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ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

再稼働の条件整備を急ぐ国が押しつける工事に、ほんろうされる小さな島の住民たち

2014年09月17日 | 日本とわたし
この写真をよく見てください。



↑この写真は、学校の体育館の写真です。

Facebook友の長谷川ひろしさんが、詳しく書いてくださっています。
コメントとともに、ここに転載させていただきます。

↓以下、転載はじめ

またか、とちょっと気が重いのですが、(玄海)原発再稼働をめぐる「おバカ話」…。

福島事故を目の前にしてなお、原発再稼働に固執するのは、理性をかなぐり捨てていなければできない。
そうすると、することなすことすべて、合理性のかけらもなくなっていき、
できの悪い笑い話のようなことを、大真面目にやることになる…。


バスケットボールのリング下まで張り出した、折り畳み式テント。
原発の安全対策とはいえ、体育の授業に影響を与えている=唐津市鎮西町の馬渡小中学校(以下佐賀新聞記事より引用)

「原発安全対策、バスケ妨害 唐津市の島民困惑」
2014年09月15日
 
唐津市内の七つの離島で原発事故が起きた時の、一時避難所となる校舎や体育館、公民館の、放射線防護工事が進んでいる
このうち、体育館に据え付けられた防護テントが、折り畳んだ状態でもコートにはみ出し、バスケットボールなど、球技をするにも支障が出る状況となっている。
子どもたちに不自由な思いをさせる安全対策に、島民から、困惑の声が上がっている。
 
体育館は、風通しをよくする構造上、すき間が多く、被ばくを防ぐために、施設全体を密閉状態にするのは難しい。
市は業者と協議し、折り畳み式テントを設置し、災害時には空気圧を高め、放射性物質を防ぐ安全対策を選んだ
工事は、夏休み期間中に行った
 
ただ、壁に据え付けたテントは、折り畳んだ状態でも、1.2メートルの厚みがあり、体育館側面のバスケットボールのリング下まではみ出す。
子どもがけがしないように、緩衝材を取り付けるため、さらに厚みが出ている。
 
加唐、馬渡、小川の3島の小中学校が、同じような問題に直面しており、学校関係者は、
機械などにボールを当てるわけにはいかず、バスケットは難しい。
バレーボールをやるにも圧迫感がある。
授業は、今の体育館でやれることをやるしかない
」と頭を痛めている。
 
設計段階で、体育館に「出っ張り」ができることに対し、学校や島民が見直しを求めた
しかし市側は、
国が認めるのは、鉄筋コンクリートの構造物だけ。学校しか工事ができる場所がなかった」と理解を求めた。
 
離島の放射線防護工事は、通常の原子力安全対策ではなく、国の緊急経済対策で進められ、1施設当たりの事業費は2億円
既存施設の放射線防護工事は、前例がないにもかかわらず、国はガイドラインなどを示すことなく、市に事業を委託した
 
工事期限は来年3月末と迫る中、市危機管理防災課の秋山剛輝課長は、
工事のために教育に影響が出るのは心苦しい。
しかし、国が安全対策のメニューを示すのに、自治体側が蹴るというのは現実的にできない
」と、苦しい胸の内を明かす。
 
体育館のテントは四つで、伸ばすと長さ10メートル。
収容人数は計66人となっている。
ただ、人口160~400人の島民全員を収容するにはほど遠く、図書室や音楽室を二重サッシにするなど、防護対策の2期工事がこの秋にも始まる
工事期間の数カ月は、これらの特別教室が使えない、という支障が出てくる
 
ほんろうされる小さな島の住民たち
馬渡島の男性は、
学校施設は島民にとっても大切な交流の場。ほかにやり方はなかったのか。
再稼働の条件整備のために、国が急いでいるとしか思えない
」と憤る。

↑以上、転載おわり


こんなバカバカしいことを、しかも責任を取らなければならない側から押しつけられてるのに、
反対もできず、中止要請も受け入れてもらえず、不便で苦しい日常を強いられる離島の住民の方々。

こんなことばかりです。
原発も基地も、それから他のもろもろの、国が勝手に決めてゴリ押ししようとするものの本質は。
もうこんなバカらしいことを、ひとつずつ、それぞれの町や村や島から追い出していかなければ、
こんなことが永遠に、続いていってしまいます。
一見小さく見える物事のひとつひとつを、大きな問題として捉え、自分のことのように考え、抗う一歩をどういうふうに踏み出すか、
それを見つけ出そうという気持ちを、ひとりでも多くの人たちが持つことが、この国を救うきっかけになると信じています。
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さよなら五十肩

2014年09月15日 | 日本とわたし
ここ数日、部屋の中がしんしんと冷えてきて、朝晩などは、薄い冬用のコートを羽織っています。
毎年この頃は、中途半端に寒くて、だから暖房のスイッチをオンにするにはまだちょっと…という毎日が続き、風邪を引き易いので気をつけなければなりません。
でも、毎日夕方になると、とても美しい夕焼けが、空の一角を飾ってくれます。




昨日の日曜の夜に、一週間分の食材の買い物から戻ってきた次男とまなっちゃん、久しぶりにタイミングが合ったので、一緒に“アルモンデ”夕食!

見た目は悪いですが、前庭の畑から採ってきた完熟トマトの美味しさが大好評だった、モッツァレラチーズとのサンド。


まだまだ青いままのトマトが鈴なりです。寒さを乗り越えて熟してくれるかどうか…。


裏庭の畑では、キュウリの花が咲き乱れています…。
今年は、6月の終わりと8月の終わりにそれぞれ、蒸し暑い1週間があっただけの、本当に涼しい夏だったので、
キュウリもきっと、ポカンと夏を待ち続けてたら秋になってた、みたいな感じなのだと思います。


少しボヤケてしまいましたが、右側の、すっかり枯れた紫陽花は、ショーティが眠っている地面に、この夏中ずっと寄り添ってくれてた一輪です。


花は音楽や言葉が分かると、どこかで読んだ記憶があるのですが、
わたしは今や、花自身が感情を持ち、それを伝えようしているということを、強く感じるようになりました。
ショーティの最期の2週間、彼女を守るように囲んでくれていた、紫陽花の静かな優しさを、わたしは一生忘れません。




ガク紫陽花ももう終わりを迎え、


その横では、菊の花が満開間近。


タイバジルの花も満開。


そしてこちらの方々も。



今日は、YMCAの、メンバーシップ再開の手続きを取りに行ってきました。
絵に描いたように見事な五十肩を患って、早?年。
いつから始まったのかもう覚えていないぐらい前に、ジワジワと痛み出した右腕の付け根でしたが、
ゆっくりと、でも確実に、痛みが増してきてたのに、旦那に内緒にしていたので、鍼の初期治療を受けそびれてしまい、すっかり悪化させてしまいました。
いろんな治療を受け、少し良くなってはまた戻り、そうかと思うと、痛む箇所があちこちに移動したりして、
腕が上がらない、後ろに回らない、なによりも痛くてしようがない、という毎日が続きました。

それで、気功もピラテスもヨガも行けなくなって、運動ゼロの日をひたすら更新し続けていたのですが、
痛みが酷くなるのと同じぐらいゆっくりと、ピークの酷さが少しずつ減ってきて、去年あたりからは、ほぼ平常に近いまでに回復してきたので、
そろそろ戻らにゃいかんなと思いつつ、ナマケ癖がしみついてしまったのと、入会金を再度払うのがバカらしいのとで、ぐずぐずしていました。
すると旦那が、「今月いっぱいは、入会金が免除されるらしい」と教えてくれたので、もうそりゃ行くっきゃないということで…。

明日からまた、ひぃひぃ言いながら、あちこち貼り付いた脂肪に、喝を入れに行ってきます。


カエデ爺さんも秋仕様。


蜘蛛の巣も秋仕様。
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「官邸は今、本気で朝日を潰しにかかっている。産経・読売に吉田調書を流したのは官邸だ」官邸担当記者

2014年09月14日 | 日本とわたし
もう一件、同じく『LITERA』に掲載されていた別記事を、紹介されていただきます。

今回もまた『吉田調書』についてのお話です。
ただ、今回のものは、朝日の誤報についての問題ではなく、一報道機関の誤報よりも、もっと恐ろしいことが進行していることへの警告です。

そもそもの『吉田調書』は、本人の遺志で非公開にされていた、などという話になっていました。
けれども、朝日新聞の誤報も含めたスクープで、公開の方向に流れが変わっていき、政府がそのすべてを公開します、ということになったらしいのですが…。

政府から公開された吉田調書は、国の安全や個人情報、第三者の権利・利益等に係る部分は非公開。
で、当然のごとく、堂々と、黒塗りだらけの文章になっています。
日本政府の得意技です。

さらに今日、ツィッターで、黒田さんという方が、
『昨日話題の「吉田調書デジタル版」、多数の隠蔽があるね。
例えば、吉田氏の「補助冷却装置が造られていればこんな状況にはならなかった・・」という部分は、削除されているよ。
第一次安倍政権下で、安倍ちゃんが却下した、補助冷却装置の重要問題を隠蔽ね。
自民党に都合の悪い部分は、すべて削除してるよ』
という内容を、ツィートしておられました。

読売新聞や産経新聞は、こんな代物でも完全公開だー!とハシャイでいます。
新聞とはいったい、どういうことを仕事としなければならないのでしょう?
こんなふうに、手に手をとって、非難合戦をしている場合なんでしょうか?
吉田証言に書かれていたことは、ただの昔の、終った話なんでしょうか?
新聞社をはじめとする日本のマスコミが、きちんと調べ、検証し、伝えていかなければならないことが何なのか、
今この時に、この騒動をきっかけに、マスコミ全体が真摯に考え直さなければならない時なのではないのでしょうか?


上記の、黒田さんのツィートの中にもあった、補助冷却装置の設置を無用と断言した、第一次安倍政権下での、世にも浅はかで無責任な態度でもって、質問に答えていた安倍氏の答弁を、
もう一度、ここにも載せておきたいと思います。

2006年12月13日 衆議院議員 吉井英勝
巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a165256.htm

2006年12月22日 内閣総理大臣 安倍晋三
巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問に対する答弁書

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b165256.htm

1-4
Q(吉井英勝):海外では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか
A(安倍晋三):海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない
1-6
Q(吉井英勝):冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない
1-7
Q(吉井英勝):冷却に失敗し各燃料棒が焼損した場合の復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない
2-1
Q(吉井英勝):原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測や復旧シナリオは考えてあるのか
A(安倍晋三):そうならないよう万全の態勢を整えているので復旧シナリオは考えていない

この『そうならないよう万全の態勢を整えているので、復旧シナリオは考えていない』と、
オウムのように繰り返している姿を、ビデオで観た時は心底呆れ、その果てしないまでの無責任さに、強い怒りを感じました。


日本の原発は、日本のみならず、世界にまたがる利権集団、核兵器の推進亡者など、とてつもなく大きな利権にしがみつく権力者たちの思惑を、
官僚や政府が言いなりになったり、自ら率先したりして、当たり前のように、どんな手口を使ってでも、カネを湯水のように使いながら建て続けられてしまいました。
そのカネは、我々市民の、働いても働いても一向に楽にならない生活の中から、コツコツと払っている税金や電気代でした。
安全だ、安いのだと、ウソ八百を並べ立て、それをさも本当のように、広告会社と新聞テレビラジオが繰り返して垂れ流す。
それの舵取りを先頭に立ってやってたのが、自民党だったのです。

その自民党が今、長い長い間目指していたシステムの仕上げに、躍起になっています。
その様は実に異様で浅ましく、底なしの恐ろしさを感じます。

『一報道機関の誤報よりも、もっと恐ろしい事態が進行していることに、なぜ誰も気づかないのだろうか』
と締めくくられているこの記事を、ぜひ読んでいただきたいと思います。
↓↓↓
朝日誤報問題は目くらましだ!
マスコミが隠す吉田調書の恐ろしい本質

