また昨日の続きです。
それが、あれほど素晴らしかった時間の暗澹たる結末だった。(中略)一方、ボルンはニューヨークに戻ってきたが、まる一週間経ってもまだ連絡はなかった。(中略)だがボルンは私を忘れていなかった。すべて終わったのだと私が思いはじめた矢先、ある夕方に彼から電話がかかってきて、お喋りをしにアパートメントに寄ってくれと言われた。(中略)申し訳ありません、と私は言った。(中略)謝ることはない。(中略)マルゴが君と寝たがっているのは明らかだった。(中略)彼女はいまどこに? パリだろうね。(中略)正気の男ならマルゴみたいな女と結婚を考えはしない。(中略)もう婚約している。二週間前から。これもパリ行きの成果だ。(中略)おめでとうございます。で、晴れの日はいつです? まだはっきりしない。いろいろ厄介な問題があって、式を挙げられるのはどう早くても来年の春だ。(中略)法的には彼女はまだ別の人間と結婚していて、法の処理を待たないといけない。(中略)6250ドル渡す、と彼は言った。創刊号の費用が五千ドル、加えて君の年棒の四分の一が1250。(中略)いったいなぜ僕にここまでしてくださるんです? 正直言って、自分でもわからん。でもウォーカー、君には何かあるのが私には見えるんだ。私の気に入った何かが。(中略)
それは暖かい春の晩、空には雲ひとつない穏やかで美しい晩だった。(中略)私が煙草に火を点けると、口のそばで燃えるマッチの光を通して、どこかの暗い戸口から現れた人影の輪郭が一瞬見えた。一秒後、ボルンが私の腕を掴んで、止まれと私に言った。(中略)さらに何歩か歩くと、それが黒っぽい服を着た黒人の男の子であることを私は見てとった。(中略)子供は左手に銃を持っていて、銃は私たちに向けられていた。(中略)君、何が望みだ? 声に少し震えはあったが、少なくとも喋れはしたわけで、それだけでも私より上だった。お前らの金だ、と子供は言った。金と、時計。二人ともだ。(中略)坊や、こんなことやって後悔するぞ、と彼は言った。(中略)うるせえ黙れ、さっさと金をよこせ、と子供は答え、銃を二度宙に突き上げて脅しをかけた。君の言うとおりにするさ、とボルンは言った。でも忘れるなよ、警告はしたからな。(中略)彼が上着の内ポケットに手を入れるのが見えた。何かを隠しているように、閉じた手のひらに何らかの物体を持っているかのように見えた。(中略)次の瞬間、カチッという音が聞こえて、ナイフの刃が飛び出した。ボルンは確かな手付きで刃を上向きに突き上げ、あっという間にお子供を飛出しナイフで刺していた━━腹の真ん中をまっすぐ一刺し。(中略)子供はうなり声を洩らし、右手で腹を押さえてゆっくりと地面にくずおれた。(中略)病院へ連れていかないと、と私はやっと言った。(中略)急いで電話してきますから。馬鹿言うな、とボルンは言って私の上着を掴み、乱暴に揺すった。病院なんて冗談じゃない。こいつは死ぬんだ、関わりあうわけには行かん。(中略)私は答えもせず、踵を返して11丁目をブロードウェイに向って駆け出した。離れていたのはせいぜい十分、十五分だったと思うが、ボルンと傷ついた少年を置いていったところに戻ってみると、二人とも消えていた。(中略)
私は自分のアパートに帰った。もう救急車を待っても意味はない。(中略)その日、『ニューヨーク・ポスト』の午後版に、十八歳のセドリック・ウィリアムズの死体がリバーサイドパークで発見されたという記事が載った。ナイフで胸や腹を十数か所えぐられていたという。私はボルンの仕業だと信じて疑わなかった。(中略)(自宅には手紙が一通だけ届いた。)何も言うなよ。ウォーカー。忘れるな、まだナイフは持っているんだ、使うのをためらったりはしないぞ。文末に署名はなかったが、そんなもの要りはしない。これは狂暴な脅迫だ。(中略)私としてはまだ通報する気は十分あったが、日々はずるずる過ぎていき、さらに何日かが過ぎても、私は行動することができなかった。怖さのせいで、沈黙に追いやられたのだ。(中略)いまの私にはそれが何より大事だった━━ボルンを永久に、私の人生の外に保つこと。ああして行動しなかったことは、私がこれまで為したなかでも図抜けて最高に非道な行ないだ。(中略)選ぶ余地はないことを私は悟った。何としても警察に行かねばならない。(中略)たぶん警察は、私の話を信じてくれたのだと思う。まずボルンの手紙も渡した。(中略)書き手が誰なのか疑いがあったとしても、筆跡鑑定の専門家が見ればボルンの書いたものであることは容易に確定できるはずだ。(中略)(また明日へ続きます……)
