gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

ワシーリー・グロスマン『人生と運命 3』その1

2012-07-25 08:33:00 | ノンジャンル
 ジョン・スタージェス監督・製作の'60年作品『荒野の七人』をWOWOWシネマで見ました。ユル・ブリナー、イーライ・ウォラック、スティーヴ・マックイーンが主役級の扱いで、チャールズ・ブロンソン、ロバート・ヴォーン、ジェイムズ・コバーン、そしてこの作品がデビュー作になるホルスト・ブックホルツが助演級の扱いとなっていました。生き残るのはユル・ブリナー、スティーヴ・マックイーン、ホルスト・ブックホルツで、作品の全体的な印象は若い頃に見たのと同じく、それなりに面白く見させてもらいました。

 さて、ワシーリ・グロスマンの'80年に刊行された『人生と運命 3』を読みました。
 スターリングラード攻勢が始まる数日前に、クルイモフは第六四軍の地下戦闘指揮所に到着しますが、そこで逮捕され、ルビャンカの監獄に入れられてしまいます。正面と横から写真を撮られ、ズボンのボタンとベルトが奪われた後、監房に入れられます。彼はリュドミーラの最初の夫のアバルチュークも同じ廊下を通ったと思います。
 一方、パウルス将軍率いるドイツ軍は、レニングラード近くでソ連軍に包囲されます。1942年11月19日午前7時30分にソ連軍の攻撃は開始され、100時間で包囲は完了しました。スターリングラードのドイツ軍が壊滅したことにより、カルムイク人とクリミヤのタタール人、バルカル人とチェチェン人はスターリンの意志によりシベリアとカザフスタンに送られ、自分たちの歴史を記憶したり自分の子どもたちに母語で教育する権利を失うことになりました。ユダヤ人たちもその10年後にヒトラーから受けたのと同じ運命を辿ることになりました。ノヴィコフもその攻撃の一翼を担っていまいた。パウルスは、ヒトラーから自分の軍が占める地域を《スターリングラード要塞》と名づけるという命令を受けます。東プロシアとリトアニアの境にあるゲルリッツの森にいたヒトラーは、その時、初めての恐怖を感じていました。
 モスクワの物理学研究所の玄関ホールに貼ってある壁新聞には、ヴィクトルを糾弾する論文が掲載されていました。それ以降、ヴィクトルの家の電話は鳴ることがなくなり、知人も道で会っても挨拶をしなくなります。そんな折り、彼らのところへリュドミーラの妹であるエブゲーニヤが訪ねてきます。彼女は前夫のクルイモフが逮捕されたことにより、モスクワに当局により呼ばれたことをヴィクトルらに知らせます。また、スピリドーノフとヴェーラを襲った運命についても彼らに語ります。エヴゲーニヤはクルイモフに関することをノヴィコフに手紙で知らせてありました。エヴゲーニヤはルビャンカを訪ねて、クルイモフの消息を尋ねますが、有益な情報は何一つ得られません。
 ヴィクトルはチェプイジンの元を訪ね、妻と友人たちから懺悔しろと忠告されていることを話します。そしてチェプイジンの意見に賛成できない自分を発見し、彼の元を去ります。彼の運命を決する教授会が開かれますが、彼は最後まで迷った上で、その教授会を欠席することにします。後で教授会のことを知ると、そこでは満場一致に近い形で、ヴィクトルを糾弾する決議が採択されたとのことでした。ヴィクトルはクルイモフでさえ逮捕されたのだから、自分も逮捕されるだろうと腹をくくります。
 その頃、ダーレンスキーは攻勢へと向かう道を急いでいました。道沿いの雪原には、ドイツ軍の戦車や兵器、イタリア製のトラックが焼かれたり破壊されたりして放置され、殺されたドイツ兵やルーマニア兵の死体が転がっていました。ソ連軍は西へと進み、捕虜の集団は東へと移動していました。彼はノヴィコフと出会います。またアレサンドラはリュドミーラとエヴゲーニヤの二人の娘と孫娘のヴェーラから手紙をもらいますが、皆が彼女に自分のところへ来てほしいと書いていました。彼女はスターリングラードに戻ろうと決心します。(明日へ続きます‥‥)

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/