引用元:
http://lite-ra.com/2014/09/post-425.html

『周知のように、産経、読売は、何十年も前から、自民党政権とともに、原発導入の旗ふり役をつとめ、福島原発の事故後も、原発再稼働を叫んできた。
まさに、原発シンジケートの一角をなしている2 つのメディアが、
同じく、原発再稼働をもくろむ安倍政権と、ともに仕掛けた情報誘導――それが今起きている、吉田調書騒動の本質
なのだ』
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「朝日謝罪会見でハシャぐ読売・産経の〝トンデモ誤報〟集」エンジョウトオル氏

2014年09月14日 | 日本とわたし
『LITERA』という、本と雑誌のニュースサイトに、とても共感を覚える記事が掲載されていました。

『吉田調書』をめぐる、各新聞社の騒動についてなのですが、
マスコミがこぞって朝日新聞を非難し、謝罪を求めている様子を見ながら、なにかこうモヤモヤとしたものが気持ちの中に膨らんでいました。
別に、朝日新聞を擁護するつもりはありません。

『伝えなければならないこと』を伝える側が、そのことを意図的に、ある(特に自身が望む)方に向けようとして、
『伝えなければならなかったこと』の事実を歪めて伝えている、というのは、
なにも朝日新聞に限ったことではなく、それこそ読売は、経済界や政界との癒着が甚だしく、産経などはもう、右翼の同人誌のような様相に成り果てていて、
それらの記事の偏向さには、だんだんと拍車がかかってきているように思えてならないのです。

それなのに、これほどまでにも堂々と、自分たちの体たらくを棚に上げ、非難の嵐を浴びせている図々しさに呆れていた最中に、この記事に出会いました。
↓↓↓
朝日謝罪会見でハシャぐ読売、産経の“トンデモ誤報”集
引用元:http://lite-ra.com/2014/09/post-425_2.html

記事の1行目から、こんなふうに書かれています。

『こいつら、恥というものを知らないのか』

この、こいつら、というのは、朝日新聞を追求していたマスコミ、とくに読売新聞、産経新聞のことなのです。
ではなぜ、この、特に読売新聞、産経新聞の両社が、恥知らずなのか、
その理由は、

『「都合のいい方にねじまげる」常習犯は、オマエたちの新聞だろう』

ただし、この記事を書いた方もまた、我々と同様、
『別に、朝日の肩を持ちたくて、こんなことをいっているのではない。
今回の朝日の記事は、従軍慰安婦の吉田証言も、福島原発事故の吉田調書の記事も、明らかな誤報だ』


ともおっしゃっています。
その上で、けれどもこの騒動の裏側に、いったい何が隠されようとしているのか、何を誤摩化そうとしているのか、
それをしっかりと見極めるためにも、マスコミから伝わってくることを鵜呑みにせず、自分で情報を集められるような時間を、忙しい毎日ではありますが、作っていただけたらと思います。

ということで、さて、こいつらがこれまで、「都合のいい方にねじまげて」きた常習犯っぷりを、きっちりまとめてくださっていますので、
ぜひぜひ、この続きを、こちらで読んでいただきたいと思います。
↓↓↓
朝日謝罪会見でハシャぐ読売、産経の“トンデモ誤報”集
http://lite-ra.com/2014/09/post-425_2.html
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米国『ラディエーター悲話』事情

2014年09月14日 | 米国○○事情
5年前、毎晩少なくとも100件のデータを見比べては、週末に見学しに行く家を数件選ぶという、
大げさではなく、微熱が出るぐらいの大変な家選びが、一年近くも続いていた。
やっとの思いで決めた家が、調査の結果、劣化したオイルタンクが敷地内に埋め込まれているのがわかり、慌てて土壇場でキャンセルしたりして、
ほとほと嫌気が差してきた時に、今のこの家に出会った。

家の真向かえに、それはそれはほがらかに、青空の下で笑い咲きしてる桜の木があった。
家の中に入る前に、ほぼ決まったようなものだ。

玄関のドアを開けると、ずいぶん長く使われていなかった一階の床は、油染みと埃でねっとりとしていて、靴無しでは歩けないような状態だった。
けれども、築百年を超える古屋だが、これまでにたった二家族が暮らしただけという、どちらも長く平穏に生を活きた家の、なんともいえない温かさを感じた。
ここで暮らそう。

そう決めて、煩雑な手続きを終え、この際、床だけはちゃんと補修しようと決心して、業者に頼んだ。
床材はもちろん百年以上も前のものだけど、まだまだ大丈夫そうだし、貴重だし、研磨をしてワックスをかけることになった。
1階のモザイク模様が見事に復活し、2階のボロボロになったカーペットの下からは、これまた美しい床板が現れた。
超カオスな引っ越しを終え、いろいろと問題が山積みなままの家ではあったけれども、新しい暮らしが始まった。

洪水があって、地下室が浸水したり、3階の屋根の煙突カバーに穴が空いていて、そこから母リスが入りこみ、1階の台所のコンロの天井で出産準備に励んでいたり、
2階のお風呂の排水がほぼできなくなって、修理を頼んだら、2階と1階の合わせて4カ所に変な穴が開けられて、そこから水が染み落ちてきたり、
そんなこんなの、小さいけれどもけっこうショックな事件が時々起こった。

毎年、暖房用のボイラーとラディエーターの交換を、やろうかやらないでおこうかと悩んできた。
毎年のように高騰するオイル価格と、部屋によっては温かくならないラディエーターの修理に、かなりの費用がかかっているからだった。
そして去年、これほど寒かったことは今までには無かったと、どんなお年寄りも断言したほどに厳しい、そして長い冬が終わり、かかった暖房費を恐る恐る計算すると…とんでもない数字が現れた。
やっぱりガスに転向しようか。
ガスなら、地下の巨大タンクのオイル残量に、いちいちビクビクする必要もなくなるし、オイルよりは安いと聞いてるし。

ところが、オイルバーナーからガスバーナーに替えるのに、安くて60万はかかるという。
今のオイルバーナーは、見た目はかなりボロいのだけど、燃焼率が新品のものより3%低いだけの、まだまだ現役で大丈夫な物らしく、
(業者によっては、「ああこりゃもうダメだ」と言われたりした)
まだまだ使えるものを外して、新しいのに替える必要は無いんじゃないの、と思い直し、ならば故障しているラディエーターだけを修理してもらおうということになった。
数社に見積もりを出してもらい、最安値ではないけれども、良い評判を得ている業者に頼んだ。
跡取息子がやって来て、暖房方法について、あれこれ話し合った。

北米東海岸の冬は、かなり厳しい。
氷点下は当たり前で、2℃とかになると、コートを脱ぎたくなるような錯覚を覚えたりする。
けれども、家の中に入ると、セントラルヒーティングのおかげで、どこもほのかに暖かい。
地下のオイルバーナーで沸かされたお湯が、各部屋のラディエーターに循環して、そこからじわじわと放熱し、部屋をゆっくり温める。
この方法だと、空気が汚されることがないし、火事の心配もない。
ただ、使っていない部屋まで温めるのはいかがなものか?と、旦那とわたしは、ラディエーターの栓を開けたり締めたりしていた。
さらに、寝室は少し肌寒い方が好きな我々は、その部屋の栓も頻繁にいじっていた。

それが故障の元になったらしい。
元々壊れていた物も含めて、計4カ所の修理と、サーモスタットの取り付けが始まった。

わたしの寝室


旦那の寝室


旦那の治療室


3階のお客さま部屋


どこもかしこも、滅多に触らない場所らしく、堂々たる汚れ(や剥がれ)っぷり。
めちゃアンティークな栓抜きや、子どもたちが遊んだオモチャやカードまで、続々と出てきた。

早朝から始まった工事は、終了予定時刻をはるかに過ぎて、生徒がすでにやって来てもまだ続いていた。
ラディエーターの温水循環がうまくいっているかどうかをテストするために、ヒーティングのスイッチをオンにしなければならず、
その日はたまたま、予告も無しに、道路のガス管設置の大きな工事をやっていて、騒音が凄まじく、だから窓も開けられず、
ラディエータからの温熱と、仕方無しにつけたクーラーからの冷風と、工事人の二人が土足で歩き回る足音の中、レッスンを強行しなければならなかった。

なんともカオスな一日が終わり、さて、どうなったかなと、工事が終った部屋を見回った。

わたしの寝室のラディエータ前には、もともと敷いてあったラグが元に戻されていたのだけれども、
きっとまだ、埃なんかが残っているかもしれないからと、めくってみると、






なんとまあ、傷だらけなのだった…しかも、ハンダづけした際の汚れや、木を削った粉などが、一面に散らばっている…。
驚いて、残りの3部屋も見に行ってみると、1階ほどではないけれども、それぞれ傷が残されていた。

旦那とわたしが、ただひとつ、この家のためにできたこと、それが床の修復だった。
だから、床は、特にわたしにとっては、とても大事なものだった。
旦那は、そりゃ使ってるんだから、傷のひとつもふたつもついていくものだと、とっくの昔に悟っているのだけれども。
そんな彼でも、この傷の深さと量には、やはり驚かされたようで、「これはちょっと言わなあかんな」と言った。

翌日、同じ工事人がやって来て、こう言った。
最終点検をしたら、地下のパイプの部分に問題があることがわかった。
これを直しておかないといけないと思うが、費用は7万ほどかかる。

旦那はそれを聞いて、じゃあ、昨日やった修理は、結局必要が無かったことだったのか?と疑問を持った。
業者に電話をかけて、修理中についた傷のことを伝え、工事費を満額支払うか否かについて話し合った。
4つのラディエータの修理・調整と、サーモスタットの取り付けに、計23万円の請求書が来た。
そして新たに7万円という。

1時間以上も話し合った末、傷の代償として、請求額の23万円を17万円に下げてもらった。
そして、パイプの工事は、今はやらないでおくことにした。
わたしはなんとも気が済まなくて、「満額払ってもいいから、向こうに床の修理をきちんとしてもらいたい」と言うと、
旦那はやれやれと首をふり、
「それには賛成できない。1時間以上も掛け合って出した結論を、今さらひっくり返すのは大人気ない」と言った。
確かにそうかもしれない。

まあ、このまましばらく使って、様子を見ようではないか。
その上で、やはり問題があるようなら、修理を頼もうではないか。
サーモスタットで温度を調整できるようになったのだから、ラディエータの栓をいじくらずに済むのだし。
床は、またいつか、ゆっくりきれいにしていこうではないか。

夏らしい夏にならないまま、スルスルと秋が来て、朝晩はもう10℃スレスレにまで気温が下がる。
しっかり寒くなるまでの間は、ヒーターをつけてしまうか、もう少しつけないで頑張るか迷うので、よく風邪をひく。
うちの室温の設定は、高温で20℃、寝る前に16℃ぐらいに下げる。
高温にして、だから家の中では半袖で過ごすような、おバカなことはしない。
最近は、そんなことをしている人は、かなり減ってきているようだけれども…。

さて、次は2階のバスルーム。
全部すべて取り替えるにせよ、一度にひとりしか使えないようなちっぽけな部屋なのに、修復費用の見積もりが、我々にとっては仰天価格ばかりで、
今はとりあえず、呼吸を整えているところ。
言った時間に来てくれない、ドタキャンがある、予定の倍の時間がかかる、仕事が大雑把などなどの、アメリカンスタンダードを避けて通りたかったから、
予定の時間に来てくれる、ドタキャンもしない、予定より少し延びる程度で終ってくれる、しかも仕事は丁寧な会社に頼みたかったのだが…。
背に腹は代えられない、ということになる気配まんまんな、今日この頃。
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「30年後には福島・浜通りからは誰もいなくなる。今を騙し通せばいい。知事なんて誰でもいいって事」