それが、あれほど素晴らしかった時間の暗澹たる結末だった。(中略)一方、ボルンはニューヨークに戻ってきたが、まる一週間経ってもまだ連絡はなかった。(中略)だがボルンは私を忘れていなかった。すべて終わったのだと私が思いはじめた矢先、ある夕方に彼から電話がかかってきて、お喋りをしにアパートメントに寄ってくれと言われた。(中略)申し訳ありません、と私は言った。(中略)謝ることはない。(中略)マルゴが君と寝たがっているのは明らかだった。(中略)彼女はいまどこに? パリだろうね。(中略)正気の男ならマルゴみたいな女と結婚を考えはしない。(中略)もう婚約している。二週間前から。これもパリ行きの成果だ。(中略)おめでとうございます。で、晴れの日はいつです? まだはっきりしない。いろいろ厄介な問題があって、式を挙げられるのはどう早くても来年の春だ。(中略)法的には彼女はまだ別の人間と結婚していて、法の処理を待たないといけない。(中略)6250ドル渡す、と彼は言った。創刊号の費用が五千ドル、加えて君の年棒の四分の一が1250。(中略)いったいなぜ僕にここまでしてくださるんです? 正直言って、自分でもわからん。でもウォーカー、君には何かあるのが私には見えるんだ。私の気に入った何かが。(中略)
それは暖かい春の晩、空には雲ひとつない穏やかで美しい晩だった。(中略)私が煙草に火を点けると、口のそばで燃えるマッチの光を通して、どこかの暗い戸口から現れた人影の輪郭が一瞬見えた。一秒後、ボルンが私の腕を掴んで、止まれと私に言った。(中略)さらに何歩か歩くと、それが黒っぽい服を着た黒人の男の子であることを私は見てとった。(中略)子供は左手に銃を持っていて、銃は私たちに向けられていた。(中略)君、何が望みだ? 声に少し震えはあったが、少なくとも喋れはしたわけで、それだけでも私より上だった。お前らの金だ、と子供は言った。金と、時計。二人ともだ。(中略)坊や、こんなことやって後悔するぞ、と彼は言った。(中略)うるせえ黙れ、さっさと金をよこせ、と子供は答え、銃を二度宙に突き上げて脅しをかけた。君の言うとおりにするさ、とボルンは言った。でも忘れるなよ、警告はしたからな。(中略)彼が上着の内ポケットに手を入れるのが見えた。何かを隠しているように、閉じた手のひらに何らかの物体を持っているかのように見えた。(中略)次の瞬間、カチッという音が聞こえて、ナイフの刃が飛び出した。ボルンは確かな手付きで刃を上向きに突き上げ、あっという間にお子供を飛出しナイフで刺していた━━腹の真ん中をまっすぐ一刺し。(中略)子供はうなり声を洩らし、右手で腹を押さえてゆっくりと地面にくずおれた。(中略)病院へ連れていかないと、と私はやっと言った。(中略)急いで電話してきますから。馬鹿言うな、とボルンは言って私の上着を掴み、乱暴に揺すった。病院なんて冗談じゃない。こいつは死ぬんだ、関わりあうわけには行かん。(中略)私は答えもせず、踵を返して11丁目をブロードウェイに向って駆け出した。離れていたのはせいぜい十分、十五分だったと思うが、ボルンと傷ついた少年を置いていったところに戻ってみると、二人とも消えていた。(中略)
私は自分のアパートに帰った。もう救急車を待っても意味はない。(中略)その日、『ニューヨーク・ポスト』の午後版に、十八歳のセドリック・ウィリアムズの死体がリバーサイドパークで発見されたという記事が載った。ナイフで胸や腹を十数か所えぐられていたという。私はボルンの仕業だと信じて疑わなかった。(中略)(自宅には手紙が一通だけ届いた。)何も言うなよ。ウォーカー。忘れるな、まだナイフは持っているんだ、使うのをためらったりはしないぞ。文末に署名はなかったが、そんなもの要りはしない。これは狂暴な脅迫だ。(中略)私としてはまだ通報する気は十分あったが、日々はずるずる過ぎていき、さらに何日かが過ぎても、私は行動することができなかった。怖さのせいで、沈黙に追いやられたのだ。(中略)いまの私にはそれが何より大事だった━━ボルンを永久に、私の人生の外に保つこと。ああして行動しなかったことは、私がこれまで為したなかでも図抜けて最高に非道な行ないだ。(中略)選ぶ余地はないことを私は悟った。何としても警察に行かねばならない。(中略)たぶん警察は、私の話を信じてくれたのだと思う。まずボルンの手紙も渡した。(中略)書き手が誰なのか疑いがあったとしても、筆跡鑑定の専門家が見ればボルンの書いたものであることは容易に確定できるはずだ。(中略)(また明日へ続きます……)