えない人がピアノを弾くということ、それも、世界の頂点に立つということをずっと考えていました。

彼はこの世の光を見たことがありません。すべてはご両親の言葉から、そして触った感じ、舐めた感じなどから、自分の世界観の中で想像した形です。
とにかくなんでも知ってもらいたくて、バナナは黄色、りんごは赤色などと教えていたおかあさんに、幼い伸行さんはこう言ったそうです。
「じゃあ今日の風、なに色?」

これを読んでじーんとしました。そして、彼の作曲した『川のささやき』を聞いて、彼の世界の豊かさを実感しました。
おとうさんに隅田川に連れていってもらった時の思い出を音にしたというその曲は、懐かしさと嬉しさとがコロコロと混じり合って流れている水の流れそのものでした。彼の世界の中に流れる川、それはわたし達が見るどの川とも違う、彼の川です。

同じ楽器を弾く(といっても、彼とは全く比べものにもなりませんが)者として、あの鍵盤の距離感覚には感嘆してしまいます。
最初っから見えてないんだから、と言ってしまえばそれで終わってしまうのだけど、わたしのような凡人の想像の域を超えてしまっています。
そして暗譜への努力と根気と、その記憶を持続させるための毎日の練習、それを思うだけでクラクラしてしまいます。
また、彼の歴代の先生方、そしておかあさんは、彼のピアノを支え続けてこられました。その忍耐は言葉に表すことができるようなもんではなかったと思います。
それだけではなく、彼に過酷な練習を強いるのではなくて、自由に好きな曲を弾かせてあげる方法を取られたというのを読んで、
ピアノを教える立場の者として、ちょっと歩みを止めて考えるヒントをもらったような気がしました。

今回のコンクールの審査員から非公開に、彼が選ばれたのは純粋に彼の音楽が評価されたからだ、というコメントが出たそうです。
最終予選に加わるオーケストラの指揮者ジェームズ・コンロン氏は、ピアニストとオーケストラの間に立って、非常に公平に、冷静に意見を伝え、なによりも一番に、ピアニストがのびのびと演奏できるように気を配ってくれる素晴らしい音楽家です。
彼もまた、辻井さんの音に対する純粋な情熱と、計り知れない能力に、指揮をしながら全身に鳥肌を立てたひとりでもあります。

目が見えない→暗闇、と連想するのはわたし達であって、彼には暗闇というもの自体が存在しません。
彼が感じる無数の色は、彼の指先からピアノの鍵盤に伝わり、ホール全体の空間に注がれていくのです。
その色彩のシャワーを心地良く浴びながら、彼と一緒に、彼が奏でる音を楽しむことができる観客は、本当に幸せな気持ちになれると思います。

ラッキーなことに、彼はアメリカの聴衆がとても気に入ったようで、またきっとアメリカに戻ってくる、と宣言してくれたそうです。
カーネギーに来てくれたら、絶対絶対行こう!と心に決めながら、またもう少しYouTube巡りをしようと思います。


追伸

高校生だった伸行くんに、ある日おとうさんはこんなことを聞いたそうです。
「もし一日だけ目が見えるようになったらどうする?」
すると伸行くんはこう答えたそうです。
「べつに目が見えなくてもいいけど、そうだな、もし一日だけ目が見えるようになったら、僕はおかあさんの顔が見たい」

コメント (4)
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It's a Small World!

2009年06月08日 | ひとりごと
明日ですねえ、ほんとに来ましたねえ、いえね、ちょっとビビってますよ旦那、マジでほんまに家なんか買うてしもて大丈夫かなあって今頃ブツブツ言ってます。