2014年09月13日 | 日本とわたし
『HUFF POST SOCIETY』より、転載させていただきます。

↓以下、転載はじめ

始まった「福島一揆」――東日本大震災から3年半
2014年09月12日



漆黒の闇。
車のライトに浮かび上がる、曲がりくねった道路の先に、時折、野生の狐の目が黄色く光る。

福島県郡山市から南相馬市に向かう途中、予定の遅れを取り戻そうと、幹線道路から山中の枝道に入ったのが間違いの元だった。
以前、日中に何回かは通ったことのあるルートだったが、夜は全く別の世界。
レンタカーのナビゲーション・システムに、最新情報が入っていなかったこともあり、行く先々で交通止めに出くわす。
東京電力福島第1原発の事故後に、原発に近い地域一帯にかけられた、避難指示や居住制限等の指定に伴う交通規制である。

やむなくUターンをして出直そうとしても、別の道で、再び規制に行く手を阻まれる。
わけが分からなくなって、闇雲に走りまわったあげく、出発点に戻ったりする。
まるで狐に化かされているような旅の末、目的地に着いたのは、何と5時間後。
その間、道を尋ねようにも人影はなく、たまに人家を見かけても、屋内に人が住んでいる気配はない。

3年半前、大震災直後の現場を取材しようと、原発のある福島浜通りを、車で北上した時のことを思い出した。
誰にも出会わない夜道の恐ろしさは、あのときとそっくりだ。
当時、足を延ばした宮城から、岩手にかけての道は、津波で運ばれてきた瓦礫で埋め尽くされ、これもすさまじい光景だったが、
これら三陸地方では、今は、高台移転や漁業の復興など、次第に明るい話題も伝えられている。
だが福島では、被災の傷跡は、むしろ拡大しているように見えた

瓦礫の代わりに除染作業で出た泥や草木が、ビニール袋のような巨大な特殊容器に詰め込まれて、無人の街の道路脇に延々と並んでいる。「福島の復興なくして日本の復興なし」と叫んだ安倍晋三首相の言葉がいかに空しいか、現地を見れば説明の必要はない。


被災者の不満が噴出


東電の再回答はどんな内容になるか(馬場有・浪江町長。筆者撮影)

静まりかえった町や村。
表向きは何も変わらないように見える、福島の風景の裏で、しかし、徐々に、そして大規模な、かつてなかった変化が起きようとしている
原発に隣接した浪江町が、代理人となり、住民が、全町避難に伴う精神的苦痛への慰謝料増額を東電に求めて、
国の原発ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)に、集団で、和解申し立てを行った
のである。
続いて、浪江と同様に、全住民が避難生活を強いられている飯舘村の住民も、同様の集団申し立ての準備を進めている

驚くべきは、申立人である住民の数だ。
浪江の場合は、
全町民の73%にのぼる1万5313人(申し立て後 、避難生活の中で死亡した住民も170人以上いる)。
飯舘村は、
9月6日に申し立ての受付を始めたばかりだが、週末6、7の両日だけで、既に約6000人の住民の半数を超える3100人に達するという。


浪江の申し立ては、
国の原子力損害賠償紛争審査会(原倍審)が決めた指針で、事故半年後に、いったん1人月額10万円とされた慰謝料を、
これに加え25万円を支払うこと(2012年3月-14年2月)、などを求めたもの
である。
避難生活の長期化と、今後の生活再建の見通しが困難なことが、その理由だ。

ADRセンターは今年3月、その趣旨を認めて、増額分を1人5万円とする和解案を示した
浪江側は今年5月、これを受諾したが、東電は増額を1人2万円とする「事実上の拒否回答」(馬場有浪江町長)を行い、
今度は、ADRが東電に、今月25日を期限に、再回答を求めている


一方、飯舘関係の申し立ては、
「初期被曝の慰謝料・避難の長期化への慰謝料延長と、増額・不動産賠償の増額」等を求めるもの

どちらの町村も、
被災者が長期間、避難生活を強いられ、その生活環境は、改善どころか悪化しているという過酷な現実の中で、
現在の不安だけでなく、将来の生活設計ができない、それなのに原倍審の指針は、こうした現実に対処するのにきわめて不十分だ、という、被災者の不満が噴出したもの
である。



「一揆」主導者の深い悩み

寡黙で忍耐強い、福島の農村地帯の住民たち。
元来、お上(かみ)にたてつくことは好まず、原発事故という理不尽このうえない仕打ちにあったというのに、下を向いたまま耐えてきた人々が、とうとう声を上げたのである。
それは、日頃穏やかな彼らの性格を考えると、心の中の抑えきれない激しい怒りの表現であり、
静かで緩慢ではあっても、浜通りの「一揆」と言っても過言ではないように思える

飯舘村で、ADR申し立てを主導した長谷川健一さん(60)は、申し立てを言い出した時の心境を、こう語る。

「今まで黙って暮らしてきたのだから、このまま黙っていたかった。
もう我慢できねえと踏ん切りをつけるのに、どれだけ悩んだか」


「一揆」の首謀者にしても、悩みは深かったのだ。
年老いた親や親戚、の人々に気兼ねをして暮らしてきた住民はすべて、「蜂起」にあたってもだえ苦しんだようだ。

福島は、3年半前も、やはり過疎地だった。
今、政府は、景気回復政策の柱に、「地方創生」を掲げる
そして一見、福島の復興にとって、追い風のように聞こえるこの政策が、
実態は全く逆に、これまで福島の復興を阻み、これからも福島住民の希望を奪っていくことが見えている
福島の住民は、それを見てしまったのだろう。


絵空事になった「美しい村」

「政府が打ち出す公共事業のラッシュで、人手が集まらないんです」
今も全村避難を強いられている、飯舘村の門馬伸市副村長は、うめくように言う。

飯舘村は菅野典雄村長の下、独特の地域作りによって、原発事故前までは、過疎地の村おこしのモデルとさえ言われてきた。
「心のこもった」といった意味の「までい」を合い言葉に、進めてきた「美しい村」は、全国に知られるようになった。

原発事故は、そのすべてをたたきつぶした。
村の過半を山林で覆われた飯舘村では、中途半端な除染は効果がない。
雨や雪とともに、山林の放射性物質が、里に流れ込む。
実際、除染作業によっていったん下がったはずの線量が、しばらくすると再び元に戻る事態が、村の各所で何回も繰り返された
住民が住めない、仕事もできないのでは、「美しい村」は絵空事だ。

福島被災地の住民が、心の中で切実に望んできたのは、ふるさとの町や村への帰還である。
明日のふるさとを約束するには、子どもたちが安心して住める環境がなければならない。
それにはなおのこと、徹底した除染が必須である。
放射能汚染をそのままにしていては、田や畑はもとより、学校も保育所も使えない。
山深い飯舘村の環境は、それを分かりやすく教えたのである。


本音は「財政支出の抑制」

しかし、徹底した除染とは、果たして実行可能なのか。
家々や学校の屋根を葺き替える。
場合によっては、土台から建て替える。
山林の伐採も必要になるだろう。
田や畑の土は掘り起こして、はぎ取らねばならない。
養分を含んだ土がなくなって、作物はできるのか、といった問題もある。

仮に、そのすべてが実行可能だとしても、それらには、天文学的な費用がかかるだろう。
それは誰が負担するのか。
ここまできて、福島の復興を阻んでいるのは、単なる人手不足ではなく、復興費用の財政負担であることが、誰の目にも明らかになる。

政府にとっては、適当な除染で、「帰還」が可能であるかのように住民が思ってくれている状態が、最もありがたい
住めないと分かって、集落を丸ごと移転させることになれば、さらに金がかかる。
要は、政府にとっての復興政策の原則は、財政支出の抑制なのである。

菅野村長は事故当時、「2年で除染を終え、全員の帰村を実現する」と宣言した。
「そんなにうまくいくのかな、という気もしたけれど、そうなってほしいという期待もあって、村民は村長についていったのです。
でも、既に3年半が過ぎたのに、事態は全く変わらない
もう、村長の言葉にまじめに耳を貸す村民は、いなくなり始めている
と、村の長老たちは口をそろえる。

浪江町と違って、飯舘村当局は、ADRに消極的だ。
代わりに、村長の口からは、「公民館の建て替え」「村営住宅の建設」など、今も次々と、村の「復興計画」が語られる。
しかし、こうした話も、今では多くの村民が、単なる箱物行政ではないか、今はそんなことをしている場合か、と醒めた目で見るようになった


はるかに重い政府の罪

村の復興を阻む元凶は、夢物語を語り続ける菅野村長ではない。
村長の苦闘は、創業時代とは激変した経営環境についていけずに凋落する、ベンチャー企業経営者の姿に重なる。


時折目を潤ませながら語る今野さん(筆者撮影)

被災地を襲った不幸の本質は、共同体の崩壊だ。
崩壊させたのは国である。
飯舘村だけの話ではない。
かつて、浪江町の津島地区で、下津島区長を務めた今野秀則さん(67)は、今は、郡山に近い本宮市で、夫人とともに避難生活を送っている。

「東京に去った子どもは、この本宮にさえ寄りつかない。孫がいるから仕方ないね」
語るほどに、今野さんの目は潤んでくる。

無責任な夢物語を語って、目の前に進行する問題を放置してきたのは、菅野村長だけではない。
その点で、政府自身の罪は、はるかに重い


今や、国の財政は、破綻寸前
福島への財政支出をためらってまで、必死になった景気対策も、ほとんど効果はない
その間、原発関連の支出に歯止めがかからず、東電自体が、経営破綻寸前に追い込まれた。
すべてが無策のまま、原発再稼働の日程だけが、粛々と語られる
右も左も無責任
それが日本の現実である。



愚かな汗水

1年前の9月、筆者は、「福島原発はアンダー・コントロールの状態にある」と、世界中に向けて叫んだ安倍首相の噓を、このコラムで指摘した。
オリンピックの招致を焦るあまり、福島の現実など、首相の頭からはすっかり消えていたのだろう。

しかし当時、汚染水対策の切り札とはやされた、原発建屋周囲の凍土壁建設は、大金を使ったあげく、大失敗に終わろうとしている
今、凍らない壁を冷やすために、四苦八苦して試みているのが、壁の中に氷を詰め込む作業だという。
無意味に詰め込まれた氷は、新たな汚染水の源となる

オリンピック開催が決まってほどなく、疑惑の金銭収受で辞職した都知事が、
最後に、満場監視の議会で、札束の模型をバッグに詰め込もうと、汗水を垂らしていた哀れな姿を思い出す。
氷を詰め込もうと、必死の凍土壁作業員と、汚れたカネを詰め込む元都知事の姿が、痛々しく重なって見えるのは、偏見にすぎるのだろうか。
誰も彼もが、福島の人々の本当の苦しみや、それが日本にとってきわめて重い課題であることを忘れ、愚かな汗水を流しているのではないか。


「知事なんて誰でもいい」

住民全員が避難を強いられた、福島県内自治体の中で、最も早く一昨年「帰村宣言」をして、村の再建に懸命の努力を続けてきた川内村
だが、今年8月1日現在、全人口2751人のうち、完全に帰村できたのは、まだ499人にすぎない


それでも政府は、10月1日に、原発に近い場所に残っている、居住制限区域の規制を、避難指示解除準備区域に緩和することにした。
住宅地や農地などの除染にめどがついた、という理由
である。

