ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

EVO 2013

2013年07月14日 | 家族とわたし
「この曲、僕が車から降りてから聞いて」

そう言い残して、次男くんは、車から降りて荷物を取り出し、空港の入り口に向こて歩いてった。



物語の始まりはそう、
成す術の無い僕らが主役。
白いライト当てられて、
期待を背負って、
「頼むぜ我らがスラッガー。今日はどうした、未だノーヒットノーラン」

一番前で見ている人の目。
その想いは、僕を焦らせて、
高鳴る心の背中につかえる。
タメ息に勇気かき消されても、
「まかせろ」なんて言う。

だけど、

ライトからすぐ逃げたいよ。
打てるかな。
打てなきゃノーヒットノーラン。
スラッガーだって怯えるんだ。

好きな時に、好きな事をして、
時々休み、
また適当に歩き出していた。
それがいつの間にか、
誰かに何か求められて、
誰にも甘えられない。

ライトからすぐ逃げたいよ。
だけど僕はスラッガー。
ノーヒットノーランのままじゃ、認められない。
そんな僕は、存在しちゃいけない。

願わくば、怯える自分に、
逃げ場を与えてあげたい。
願わくば、誇れる自分と、名誉とライトが欲しい。
僕に、なにが残るんだろう?
臆病な僕に、なにができるんだろう?

ライトがまだ足りないよ。
「ボクはスラッガー」
もっと思い込ませてくれ。

物語の始まりはそう、
成す術の無い僕らが主役。
白いライト当てられて、
期待を背負って。
「頼むぜ我らがスラッガー」
「まかせろ!」と、僕は胸をたたく。

この手よ、今は震えないで。
この足よ、ちゃんとボクを支えて。
白いライトあてられて、
怯えないように、
帽子を深くかぶり直し、
不敵に笑うスラッガー。

普通に生きてりゃ誰だって、
ライトを浴びる日は訪れる。
そんな時、誰でも臆病で、
皆、腰の抜けたスラッガー。

ノーヒットノーラン。
誰かにそれを知ってほしいから、
「まかせろ!」って、僕は胸をたたく。


Evolution 2013 Tournament。
通称EVOと呼ばれる、ゲームの世界では一番有名な世界大会。
毎年一回この時期に、ラスベガスのホテルで行われる。

ゲームに熱中する子どもと、そんなものに熱中せんと、もっと違うもんに取り組んで欲しいと願う親。
うちもそうやった。
小学校の時から、スポーツならなんでもそこそこにうまくやり、ピアノもけったいな方法で始めてみるみるうまくなり、
その後も、ちょこっとトライしたらすぐにうまなる様子を見て、よけいにゲームをやめさせとうなったわたし。
いろんな制限を作ってみたり、ルールを作ってみたりしたけど、どれもこれもうまいこといかんと、
11才の時に渡米というおっきな変化があったから、今回こそはと期待したけど、それも無く、
結局は、こっちでも、みるみるうちにゲーム仲間ができて、毎日のように、でっかい男の子らが、レバーやボタンのついたケッタイな箱を抱えてやって来た。

そんなある日、このEVOに出場するためにと、ひとりで飛行機に乗ってラスベガスに行った次男くん。
わたしはその時も、文句タラタラ言うてて、ホテルで財布を盗まれたという知らせを聞いて、ほれみたことか!などと叱ったりした。

次の年もまたEVOに行くと言う次男くんを、もう行かんとき、と言う気力も無いまま見送った。
けどもいっぺんぐらい、どんなことやってるんか観といてもええなという気になって、旦那とふたりで四苦八苦しながら、ネット中継を探した。
知らんかったけど、ずっと追っかけ応援をしてた長男くんが、どのサイトを見たらええのかを教えてくれた。

初めて観たその画面に、次男くんが登場した。
その彼の後ろには、2千人以上の観衆がいて、ものすごく楽しそうに、どちらかの競技者の応援をしてた。
次男くんがうまい手を披露すると、ワァ~ッという歓声が上がる。
画面の右横には、チャットのコメントが次々と流れていて、そこでも次男くんのゲーマーとしての名前が連呼されている。
この子は、これほどの人らをこんなに楽しませてる。
その実況を目の当たりにして、胸がいっぱいになった。

それと同時に、わたしはいったい今まで、息子のなにを見てたんやろう。なにを理解してると思い込んでたんやろうと、
心の底から申し訳なくなり、その気持ちをこのブログに書いた。
お詫びの手紙のつもりで。

それが、どういうわけか、ゲーマーさんらに伝わり、パーッと広がって、えらいことになった。
長男くんが驚いて、なんであんなプライベートなことを書くんと、怒ってきたりした。
わたしは、ネット世界に疎いので、こういう失敗を時々する。
けれども、このブログは、そもそもわたし自身の成長記のつもりで書いてるのやから、
こういう、反省したこと、悔やんだこと、そして、すごく感動したことがあるのに、それを書き残さんわけにはいかんかった。


その後、次男くんは、オーストラリアで開催された世界大会で優勝したりしたのやけれど、
大学を卒業してすぐに会社に就職し、それからは仕事仕事の毎日。
おまけに、可愛いガールフレンドとの時間も大切にしたい。
練習時間もめっきり減り、このまま自然消滅していくのかな、と思てたら、今年もEVOに行くと言う。

へぇ~。

「明らかに練習不足やね、今回は」

「うん、けど、試合ができることがうれしいから」

「ふ~ん……で、大丈夫?どんな心境?」

ふと聞いたわたしの疑問に答えてきたのが、「この曲がボクの今の心境」という言葉やった。

好きな時に、好きな事をして、
時々休み、
また適当に歩き出していた。
それがいつの間にか、
誰かに何か求められて、
誰にも甘えられない。

願わくば、怯える自分に、
逃げ場を与えてあげたい。
願わくば、誇れる自分と、名誉とライトが欲しい。
僕に、なにが残るんだろう?
臆病な僕に、なにができるんだろう?

この手よ、今は震えないで。
この足よ、ちゃんとボクを支えて。
白いライトあてられて、
怯えないように、
帽子を深くかぶり直し、
不敵に笑うスラッガー。

帰りの車の中で、大音響にして、何回も何回も聞いた。
胸がジーンと熱うなった。


「MarlinPie(マーリンパイ)はもう終わりンパイって言われてるで」
そんな意地悪を言いながら、ほんまは我が家で一番応援してる兄。
「あんなこと言うけど、あんたのこと応援してるんやんな」と言うと、
「うん、わかってる。あれがあのオッサンの応援の仕方やから」と弟。

けど、ほんまに、終わりンパイなんかなあ……。

トーナメントが始まった。
ものすごい人数の競技者がいる。
次男くんは、本戦で勝って、負けて、敗者復活戦で何回か勝ち、もう一息というとこで負けた。
上位32人入りは果たしたけど、それ以上には進めんかった。

まなつちゃんが、わたしのせいかなあと心配したりする。
そんなわけない。すべては彼が考えて選んだこと。心配無用。

実況中継を担当してたふたりが、ものすごく惜しんでくれた。
会社勤めが始まって、今、彼はキャリアを積んでいる。
そんなことを何回も何回も言うてた。
それはわかってるし、大事なことやけど、けどやっぱり、マーリンパイは強い人であって欲しい。
そんな思いがにじみ出ていてありがたかった。

「負けちゃいましたが、また次回」
次男くんからのメールが送られてきた。

そやな、また今度。応援するで。
コメント (3)
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