さて、その家の売り主側のエージェントは、ずっと長年住んでいた女性の孫娘さんでして、とどのつまりは、遺産として受け継いだ娘の娘さんです。
彼女(スーエレン)はとても気さくな人で、今までにも何回か会っていろいろと話をしてきました。
先週の火曜日に、先日売れた隣りの土地の芝刈りをするってんで、我々もそれに便乗して、家の一階の床直しのための見積もりをしてもらったのですが、
なんとなくまた家の中に入って、いやあ、いよいよだねえ、なんて話をしていた時に、
「あ、そりゃそうと、最近ジェームズって男性から電話がかかってこなかった?」と、スーエレンから突然聞かれました。
「いいえ」と答えると、「絶対に近々かかってくるからね。そしたらそれはわたしの叔父だから、怪しい者じゃないから安心してね」と言ってケタケタと笑い出しました。
なんのこっちゃと思いながら、旦那とふたりで彼女が笑い終わるのを待っていると、
「あのね、こないだ叔父がうちに来てね、そりゃもう嬉しそうに、おい、息子達のピアノの先生を見っけたよ。それがさあ、めちゃんこいい先生らしくて……」
と、それから延々と上機嫌で、その、まだ会ってもいない、けれども息子の友達の父親から評判を聞いて、すっかり気に入ったピアノ教師の話をし続けたそうな。
「んでもってさ、その彼女、モントクレアに住んでんだけどさ、近々引っ越すらしくて……でも、そんなに遠くじゃないって話だし。あ、名前が変わってんだよ、ちょっとドイツっぽいスペルでさ、あんまりないよね○○ってのは」
その○○を聞いた彼女、胸をドキンとさせながら、「ねえねえ、ファーストネームは?」と聞いたそうです。すると……ぴったんこ、わたしの名前でした!
「ちょっとちょっと叔父さん、今度、あなたのお母さんの家を買った人が、まさにその人だよ、きっとそうだよ、だって名前も一緒だしピアノの先生だし」
もうそれから大いに盛り上がり、孫の8才の双子の坊や達は、おばあちゃんのお家に行くんだ~とピョンピョン跳ねて喜んでいたそうです。

そして今日、明日の契約日の時間が重なってしまうってんで、日にちを変更させてもらった隣町に住む生徒さんの家に行ってきました。
最近リストラされてしまって家で主夫をしているお父さんが、3人の子供達の世話をしています。
少し前に、近所に住む息子の友達兄弟が、ピアノの先生を探しているというので、そのお父さんがわたしのことを紹介してくれていました。
そろそろ連絡が来るはずだと聞いていましたが、この時期、長い夏休みなどがあるため、秋に入ってから習い始めたいと思う人も少なくないので、
向こうの都合もあるだろうし、まあ、向こうから連絡が入るまで待った方がいいと思っていました。
そしたら今日、
「まうみ、まったく世界はちっちゃいよ。びっくりしたよ。あの、僕が紹介した兄弟、実は双子なんだけど、まうみが明日買う家の孫だったんだよっ?!」
「えぇ~!!その彼らはあの彼らだったのかぁ~!!」

なんという縁。なんという偶然。とても楽しくなりました。
どっちもピアノを習うのは初めてという坊や達です。会うのが楽しみだなあ


これは付け足し。
今日、とうとう、ドタキャン女王の大人の生徒さんに、柔らかく穏やかに、けれどもきっぱりと、三行半を突きつけさせてもらいました。
例の、先週行くと、きれいにコーティングした爪をヒラヒラさせながら玄関先でキャンセルした女性です。
昨日の今日、先週の今週、今日は大丈夫だろうと思って行くと、今度は姿が無かったのでした。
英語の話せない掃除婦さんが出てきて、とにかくわたしの名前を覚えてもらって、来たことだけを伝えてと言っておきました。
半時間ほど経って「ごっめぇ~ん!またやっちゃったぁ~!あのね~、息子が急に学校休んじゃってね~、それですっかり忘れちゃってぇ~」ということでした。
わたしは静かに、「あのねキャロル、ピアノを通じてあなたとわたしはつながったのだけど、こういう状態の関係はとりあえず一度切った方がいいと思う。多分あなたの暮らしの中に、まだピアノという物事を加える余裕が無いのだと思う。ちゃんと整理して、ちゃんと考えて、やっぱりどうしてもやりたいと思ったらまた連絡して」と言って電話を切りました。
ちょっと辛かったけど、気分はさっぱりしました。これでもう、毎週のように、どうだろうか、大丈夫だろうかと心配しなくてもよくなりました。
そして、そういう彼女から勧められた、同じような感じのひとがまた生徒になる、という恐れも無くなりました。

さあて、明日はとうとうのとうとうの日です。
朝の10時に、『これを本当に買います式』があります。我々が、ふたりのエージェントの立ち会いのもと、家の中、周りをぐるりと一回りしながら、いろんな所をチェックしていき、本当に買おうと決めます!、と宣言をする式だそうです。
それから4時間後に、今度は双方の関係者皆が集まり、契約書にサインし、家の鍵を渡してもらいます。ちょっとドキドキしています
コメント (8)
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