原発事故前は、村民は、医療施設や商店などの生活インフラを、隣町の富岡町に頼ってきた
原発立地地域に近い富岡は、依然、無人の町
川内村の生活や産業は、前途多難である。
川内村の規制再編区域住民は、合計330人弱
8月に行われた住民説明会では、当然、激しい反発が出たが、「帰りたい住民もいる」として、村は、区域再編受け入れに踏み切った。

「帰りたい」。
「帰るのが怖い」。
どちらも住民の本音である。

晴れ晴れと、故郷の生活を満喫するにはほど遠い環境で、村と村民は、複雑な思いを抱えながらも、前に進むことになった。
あと10年、あるいは30年後に、村民たちは、どんな生活をしているのだろうか。

9月11日で、震災と原発事故から3年半。
来月末には、福島県知事選挙が予定され、早くも、自公民相乗りの、「争点隠し」が噂されている
親しい官僚から、恐ろしい話を聞いた。

30年後には、福島・浜通りからは、誰もいなくなるよ
住民は老人ばかりだから。
今をだまし通せばいいのだ。
知事なんて、誰でもいいってことよ


こうして、日本は亡びていくのかもしれない。

吉野源太郎
ジャーナリスト、日本経済研究センター客員研究員。
1943年生れ。
東京大学文学部卒。
67年日本経済新聞社入社。
日経ビジネス副編集長、日経流通新聞編集長、編集局次長などを経て、95年より論説委員。
2006年3月より現職。
デフレ経済の到来や、道路公団改革の不充分さなどを、的確に予言・指摘してきた。
『西武事件』(日本経済新聞社)など、著書多数。
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「原発は高くつくけど新しく建てます。新しい制度を作り電気代に隠して払ってもらいます」経産省より

2014年09月12日 | 日本とわたし
日本の原子力規制委員会の役割と意義が、はっきりと表わされましたね。
川内原発の新基準審査合格が、正式決定されたというニュースを聞いて、そう思いました。
原子力という物事はさておき、原子力で潤ってきた組織や人間どもに、寄生している委員会だということですね。
寄生している以上、親玉のいいように、言われたままに、行動しなければなりません。

川内原発が、火山地帯に建てられてしまってようが、事故発生時の避難が不可能であろうが、事故の対処の事細かな対策がまるで無しであろうが、
新基準という、これまた世界でも稀な、言葉だけがツルツル滑ってるだけの意味のないものに適合したなどという屁理屈で、
地元自治体に判断が焦点になるなどと報道し、判断を丸投げして、責任を押しつけ、後の事は知らんとばかりに、再稼働再稼働再稼働!

それだけでも異常だと思っていましたが、それ以上の異常なことが、コソコソと検討されていることが分かりました。
文字おこししましたので、ぜひ読んでみてください。




そもそも原発は、〝安いから使う〟ということではなかったんでしょうか?ということで、


原発神話が崩壊する以前も、原発は〝安い〟から使うんだよと。
その後も、今でもやはり、そういう主張がありますよね。
原発が止まってるから、赤字が大きいんだと。
だから、火力発電だけだとダメなんだというような話は、一般的に流れてますから、
やっぱり原発は安いんだろうと、誰もが思ってます、今のところは。
ところが、本当にそうなんだろうかということが、ちょっとチラチラ出てきてるということなんですね。

で、これ、昨日ですけど、原子力規制委員会、九州の川内原発ですね、新基準に適応しているってことで、
これはどういうことかというと、
政府は、規制委員会が「基準に適合している」という判断をすれば、「再稼働をしたいです」と言ってる
つまり、まあ、「責任は規制委員会にある」、ということなんだけども、
でも、規制委員会は「安全は保証するものではない」と言ってるんで、
そういうのは今までもずっと、やってきましたけど、
少なくとも再稼働に向けて、着々と進んでいることは間違いない、ということなんですね。


で、一方で、着々と進んでいる話がもう一つ、実はあるんです。
それは何かというと、
この総合資源エネルギー調査会、原子力小委員会というふうに、私縮めてよく言いますけれども、
ここの中で、『原発の価格保証』について、議論がされていると。


何だ、価格保証って?
あれ?原発って安いんだよね?
価格を保証してあげる?ん?どういうことなんだ?

ということで、伴さんという委員会の委員の方に、私、お話を聞きに行きました。


なんなんですか?
いや、実はですね、原発は安い発電ではない!という前提になっている、と言うんですよ。
この小委員会の中で。
どういうことなんでしょう?


安く発電したら儲かる。
高く発電しちゃったら儲からない、これが市場
ですよね。

伴英幸氏(総合資源エネルギー調査会・原子力小委員会委員・原子力資料情報室 共同代表):
そうですね。

玉川アナウンサー:
電気料金もそうしましょう、という話のはずなんですけど、なんかちょっと違う話になってるって聞いたんですけど。

伴氏:
まあ(電力)自由化を進めていこうと。
ところが、原子力については、自由化とは合わないと、〝コストが高い〟と。


だから、(電力)自由化の中で、原子力を生き残らせていくためには、支援が必要ということで、
今、経済産業省の中の『原子力小委員会』というところで、その支援策の議論が始まっているんですね。



今年6月、電力の小売りを全面的に自由化する、『改正電気事業法』が成立しました。


電気料金は今まで、発電にかかったコストに、電力会社の利益を上乗せして、すべて電気料金として徴収していました


これからは、市場で電力の価格を決め、競争を促し、電気料金を安くしようという仕組みに変わります


しかし、〝原発だけは特別扱いしよう〟という議論が、進んでいるといいます。


玉川アナウンサー:
やっぱ高いってことになったんですか、結局は。

伴氏:
基本的には、高いということが、明らかになった

玉川アナウンサー:
〝(原発は)今までは安い〟と言われていたんだけども、仮に、高い発電だということになれば、
それは企業としては見合わないよね、ということで、淘汰されていくと、これ市場
ですよね。


伴氏:
放っておくと淘汰されるんです、原子力は高いから


玉川アナウンサー:
〝市場に出したら(原発は)安くない〟ということを、(経産省が)認めたということですか?


要するに、守ってやらないと廃れてっちゃうから、守んなきゃいけない存在になった、ということですか?

伴氏:
そうです。


伴氏は、「原子力小委員会での議論は、〝原発は安くない〟ということが前提になっている」と言います。


では、〝原発を廃れさせない〟ための、経産省の案とは、いったいどのようなものなのでしょうか?



伴氏:
『差額決済契約』と言ってるんです。


市場の価格と、原子力のコストの差額が出た場合に、


補てんしましょうと。


玉川アナウンサー:
誰が補てんするんですか?

伴氏:
これは、まあ、第三者的な機関を作って、広く消費者から、お金を、まあ電気料金から資金を集めて、そしてそこから出しましょうと。


玉川アナウンサー:
では結局、消費者が負担する、ということですか?


伴氏:
消費者が負担する。

玉川アナウンサー:
差額を?



『差額決済契約』とは、イギリスでも検討されている、いわゆる『価格保証制度』です。


基準価格を設定し、市場価格が基準価格を下回った場合、その差額を利用者に負担してもらうという仕組みです。


これは、原発が割高になった時に補てんする仕組みですが、一方で政府は、原発の運転コストは低廉だと主張しています。


ではなぜ、コストの安い原発を、守らなければならないのでしょう


玉川アナウンサー:
既存の原発であれば、コストは安いわけですよね。

伴氏:
既存の原発は安いです。

玉川アナウンサー:
だったら、それを補てんする必要は無いじゃないですか。

伴氏:
「新しく建てるために必要」だということです。


玉川:
じゃあ、新しく建てるってことが、もう前提になっているんですか?

伴氏:
前提になってます。

玉:
少なくとも、政治側から、政権側から、「原発を新規立地しますよ」だとか、そんな話って、公に出ていませんよね。


伴氏:
公には出てないですね。

玉;
でも、その経産省と委員会の中では、そういう話になっちゃってるんですか?

伴氏:
なってます。


スタジオ:
これ、すごい発言じゃないですか。
大問題じゃないですか。

玉川:
要するに、自由化するってのは決まっちゃったんですよ。
自由化すれば、先に電気料金って決まるので、コストがどれぐらいかかったか、なんてのは、関係無くなるわけです。
だから、売れた電気の範囲内で、コストができてないといけないんですよ、これからは。
でも、そうすると、原発の場合はまずいと、いう発想が多分あってですね、
だからさっき決めた、この基準価格というのを下回った場合には、これです、
先にこの基準価格ってのを決めて、下回った場合には、これはやっぱり、電気料金として負担してもらうしかないよね
という話になってんですよ。


で、この制度は、火力発電とかには適用しないんです。
これは、これからイギリスが導入しようとしてるんですけど、そのイギリスの制度を、日本の、今この原子力小委員会で、検討をする、ということになっちゃってるんです。


ゲスト;
なんでそこまでして、原発を守ろうとしてるのか?
例えばその、再稼働の説明についても、私たちの納得のいく答なんてきてないじゃないですか。
それから、安いっていう原発の前提も、崩れたでしょ。
で、さらに、新しい原発を造る?!
なんでそこまでして守るんですか?

これが本当だとしたら、電力の自由化ってあんまり意味が無いですね。

玉川:
そうなんです、何のために自由化にするのか
自由化して、コストに見合わなければ、その発電方式は無くなっていくわけですよ。

ゲスト:
淘汰するためにですよね、ある意味ね。

玉川
淘汰するためにというか、まあ、基本的には競争するためになんですけど、
自由化すると多分、原発は無くなっていくだろうなという見込みだったんですよ。
例えばアメリカも、電力自由化されて、自由化された後って、なかなか原発を造れなかったんですね。
なぜかというと、経済的に合わないから
イギリスも、北海油田というのができて、安いガスが出てきたもんだから、合わなくなっちゃった、原発のリスクの割には、回収できなくなっちゃう。
イギリスでも20年間、原発を新しく建てることができなかったんだけど、政府が「もう造る」と、イギリスでも
でも、造るにあたっては、高いから、これ(基準価格)ってのを導入しないといけないというのが、イギリスの話なんですよね。


でも、日本も、ということになりつつある、ということなんですが、
じゃあこれね、いつの間に高いっていう話になったんだ?ということですが、

コストが高いという前提と、原発を新しく造りますという前提があると、はっきりおっしゃいましたもんね。

玉川;
これは、いつの間にそうなったんでしょう、という話を、古賀さんに解説してもらいました。


玉川:
今までは、原子力というのは〝安い〟んだ。
だから市場に任せたら、原子力が勝つでしょ、というふうな話だと思ってたんですけども。

古賀茂明氏(元経産官僚):
今までは、あたかも原発が、少なくとも再生可能エネルギーとか、普通の火力よりも〝安い〟ですよ、みたいな宣伝がされてたんですけれども、
(原発は)実は高いんですよ
高いっていうのは、電力会社も経済産業省も、知ってるんですね。


知ってるんですけど、〝高い〟と言っちゃうと、〝じゃあ(原発)やめたら〟と言われちゃうので、
今までは〝安い〟と言ってきた
んです。


〝安いんだから大事ですよね〟と。
で、今度は、いったん大事だというふうになったら、なぜ大事かという理由はちょっと置いといて、とにかく大事だという結論だけをとって
〝大事なんだから、これはずっと維持しなければいけませんね〟
と。


玉川:
だって、もともとは、安いから大事だってことなんじゃないんですか?

古賀氏:
だったんですけど、その〝安いから〟というのは、ちょっと切り離されて、
大事だという結論だけとって、〝大事なんだから維持でしょ〟と。

玉川;
〝原発は安い〟から〝原発は高い〟
でも〝高くても守るんだよ〟に、いつの間にか変わっていたってことなんですね。

古賀氏:
変わってるんです。


政府が掲げてきた、原発が必要だという理由は、安さだけではありません。


そのひとつが、エネルギー安全保障です。
原発があることで、化石燃料を買う際に、価格交渉力が発揮できるという理屈です。



玉川:
原発を続けなきゃいけないという人は、いわゆる〝エネルギー安全保障〟という意味で、
火力にばっかり頼っていると、足元を見られるというところもあるし、
選択肢を多く持っていた方がいいから、原発だってなくせないんだということを言うんだと思うんですけど。

古賀氏:
火力とかに頼っていると、(電気料金が)高くなっちゃうでしょと。
乱高下もしますし。
だけど、原発というのは、そっち(化石燃料を使った発電)よりも安いんだから、安いのがあるんだよという武器を、持ってなくちゃいけないと。
ところがもし、原発が高いということになれば、武器として使えないんですね。


原発の方が高いですよ、と言ったとたんに、じゃあ火力はもっと高く買ってくださいって、
石油をもっと高く買ったって、原発より安いじゃないですか、と言われちゃうだけですよ。

玉川:
確かにそうだ。
原発が安いという前提があるから、〝安いのも持ってるんだぞ〟と。
〝だから火力も安く売れ〟と言える、という話ですもんね。
ということは、原発が安いという前提が崩れた時点で、いろんな他のメリットが、崩れちゃうということですか?

古賀氏:
崩れちゃうんですよ。
だからずうっと、原発は安いと、言い続けなくちゃいけなかったんですね。



スタジオ:
これもまた、目からウロコで、原発が安いというメリットと、原発があることによって、化石燃料の価格競争力がつくっていう話は別だと思ってたんですけど、一体だったんですねそれは。
だから、絶対に安いって、言い続けなきゃいけないという理由があるっていうのが、古賀さんの話なんですよ。


で、ここまでくると、本当にそうなのか、経産省は本当に思ってんのかっていうのを聞きたくなるんで、経産省へ行ってきました。


玉川:
少なくとも、イギリスでは、原発は高い、という認識に基づいて、差額決済契約を導入するということは、間違いないわけですね。

畠山陽二郎・経済産業省原子力政策課長:
イギリスで設定されている価格は、今の市場価格より高いということは事実ですけれども…、

ーコマーシャルー

玉川;
その差額決済制度をテーブルの場に出したのは、経産省ってことは、これ間違いないわけですね。
紹介をしたということは間違いない。

畠山氏:
紹介はいたしました。

玉川氏;
これは、イギリスで今、導入に向けて進んでいて、まだ決まったわけではないと思うんですけど、
これの背景は、やっぱり原発というのは、市場価格で電気料金が決まった場合に、非常に投資が大きいので、
いわゆる電力価格が安くなった場合には、差額が出てしまってやっていけないと、
なので、〝原発だけは守る〟という意味づけだと。
やはり、そういうものなんですか?

畠山氏:
彼らの出す、ガス電力の価格が、非常に安いということもあって、今比べると、高いところがあると。
なもんで、中期的に見たときには、十分競争力を持つものになるだろう、というのが、彼らの発想ではありまして、
したがって主眼は、むしろ高いから補助しようとか、そういうことよりも、
むしろこの価格が、上下するという市場の中で、〝いかに安定的に事業をやっていくのか、という意味で、収益を安定化させる〟


そこが主眼だと、いうご説明を受けています。

玉川:
少なくとも、イギリスでは、原発は高い、という認識に基づいて、差額決済契約を導入するということは、間違いないわけですね。

畠山氏:
ガス化力に比べると、少なくとも、新設のものについては、高いという認識はあるようでございます。



イギリスでは、原発のコストは高いということを、経産省は認めました。
しかし、〝日本でも同じことが言えるわけではない〟と主張します。

畠山氏:
差額決済制度についても、それはその、基準価格の設定次第だと思います。


設定次第で、ようはその値段をいくらに設定するかということで、高い・安いは変わってくるので。

玉川氏:
論理的には、低いところに設定することもできるけど、高いところに現在設定しようとしてるわけだから、
結局はやっぱり、価格保証じゃないですか。


畠山氏:
イギリスで設定されている価格は、今の市場価格より高いということは事実ですけども、


玉川氏:
2倍ですよね。

畠山氏:
ですけれども、ただそれが制度の趣旨として、高いから補助しているというんだったら、

玉川氏:
だからそれは、表向きの趣旨と、実際の本音が違うっていうだけの話じゃないんですか?

畠山氏:
いやー、必ずしもそうではないと思いますよ。

玉川氏:
それを、表向きの趣旨だけを持ち込んできて、本音の部分を明らかにしないというふうなことでは、


僕は、正直な行政とは言えない、と思いますよ。

畠山氏:
したがって、私どもも、別になんか具体的な制度について、提案しているわけではなくて、


玉川氏;
でも、それを検討してください、ということは、つまりそれをやってほしいという意図が全くなければ、そりゃテーブルに上げないわけですよね。


畠山氏:
いや、議論の参考にはなると思います。


玉川氏;
もちろんそうですけど、議論の参考にはなるけど、
全くそれを導入してほしくない、という意思が、政府もしくは経産省にあるんだったら、テーブルには載せませんよ

畠山氏:
原子力小委員会で、ご議論いただくと、いうことのために、テーブルに載せましたけれども、


今特に何か、これを入れてほしいという意図で、申し上げていることではありません。

玉川
そうすると、委員の方が、新増設を含めて、
〝原発というのは高い電源になってしまったので、守るために、差額決済制度を導入しようとしている、というのが、経産省の意図だ〟


というふうに受け取っているのは、曲解ということになるわけですか?

畠山氏:
まああの、曲解かどうかは別として、理解が正しくないと思いますので、そこは正確に説明していきたいと思います。

玉川:
まあこれも、委員の方がおっしゃっているんですけども、
今の、既存の原発を運転するだけだったら、安いわけですよね。そういうふうに書いてもありますし。


じゃあなんで、これを導入するのかといったら、それは新設が前提になってるんだと。
いうふうに受け取ってる、ということなんですが…。


畠山氏:
必ずしもそうではありません。

玉川氏:
ということは、新設はしないんですか?

畠山氏:
今の政府のスタンスは、今まさに再稼働に向けて


規定基準への適合性を、13原発20基について、審査をしているという最中でございまして、


まずはそこに集中をしようじゃないか、ということで、
現段階でその、新増設ということについては、想定していないというのが基本ポジションでありまして、


そういう意味で、新増設を見越した制度である、ということではありません


玉川氏;
経産省としては、原発を新設するという選択肢は、一切無いということですね、今後。


畠山氏:
今申し上げているのは、

玉川氏:
わからない、という話ですか?

畠山氏:
わかりません

玉川氏;
これから先、新設するかもしれない、ということですね、じゃ。

畠山氏:
政府として、統一的に、スタンスを申し上げますけれども、
現段階で、新増設については想定していないという、以上でも以下でもありません

玉川氏:
あくまで現段階では、ってことですか?

畠山氏:
はい。


スタジオ:
これですね、絶対に言質取らせない
現段階では想定していないということです、ということは、つまり何が起きたって、私はウソはついていませんよ、ということですね。
造るとも造らないとも言ってない、ということです。
だから、原発は高い、とも言ってないわけです。
じゃあね、委員の伴さんがウソついたのかというと、こうやって取材してみると、見えてきたのは、
やっぱり言質は絶対に取らせないんですよ、経産省はね。
だけど、この原発が、安い高い、新増設の話も含めて、
例えば原発メーカーは、5年にひとつ新増設しないと、メーカーとしてやっていけないと言ってます、みたいな話も、その場で言うんですって。
そうすると、その説明をいろいろ聞いてると、
ああ、結局原発っていうのは、高いっていうのが前提になってるんだな、とか、
ああ、そうか、新しく造るっていうことを前提にしなければ、こんな制度(価格保証制度)を入れる必要がないよね、
としか受け取れないってことなんですよ。
だけど、直接には絶対に言わないんですよ。


相反しているように聞こえますけど、余地がたくさん残っている発言だってことですよね。

いわゆる、暗黙の了解というふうな部分があるのかもしれないんです。
非常に〝大人の議論〟が、委員会の中で行われているような感じがしましたね。

含みがいっぱいありますね。

でもその、当たり前の商売の理論を全部取っ払ってでも、原発はどうしてもやりますっていう、強い意志みたいなのは感じるんですけれども、
それはじゃあ、なんのためにやるんですかっていう理由については、なんかこう色々はぐらかしながら、結局真の理由については、語られないんですか?

そういうことになります。
だから、安いってことは否定しないですよ、経産省は。
だけど、色々な状況を考えてみると、やっぱり原発は高いじゃないかっていうことは言えるわけですよね。
で、高いってなると、さっき言ったように、もうひとつのメリットも消えちゃうというところもあって、
じゃあ、導入しなければいけない理由っていうのはなんなんだっていうと、
まあ、ちょっと、政治的な部分が残るぐらいになってくるわけですよ。
だけど、そういうのはやっぱり言わない。

でね、これは今日の結びなんですけど、

『もし原発を新設したいんだったら、ちゃんとごまかさないで説明をしてください』と。

なんで新設しなきゃいけないんだ。
その前に、新設するともしないとも言わない、じゃなくて、
ちゃんとするつもりだったらすると言ってくれと。
じゃないと、判断できませんと。
先送りじゃなくてね。
この問題を、きっちり言ってくださいよ。
ほんとに自信持って、新設しなきゃいけないと思ってんだったら。
新設しないってんだったら、それもはっきり言ってくださいよ。


イギリスは、温暖化対策のために、原発の使用を勧めていこうっていうような目標を掲げている国じゃないですか。
その国が使おうとしている制度の、なんか都合のいい所だけをさらって使うってことは、やっぱりそっちへ向いてるっていうふうに思いますよね。

まあイギリスの場合も独特の事情があって、CO2削減ってことはもちろんあるんだけど、
一方でドイツを見れば、自然エネルギーでCO2削減するってことになってるわけですよね、原発はやめて。
だから、それぞれの国のそれぞれのいい所を持ってきてっていうふうな感じは、もしかしたらあるのかもしれないですね。


まあ、結局はっきりとはしないということが、はっきりしたってことですね。
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野菜のひとりごと

2014年09月11日 | ひとりごと
ビーツを茹でています。


ビーツの本当の名前は、アカザ科フダンソウ属2年生草本。
2年生なんてのを読むと、思わず小学校の低学年のちびっ子が思い浮かんで、ニヤニヤしてしまいます。
赤かぶみたいな姿ですが、カブやダイコンとは関係がなく、ホウレン草と同じアカザ科で、サトウダイコンの仲間です。
皮をむくと真っ赤っかなので、火焔菜(カエンサイ)とも呼ばれています。

ビーツは食べる輸血と言われます。
リン、ナトリウム、マグネシウム、カルシウム、鉄、カリウムが豊富で、
さらにビタミンA、C、ナイアシン、ビオチン、そして食物繊維も、豊富に含まれているのだそうです。
食べることにより、免疫力を高め、整腸作用、便秘解消、貧血予防などの効果もあるという、スーパー野菜!

実は、こちらに引っ越すまでは、ビーツのことはほとんど知らずにいました。
ボルシチというロシアン料理をご馳走してもらった時に、そのほのぼのとした甘味と真っ赤なスープに感動し、こんな野菜が世の中にはあることを知ったという、かなり遅い出会いでした。
それ以降も、店頭に並べられているのを見ては、う~ん、買おうかどうしようかと迷ってはいたのですが、どうも自分で料理をする気が出なくて、通り過ぎてばかりいました。

今年の夏、海辺の家で、旦那母が、ビーツとゆで卵のピクルスを作ってくれました。
これを食べると、子どもの頃を思い出す、と旦那が言うのを聞いて、よし、わたしもいっちょ作ってみようと思いました。
母に電話をして、分量などの確認をして、いざいざ!

でっかいビーツだったので、しっかり茹であがるまでに、45分くらいかかりました。


お酢とブラウンシュガー、それからクローブとブラックペッパー、ローリエの葉っぱを一緒に少し煮て、


皮を剥いて適当に切ったビーツと、煮汁(お酢の倍の量)を合わせ、


ビーツ料理をすると、手がやばい!


そこに、玉ねぎの薄切りと茹で卵を何個か入れると、はい出来上がりです。




さて、この煮汁のあまり、美しい過ぎて、わたしはどうしても捨てられません。
すごく栄養がありそうだけども、実は飲んだりするとあまり良くないそうで、かといってなあ…と思案中。


あ、そや、30年ほど着てる春用のコート、洗濯中に失敗して、変なシミをつけてしもたやつ、あれを染めてみようではないか!
で、やってみました。おぉ~ロマンチックな桃色じゃ~!


結果は…失敗…乾く間に、どんどんマダラになってしまい、大慌てですすぎました。
野菜の染色が、わたしごときに、そう簡単にできるはずがありません…。


野菜の話ついでに、有機野菜スーパーで買った大根を、タワシで洗い、皮のままいただくことにしました。


そして庭の畑からのキュウリくんは酢の物に。
もうシャキシャキして、軽く塩をふっただけで、めちゃんこ美味いです!



良い土の中で、しっかり育った野菜には、うまみが詰まっています。
だからほとんど、味付けなどはいらないのですね。
最近はよく、少量の水とお塩だけで、いただくようになりました。
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「『従軍慰安婦』の真実・その4」泥憲和氏

2014年09月10日 | 日本とわたし
⑮ 慰安所は戦地強姦を防ぐことが出来たのか

慰安婦の真実シリーズは、あと一回、まとめを書いて、一応の終了とします。

慰安婦制度を擁護する中に、慰安所を作ったのは、強姦被害を減らすためだった、という意見があります。
その動機はたしかにありました。
しかし、強姦を減らすために慰安婦制度を作るって、犯罪を防ぐために別の犯罪を犯すってことですよね。 
そんな理屈が成り立つものでしょうか。
 
「俺はムシャクシャしていて、このままでは街頭で、無差別にぶん殴りそうだから、代わりにお前を殴って鬱憤を晴らす。
痛いけど人様のためだ、黙って殴らせろ」

こう言われて、誰がおいそれと殴られるでしょう。

強姦防止に効果があろうがなかろうが、してはいけないことはしてはいけない
そのうえ、効果さえもなかったというのが、本日の記事です。

戦地強姦に限らず、強姦(および性的犯罪)の多くは、性欲からではなく、支配欲から行われるということは、今や通説です。
 
戦時において強姦が多発しやすいのも、相手を屈服させる、支配するという要請が、強く働くなかで、
性を通じて、相手を支配しようとするからです。
 
イラクのアブグレイブ刑務所では、女性兵士が男性捕虜に対して、性的虐待を行っていましたが、
彼女たちが、性欲から性的虐待に及んだ、とは考え難い
サディスティックな支配欲の発露による、と考える方が、すんなりと納得できるのではないでしょうか?

こういうことなら、いくら慰安所をつくっても、強姦は減らないと見た方がよい。
事実、日本軍の資料を見れば、強姦は減っていません


1.『支那事変ノ経験ヨリ観タル軍紀振作対策』
最初の慰安所が作られてから3年を経た、昭和15年11月、
『支那事変ノ経験ヨリ観タル軍紀振作対策』(写真)が作られました。
(金福童さんが、14歳で慰安婦にされた翌年です)
原文に適宜句読点を加え、カタカナを平仮名に直し、読み仮名を添えて転記します。

「事変勃発以来の実情に徴(ちょう)するに、赫々(かくかく)たる武勲の反面に、
掠奪、強姦、放火、俘虜惨殺等、皇軍たるの本質に反する幾多の犯行を生じ、
為に、聖戦に対する内外の嫌悪反感を招来し、聖戦目的の達成を困難ならしめあるは、遺憾とする所なり」

JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11110762000

このように、慰安所をつくっても、強姦が多発しています。
同じ年月に作られた、『事変の経験に基づく無形戦力軍紀風紀関係資料(案)』にも、同じ悩みが漏らされています。

「抗命、辱職、逃亡、殺人、傷害、強姦等依然減少せず」
(アジア歴史資料センター Ref.C11110759600)

『軍紀振作対策』には、開戦後約1年半で、略奪+強姦致死傷で罰せられた兵が420人
強姦致死傷だけで罰せられた兵が312人
合計で732人、と載っています。
 
見つかったのは、犯行のほんの一部、目に余るものだけだろうし、脅して口止めした例もたくさんあると聞きますので、
実数がどの程度なのか、皆目見当が付きません。
 
しかも、対象となっているのは、「強姦」ではなくて「強姦致死傷」ですから、
強姦は、まだ軽い罪とみなされてか、取締対象にすらなっていません
対策として、『軍紀振作対策』は、もっと慰安所をつくるべきだという提言をしており、慰安所作りに拍車がかかることになりました


2.『陸支密大日記 第9号』

大量の慰安所をつくった結果、強姦事件は減ったのでしょうか。
統計資料があったはずなのですが、焼却されたのか、現存していません。
しかし、様子を知る手がかりが、ないではありません。

昭和17年 「陸支密大日記 第9号」です。

開戦以来5年目です。
対策が功を奏しないことに、業を煮やした軍隊司法当局は、陸軍刑法に「強姦罪」を新設し、非親告罪にしました
軍隊司法は、それなりに、強姦多発に頭を痛めていたのです。
その理由は、強姦が、許しがたい犯罪だからではありません
討伐に出れば、索敵もそっちのけに、強姦に夢中になって戦闘がおろそかになること、
日本軍への民衆の恨みばかりが増して、占領がうまくいかないからでした。

「戦地における強姦は軍紀を破壊し、軍の爾他の宣撫工作を、一切無効ならしむ。
又、被害者において、御難を恐れ告訴を躊躇する場合、極めて多きをもって、非親告罪として処分するの要あり」
(写真)
JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C04123725700




3.『陸軍軍事警察月報』
JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A06030009400

つぎは、昭和20年の資料です。
慰安所を作り、刑法を厳しくして、それでどうなったでしょうか。
 
『陸軍軍事警察月報』は冒頭で、「多発犯罪左の如く」と上げる中に、逃亡、掠奪、窃盗と並んで、やはり戦地強姦が並んでいます
巻末にグラフがついていて、昭和20年の犯罪が、群を抜いて多いことが分かります。
昭和20年は、慰安婦の数が最も多かった年のはずですが、そういう状態でした。

日本軍は、戦争中の強姦多発に悩まされ、沢山の慰安所を作りました。しかし、作っても作っても強姦が減らないので、ずっと「慰安所が足りない」「慰安所をつくれ」「慰安婦を呼べ」と言い続けていました
しかし、どれほど無理をして女性を連れてきても、強姦防止に関して、結局のところ効果的がなかったのです。

効果があっても許せないのに、効果がないことに血道を上げていたのですから、
もはやこれは、どうしようもない愚策であり、あまたの女性に、筆舌に尽くせない苦しみを与えた人道的犯罪でした。
国内法に違反する、奴隷契約でした。

こんなものを擁護し、公文書で明らかな事実さえも否認する、自民党と安倍内閣は、恥ずべき存在です。
一日も早く打倒し、新しい政府に、元慰安婦に対して、これまでの過ちをきちんと謝罪させ、確固たる名誉回復をさせること、
それなしに、地に墜ちた日本の名誉を、回復する手立てはないと思います。

2014年8月12日 


⑯ 最終回

できるだけ分かりやすく書くつもりだったのに、だんだん込み入った話になってしまいました。
反省です。
長くて論証ばかりの文章におつきあい下さって、有難うございました。
これで、ネトウヨやクソ評論家の定番ネタに、あらかた反証できたかなと思います。
もしも、慰安婦問題で、ウヨがチャチャを入れてきても、この程度の資料を並べれば、大抵の奴は引き下がるはずです。

まあそれにしても、ウヨたちは、丸っきりのデマを信じ込んで、ヘイトをカマしてくるわけです。
で、ですね、読んで貰ったような、わりと細々した裏付けを背景にして、私は奴らに、街頭でこう怒鳴り上げるのです。

アホ!ボケ!クソ!カス!死ね!

こういった罵倒を良しとしない向きがあることは、重々承知しておりますが、
この程度の罵倒を浴びても仕方がないことを、連中はしてきました。(と私は判断します)
ただ単に、バカ同士が、言葉のうんこを投げ合っているように見えるかも知れません。
けれども、私が「ボケ!カス!」と罵るのには、それなりの下地というか、裏付けというか、根拠があるのであって、
他に言うことを知らないアホが、ただ罵っているわけではないことだけは、ご理解願いたいなと。
まあ、あんまり言い訳にもなりませんが。

なぜそうするか、ですけれどね。
奴らの中の確信犯的イデオローグたちは、奴らの政治目的のために、意図的に歴史をねじ曲げますよね。
そいつらはプロウヨです。
職業的デマゴーグです。
わかっててやっているのだから、いくら批判され論破されても、改めません。
街頭で、日の丸おっ立ててわめいている奴らの中にも、確信犯的差別者がいます。
そいつら行動派も、いくら批判されても、行動を改めません。
この連中は、死ぬまでデマゴーグだろうし、差別者です。
焼かないと治りません。
まともに相手にしたって、不毛でしかない。
こいつらは、何を言われてもされても、屁の河童なんです。
屁の河童に勝つには、陸に上がった河童にするしかありません。
奴らから、支持者を引き剥がして、干上がらせるのです。

理論闘争は、奴らの周りの、付和雷同分子の確信を、揺るがせるためです。
街頭で、中指立てて、コラ!ボケ!とわめくのは、ビビリの付和雷同分子を、物理的に蹴散らすためです。
 
やり方は全然違いますが、二つの方法は、ちゃんと共通しているのです。
単に騒いでいるだけではない。
ここが、馬鹿ウヨとカウンターの、質の違いというもんです。



この国の頭目たちは、まともに理性的なやり方では、集団的自衛権や改憲を推進できない、と見切っています。
それは、日本に根付いた民主思想、ピースマインドが、強固だからです。
 
ここを切り崩すために、差別心をあおり、劣情を刺激して、情緒的なところから突破しようとしている
 
つまりこれは、日本の進路を左右するたたかいです。
 
負けるわけにはいきません。

 
そういうことで、平和運動、民主運動と、反ヘイト運動を結合して、戦う必要があろうと、私は考えております。

これで、慰安婦のことはいったん閉じますが、たたかいは続きます。
シリーズで書いたことは、どのように使っていただいても構いません。
使えるなら、学習会の資料や、ウヨども相手の論争に、役立てていただければ幸いです。
有難うございました。

2014年8月13日 
泥 憲和
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「『従軍慰安婦』の真実・その3」泥憲和氏

2014年09月10日 | 日本とわたし
⑪ 慰安婦の働き方と報酬額 (5) 文玉珠(ムン オクス)さんの送金など

前回は、文玉珠さんの稼ぎがけっしてよくなかったことを見ました。
彼女の証言を裏付ける、傍証があります。
元日本兵の人が、当時のビルマの様子を、書き残しているのです。
2万円や3万円は、紙くずだったのがよく分かります。

【資料1 ビルマ敗走記 敗走モールメンへ】末尾に抜粋を記載
http://blogs.yahoo.co.jp/siran13tb/61475733.html

本日は、その余の話です。

1. 文玉珠さんが貯めたのは、慰安婦の稼ぎではない

文さんのいた慰安所は、ビルマのマンダレーが陥落した時に、経営者が逃げてしまって閉鎖されました。
文さんたちは、敗走する軍と一緒に、タイのアユタヤまで逃げて、帰国船に乗るまで、野戦病院の手伝いをしています。
2万円を貯めたのは、その時期です。
だから、慰安婦をして貰ったのではなく、怪我をした兵隊たちから、チップとして貰ったのです。
兵隊たちだって、持っていても役に立たないからくれたのでしょう。
この面からも、慰安婦が、内閣総理大臣以上の高級取りだったという俗説は、まったくのデマです。

2.文玉珠さんは、5千円を送金したのか

文さんは、朝鮮に、5千円も送金したと証言しています。

-----------------------------------------------------------
『強制連行と従軍慰安婦』(平林久枝編)
>ビルマに行ってからの名前「文原吉子」名義の通帳は、お金に替えることもできずになくしてしまった。
>貯めたお金の1万5千円の中から、手紙と一緒に、タイから大邸の実家に5千円を送った時、下士官に「故郷に全部送れ。おまえはバカだ」と言われた。
>朝鮮に送金したのに、家も買わずに、兄が下らないことに使ってしまった。

-----------------------------------------------------------

証言で文さんがいう、「なくした貯金通帳」のことが、原簿に表れています(前回の写真参照)。

昭和19年5月18日と、6月21日に預金した900円分について、「19.8.18亡失届出」と記載されているのが、それにあたるようです。
原簿は「文原玉珠」名義ですが、他に「文原吉子」名義の通帳があり、そこに900円を預金していたのだと思われます。
このように、文さんの記憶と証言は、とても正確なのですが、理解しがたい点もあります。
文さんは、なくした通帳の1万5千円から、5千円を引き出したように語っていますが、実際の通帳記録は900円です。
おそらく記憶違いでしょう。

送金方法は、「手紙と一緒に送った」というのだから、戦時郵便を使ったのだと思われます。
預金から5千円引き下ろして送金したのなら、引き下ろし記録があるはずですが、それはありません
通帳に入れたもの以外に、もらった軍票があったのでしょう。
戦時郵便で送ったものが、無事に朝鮮に着いたかどうか、途中で沈められていないのか、いまとなっては確かめるすべがありません。

仮に、無事に郵送されていたとしても、文さんが送ったのはルピー軍票ですから、実家で円に換金できたはずがありません
無学な文さんは、そういう仕組みを知りません
そこで、「朝鮮に送金したのに、家も買わずに、兄が下らないことに使ってしまった」と誤解して怒っているのです。
軍票はお金ソックリだし、お金として貰ったものなので、文さんは、お金だとずっと勘違いしているのですが、
そのまま勘違いしている方が幸せだ、と思います。

3. 敗戦さえなければ大金持ちだったのか

理屈のうえでは、1ルピーには1円の値打ちがあるはずでした
敗戦さえなければ、そのお金を、文さんは手にできたでしょうか
それは無理でした

まず、ルピー軍票を、日本円に替えることができません
ルピー軍票を、軍事郵便貯金に入れれば、円になりました
しかしこの円は、日本政府の規則で、内地に送金できないことになっていました

【資料2 1942年2月18日 読売新聞「大東亜経済建設の指標」】末尾に、抜粋を記載しています。
【資料3 「南方占領地域における為替管理関係」】末尾に、抜粋を記載しています。


資料2には、
内地への送金は禁じられている、と書かれています。
資料3には、
為替送金できたのは、「軍人・軍属が軍より支給を受けたる俸給、旅費、その他の給与」に限る、と書いてあります。
 
慰安婦の収入は、「軍より支給を受けたる」ものではないので、「軍関係のもの」に当たりません
民間人でも、内地の家族を養わなければならない人は、許可を得て送金できましたが、「1か月200円相当額以下」に制限されていました
 
大金を送金するのは、システム的に不可能でした。
しかも、扶養家族がいるのでもない文さんには、送金許可はおりなかったでしょう。
さらに、戦争に負けていなくても、インフレで軍票の価値は、戦時中から下がり続けていました
100ルピー軍票というのが発行されていますが、いまの価値で言えば50万円札です。
それほど、軍票の値打ちが落ちていたのです。 (写真)


こうして、文さんの2万円には、価値がないことが論証されたことになります。
ついでに、戦後のことも書いておきます。
 
敗戦により、戦時中の政令の効力がなくなると、政府は「金融緊急措置令」を出して、預金口座を封鎖してしまい、引き下ろせないようにしました
預金封鎖を解いたのは、新円に切り替えた後です。
その時は、額面どおり払い戻されても、古いお金はもう、二束三文の値打ちになっていました

次回は、「韓国に賠償したのだからもうすんだ話」という議論について。


【資料1 ビルマ敗走記?敗走モールメンへ】
「私たちは経理部の者ですが、これから車両と荷物を焼き捨てます。入用の物があったら、何でも持って行ってください」と言う。
私は兵にしては年配で、態度がでかいから、将校と間違えたのだろうか、
「将校服もだいぶありますから、2,3着持って行かれたら…」と言う。

何食わぬ顔で、
「いや、折角ですが、服は持っていますから」と答えたら、
「じゃ、金はどうです?今から焼却するところだから、必要なだけ持って行って下さい。2,3十万どうですかー」と言うので、
「荷物も多いし、じゃー当座の用に、3万円ほど頂きましょうか」と、新札の軍票3万円を貰い、礼を言って別れた。
戦前の感覚では、普通の会社員が一生稼いでも、3万円残せば上等の方である。
それにしても、始め、30万円と聞いた時には驚いた。
今の金なら、恐らく億単位であろう。
あとで、こんな事ならも少し欲張っていたらよかった、と思った
http://blogs.yahoo.co.jp/siran13tb/61475733.html

【資料2 1942年2月18日 読売新聞「大東亜経済建設の指標」】
本邦業者にせよ在来企業家にせよ、差当り資金を必要とする時には、すべて南方開発金庫より、軍票を借受けるのであって、
たとえ三井財閥であっても、内地より、円資金を現地に持込むことは許されない
この反面、現地で或程度の資金が集積しても、これを内地に送金出来ないのであって、
現地で得た利潤は、現地開発に当てねばならない
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00841425&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

【資料3「南方占領地域における為替管理関係」】
アジ歴Ref.B02032868600

アジア歴史資料センターにアクセスして、レファレンスナンバーを入力して下さい。
http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/MetaOutServlet?GRP_ID=G0000101&DB_ID=G0000101EXTERNAL&IS_STYLE=default&XSLT_NAME=MetaTop.xsl&RIGHT_XSLT_NAME=MetaSearchRefCode.xsl

第二条
本邦通貨、軍票、又は外国通貨を、本令施行地外の地に送付、又は携帯せんとする者は、所轄民生部長の許可を受くべし。
但し、左に掲ぐる場合は、この限りにあらず。

1.軍人、軍属が、軍より支給を受けたる俸給、旅費、その他の給与を携帯するとき
2.軍人、軍属以外の者が、旅費に充つるため、二百円相当額以下の外貨軍票を携帯するとき


第五条
全各条の規定に違反したる者は、三年以下の監禁、又は一万円以下の罰金に処す。

2014年8月10日 


⑫ 日本は韓国に賠償金を支払ったからそれでいいのか? (1)

【ネットの中だけの真実】
日韓経済協定を結んで、韓国に支払った金は、個人賠償の分も含んでいる。
それで、最終的に解決したのだ。
その金8億ドルを、経済建設に使ってしまったのは、韓国政府だ。
いわば、韓国民の金を、政府が使い込んだのだ。
韓国民に、そのことを長期間隠蔽していたのは、韓国政府だ。
それなのに、どうしていまさら、日本が個人賠償に応じる必要があるのか。

【本当の真実】

日本は韓国に賠償していませんし、現金を渡してもいません
そのことは、日韓協定の本文を読めばわかります

日本は、賠償支払いを拒否しました
韓国にしたのは、経済援助であって、賠償ではありません

8億ドルを援助したといいますが、政府分は5億ドルです。
3億ドルは、銀行が、韓国政府に貸し付けたものだから、援助といえるのか微妙です。
ともかくこの分は、ちゃんと返済されています

政府分の5億ドルの内2億ドルは、有利子の貸付で、20年返済です。
一度に貸し付けたのではなく、10年分割で貸し付けました
これも、利子を付けて、韓国がキッチリ返し終わっています
無償援助は3億ドル(1080億円)にとどまり、これも、10年分割で実施されました

貸付も援助も、韓国に現金が渡されたのではありません
だから、韓国政府が使い込めるはずがないのです。

では、お金はどうなったかといえば、全額、日本の会社に支払われたのです。
なぜなら、貸付も援助も、協定で、その使い道が限定されており、
1) 「韓国政府が日本から買う物資の代金」と、
2) 「韓国で工事をした日本の会社への支払」
この二通りにしか使えなかったから
です。

具体的な支払い方をみましょう。
 
まず、韓国が、これこれの機械が必要だとか、これこれの工事が必要だとかいうリストを、日本に提出します。
日本が審査してオーケーを出せば、韓国政府は、日本企業に発注します。
その代金は、日本政府から、日本企業に支払われます。
韓国政府は、現金に触ることもできません
援助金はすべて、日本政府から、日本の会社に支払われたのです。

援助がそういうものであることがわかるように、条約本文を末尾に掲載します。

さて、その援助の大きさです。
無償援助は1080億円なので、10年分割なら、1年当たり108億円
1966年の政府予算は、4兆5千億円です。
このうちの108億円は、予算のたった0.24%です。
大した金額じゃありません。 
当時、日本は、旧軍人・軍属に対し、毎年1兆円以上の軍人恩給を支給していました。
その1%にすぎません

援助がおわるころ、つまり10年後の1976年の予算は、24兆6千億円
このうちの108億円だから、予算の0.044%

全然大したことありません
 
だけど、この援助をうまく使って、韓国は奇跡的な成長を見せた、と【ネットの真実】は語ります。
もしもそうなら、日本はよいことをしたのです。
せっかくよいことをしたのに、デマで汚してしまっては、値打ちが半減してしまいます。


■日韓請求権並びに経済協力協定
(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPKR/19650622.T9J.html

第一条

1. 日本国は、大韓民国に対し、

(a)現在において、1080億円に換算される3億合衆国ドルに等しい円の価値を有する、日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から、10年の期間にわたつて、無償で供与するものとする。

(b)現在において、720億円に換算される2億合衆国ドルに等しい円の額に達するまでの、長期低利の貸付けで、
・・・事業の実施に必要な日本国の生産物、及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものを、この協定の効力発生の日から、10年の期間にわたつて行なうものとする。


2014年8月10日


⑬ 日本は韓国に賠償金を支払ったからそれでいいのか? (2)

1.「請求権問題は解決済み」は禁反言
韓国との賠償、補償問題については,「日韓条約で完全かつ最終的に解決した」という意見が根強くあります。



たしかに日韓両国間では、賠償問題は、「完全かつ最終的に解決」しました。
しかしそれは、国と国の間の話。
国と個人の間では、いまだに解決していません。
政府閣僚が、「日韓条約ですべて解決した」、などと言っては困ります
それは、禁反言の原則にもとります
日本政府はとっくの昔に、そういう解釈を否定しているからです。
 
1991年と1992年に、韓国民に賠償請求権があることを認める、政府答弁をしているので、引用します。

■1991年8月27日 参議院予算委員会「個人の請求権そのものを、国内法的な意味で消滅させたというものではございません」
(資料1)末尾に抜粋を記載

■1992年2月26日衆議院外務委員会 
「韓国の方々が、我が国に対して、個人としてそのような請求を提起するということまでは、妨げていない。
しかし、日韓両国間で、外交的にこれを取り上げるということは、外交保護権を放棄しておりますから、それはできない、こういうことでございます」
(資料2)末尾に抜粋を記載

2回も、同じことを繰り返し答弁しているのだから、間違いありません。
韓国民の請求権問題は、政治的に解決していないのです。


2. それはシベリア問題が起点

なぜこのような答弁がなされたかというと、シベリアに抑留された、元日本兵の補償請求権がからんでいます。
シベリア抑留者たちは、ソ連に対して、賠償請求権を持っているのか否か、という問題です。
日本とソ連は、日ソ平和条約で、個人に対する賠償も含めて、互いに請求権を放棄しています。
それで、抑留者たちは、人道的犯罪行為であるシベリア抑留について、ソ連に賠償請求できなくなってしまいました。
こういう風に、政府が、国民の権利を勝手に放棄してしまった場合、権利放棄した政府が、加害者である相手国政府に代わって、補償に応じなければなりません

そこで元日本兵たちは、日本政府に対し、シベリア抑留の補償を求めました
すると、政府はこれを断りました
政府は言いました。

「国は、国民個人の賠償請求権を放棄したから、お手伝いできないが、
国民個人が、ソ連に直接請求する権利まで、放棄したのではない。
そもそも個人の権利は、政府が放棄できる筋合いのものではない。
だからあなた方、勝手にソ連に請求してくれていいですよ」
と。
↓↓↓
■1991年3月26日 参議院内閣委員会
「日ソ共同宣言第六項におきます、請求権の放棄という点は、国家自身の請求権、及び国家が自動的に持っておると考えられております、外交保護権の放棄ということでございます。
したがいまして、御指摘のように、我が国国民個人から、ソ連またはその国民に対する請求権までも、放棄したものではないというふうに考えております」


こういう責任逃れの答弁をしてしまったし、原爆裁判でもそういう主張を繰り返し、それを裁判所が認めたので、
立場を変えて韓国民はどうかと問われると、これまでの答弁との均衡上、
「日韓協定も外交保護権の放棄に過ぎない、国民の請求権は消えていない」と、答えざるを得なくなったのです。
(資料3)判決文の抜粋を末尾に記載


3.政府の答弁のまとめ

1)日韓協定は、外交保護権を放棄しただけである。
2)韓国民の請求権を、日本の法律で消滅させたものではない。
3)「請求権」について、韓国人が日本の裁判所に、訴訟を提起することができる。
4)右の場合に、請求が認められるか否かは、裁判所が判断することである。


私としては、裁判所の判断を待たずに、政府が自分で決断すれはよかろうと思うんですが。
問題は、時効の壁です。
しかし、それを突破する道がないではない。
外国人に対する戦時債務についての、政令第25号第7条に、「消滅時効の特例」を定めており、時効は「政令をもつて定める日まで完成しない」としています。
 
これは、供託財産についての特例ですが、国賠請求にも援用する必要があるのではないかと思います。
(資料 昭和二十五年二月二十八日政令第二十二号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25SE022.html

要するに、政府にやる気があるかないか、というところに帰着します。


■資料1
1991年8月27日 参議院予算委員会  
政府委員(柳井俊二君) 
「先生御承知のとおり、いわゆる日韓請求権協定におきまして、両国間の請求権の問題は、最終かつ完全に、解決したわけでございます。
その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりました、それぞれの国民の請求権を含めて、解決したということでございますけれども、
これは、日韓両国が、国家として持っております外交保護権を、相互に放棄したということでございます。
したがいまして、いわゆる、個人の請求権そのものを、国内法的な意味で消滅させた、というものではございません。
日韓両国間で、政府として、これを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます」


■資料2
1992年2月26日 衆議院外務委員会 
柳井政府委員 
「それで、しからば、その個人の、いわゆる請求権というものを、どう処理したかということになりますが、
この協定におきましては、いわゆる外交保護権を放棄した、ということでございまして、
韓国の方々について申し上げれば、韓国の方々が我が国に対して、個人として、そのような請求を提起するということまでは妨げていない。
しかし、日韓両国間で、外交的にこれを取り上げるということは、外交保護権を放棄しておりますから、それはできない、こういうことでございます。
…その国内法によって消滅させていない請求権は、しからば何かということになりますが、
これは、その個人が、請求を提起する権利と言ってもいいと思いますが、
日本の国内裁判所に、韓国の関係者の方々が訴えて出る、というようなことまでは、妨げていないということでございます。
…ただ、これを、裁判の結果どういうふうに判断するかということは、これは、司法府の方の御判断による、ということでございます」


■資料3
昭和41年12月7日東京地裁原爆訴訟判決(判例時報355号)
「対日平和条約第19条にいう『日本国民の権利』は、国民自身の請求権を基礎とする、日本国の賠償請求権、
すなわち、いわゆる外交的保護権のみを指すもの、と解すべきである。
…請求権の消滅条項、およびこれに対する補償条項は、対日平和条約には規定されていないから、
このような個人の請求権まで、放棄したものとはいえない。
仮に、これを含む趣旨であると解されるとしても、それは放棄できないものを放棄したと記載しているにとどまり、
国民の請求権は、これによって消滅しない」


2014年8月12日 


⑭「なぜ何度も謝罪しなければならないのか?いい加減にしろ」という意見について

安倍さんは、2007年の第一次安倍内閣のとき、
米下院に、「慰安婦に日本政府が謝罪するように求める決議案」が提出されたのを受けて、つぎのように反応しました。  



◆2007年3月1日 記者会見で
「強制性を裏付けるものはなかった」

◆2007年3月5日 記者会見で
「(米下院)決議案は、客観的事実に基づいていない」
「謝罪することはない」


◆2007年3月14日 安倍内閣閣議決定
「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も、見当たらなかった」
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166110.htm

ところが、米国内の批判に追い込まれ、ブッシュ大統領との首脳会談では、まるで借りてきた猫みたいになってこう語りました

◆2007年4月21日
「辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情し、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」

ブッシュ大統領は、記者会見で、こう述べました。
「首相の謝罪(apology)を受け入れる(accept)。大変思いやりのある率直な声明だ」

元慰安婦には鼻息荒く、謝罪しないのに、ブッシュ大統領に向けて謝罪するとはなんということかと思いますが、話はまだ続きます。
帰国後、アメリカ大統領に対する謝罪はなかったと、全面否定に転じたのです。

◆2011年11月 産経新聞インタビュー (ブッシュ大統領への謝罪を否認)
「慰安婦問題は全く出なかった。そもそも日本が、(当事国でない)米国に謝罪する筋合いの話ではない」

◆2013年3月8日 衆院予算委員会答弁(ブッシュ大統領へ謝罪を否認)
「この問題はまったく出ていない。 事実関係が違うということだけは、はっきりと申し上げておきたい」
(この答弁を検索する方法を末尾に示します) ↓

そしてこの間、主張はまたも、元にぶり返しています。

◆2012年12月30日 産経新聞インタビュー (日本軍の関与を認めた河野談話について)
「そのまま継承することはしない」
「専門家の意見などを聞き、 官房長官レベルで検討したい」


ところがところが、舌の根も乾かないうちに、この後、またも態度を豹変させます。
国の内と外を使い分ける二枚舌が、当然にも国際問題化しかけるや、一転して、ブッシュ大統領に対する謝罪があったことを認めたのです。 

◆2013年5月17日 閣議決定(ブッシュ大統領に対する謝罪を認める)
平成19年4月27日(現地時間)に、ブッシュ大統領と行った記者会見において、
安倍晋三内閣総理大臣(当時)が、慰安婦についての考え方として、
「辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情するとともに、
そうした極めて苦しい状況におかれたことについて、申し訳ないという気持ちでいっぱいである。
20世紀は、人権侵害の多かった世紀であり、21世紀が、人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、
日本としても貢献したいと考えている、と述べた。
また、このような話を本日、ブッシュ大統領にも話した」旨の発言を行ったこと、
また、このような安倍晋三内閣総理大臣(当時)の考え方について、ブッシュ大統領が評価を述べた事実関係を、説明したものである。


◆2013年5月24日 官房長官発表 (河野談話を継承しないという主張を取り下げました)
「河野談話を継承する」


国会答弁でさえ、いけしゃーしゃーと嘘を述べて恥じない、こういった卑怯極まりない振る舞いが、
一連の「謝罪」を引き起こしているのだということを、まず確認しておきましょう。
そのうえで、それぞれの謝罪なるものを、具体的に検証します。
 
1970年代からの、日本政府による、いわゆる謝罪発言の一覧が、ウィキペディアにまとめられています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本の戦争謝罪発言一覧

これらがどういった内容なのか、確かめてみましょう。

2000年8月17日
山崎隆一郎外務報道官
(これは謝罪ではなく、「謝罪しているじゃないか」という反論です)

2000年8月30日
河野洋平外務大臣

2001年4月3日
福田康夫内閣官房長官

2002年9月17日
小泉純一郎首相

2005年4月22日
小泉純一郎首相
(これらは謝罪ではなく、「すでに謝罪している」という説明です)

2001年9月8日
田中眞紀子外務大臣
(これは、直接的には中韓に対するものではなく、連合国全体に対するメッセージです)

2001年
小泉純一郎首相
(これは、私が正しいことをしたと評価している「アジア女性基金」の謝罪文です。
首相が代わるたびに、首相名だけを入れ替えて使われていました
でも小泉さんの時に終結してしまいました

2003年8月15
小泉純一郎首相

2005年8月15日
小泉純一郎首相

2001年10月15日
小泉純一郎首相
(これは、謝罪の意を表明するという終戦記念日のメッセージと、直接的謝罪です。
この発言の裏には、日本国内で、閣僚から、小泉さんの言葉を踏みにじるような発言が続いたので、
小泉さんはその度に、何度も同じ事をくりかえすことで、自分の発言がウソではないと、念押ししなければならなかったのです)

結局のところ、自発的な謝罪といえるものは、ほとんどありません
失言の後始末とか、木で鼻をくくったような説明とか。
しかし、公的にこう言わざるを得ないのは、謝罪せざるを得ない事実があるからです。
それを認めないという閣僚の発言が、いつまでもなくならないから、何度でも蒸し返されるのです。

しつこくなりますが、ここで例え話を一つします。

消費期限の付け替えをして、食中毒を出し、社長が謝罪に追い込まれた会社があるとします。
重役があとから、
「期限の付け替えなんかは、どこの会社もやっとる」
「食中毒なんか、家で食べてもかかる」
「批判する奴は、補償金でも欲しいんだろう」
なんて言ったら、その会社の信用はがた落ちです。
 
社長はまたもや、謝罪するはめになるでしょう。
非難を浴びて、会社が倒産するかもしれません。
こんなことを何度も何度も繰り返しているのが、情けないことに我が日本なのです。

さきほどの会社で言えば、重役だって会社を愛しているから、そんなことを言うのか知れないけど、ひいきの引き倒しもいいとこです。
本当に会社のためを思う社員なら、重役を諌め、消費者のために、誠を尽くすように求めるのが筋、というものです。
その努めを、私はいま、果たしているつもりでおります。

【解説】
安倍答弁の検索の仕方。
「この問題はまったく出ていない。 事実関係が違うということだけは、はっきりと申し上げておきたい」
(この答弁を検索する方法を示します)
■国会議事録検索システムをクリック
http://kokkai.ndl.go.jp/
⇒「簡単検索」をクリック
⇒ 検索語入力「事実関係が違うということだけは、はっきりと申し上げておきたい」
(他の情報も入力すると検索が速い。『平成25年03月08日、衆議院』など) 
⇒「検索結果一覧」をクリック(1件しかない) 
⇒「予算委員会」をクリック。

すると、答弁番号34の上記答弁が、表示されるはずです。
画面左の「会議録情報」で、答弁の前後もわかります。

2014年8月12日 
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