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『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』その2

2020-01-28 06:31:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

 さて、こうした有馬の語りによる「映画史」を編んでいる今もなお、「映画女優」有馬稲子は現役で世界のスクリーンを駆けている。2018年のベルリン国際映画祭でひときわ注目を浴びたのは、煙草を手に憂いの表情を浮かべてもの思うショートカットの有馬稲子の肖像であった。それはクラシック部門のオープニングを飾った『Tokyo Twilight』こと小津安二郎監督『東京暮色』4Kデジタル修復版のポスターで、主演の有馬のふたつの肖像を大きくあしらった洒脱なデザインは好評を博した。
『東京暮色』の公開は1957年4月30日のことなので、この有馬稲子はおそらく24歳だろう。デジタル技術で鮮やかに蘇った有馬稲子の美貌と演技は、61年後のベルリンの観客たちをしたたかに魅了した。最後の小津の白黒作品である『東京暮色』は、当初名匠として評価が安定していた小津作品のなかでは毀誉褒貶かまびすしく、小津自身は自信作であったものの、キネマ旬報ベスト・テンでは珍しく19位にとどまり、この評価は小津としてはかなり不本意だったようである。
 しかしベルリン映画祭の上映に招聘されたヴィム・ヴェンダース監督は、『東京暮色』はフィルム・ノワール的な白黒映画の傑作であり、当時のフランスの実存主義の思潮にもつながる作品だと激賞している。この映画が公開当時不評にまみれたのは、戦後の小津作品のなかでとびきり暗澹たる内容であり、しかもナイトシーンが少なくなかったので全体が実際暗い画面によって占められていたことのせいだろう。そして何より主演の有馬稲子が一貫してアンニュイな表情であった。
 しかし、ヴェンダース監督が、本作を事もあろうに「フィルム・ノワール的な傑作」と呼ぶに及んで、その暗さにまつわる全てのたくらみはようやくにして報われることとなった。そして岸惠子が豊田四郎監督『雪国』のスケジュール遅延で出演がかなわなくなったためにこの役が回ってきた有馬稲子だが、今やこの役に有馬以外の女優を思い浮かべることは難しい。

 それにしてもこの『東京暮色』の肖像を筆頭に有馬稲子はどこか不機嫌な、または憂いのある表情をする時に、えも言われぬ引力を発した。映画デビュー間もない頃、『鬼火』などで知られる東宝の千葉泰樹監督が、いつも屈託のない笑顔をふりまいている有馬の、ふっと自然体でいる時の立ち姿を見て、「なんという暗さをたたえた子なのだろう」と戦慄したという逸話がある。
 その暗さが有馬の生まれ育った環境の複雑さに由来することは間違いないだろうが、一方で有馬はその暗さを自らの色として利用することはせず、むしろそういった自らの暗黒面から逃れ、忘れ去ることをこそ目指していたはずである。だから、有馬のそういう横顔に密接していたともいえる『東京暮色』の暗い女子のような役柄を選ぶことは数多くなく、むしろ『ひまわり娘』の明るさ満点の女性、『泉』『わが愛』のように強さを秘めた女性、『浪花の恋の物語』のように純で一途な女性といった、後ろ向きな暗さを排除したヒロインをすすんで演じ続けた。
 にもかかわらず、好んでけなげなヒロインを志向する有馬には、常にそこにはえも言われぬ陰翳がつきまとうのだった。さしずめ暗さの引力から脱しようとするけなげさ、それを追いかけて来る影、それがもろともに醸す危うさ、儚さのごときものが、有馬稲子のイメージを芳醇なものにして、単なる美貌の女優という枠からはみ出させていた。そういう暗部を背負わず、ただあの愛くるしい美貌だけで特徴づけられる女優であったとしたら、有馬稲子は銀幕のマスコットとして愛玩されるにとどまったかもしれない。
 ところで、ささくれだった家庭環境にくわえて、有馬稲子の暗さや憂鬱をまとわせた今ひとつの要因は、ほかならぬ彼女自身の突出した美しさと色香であろう。有馬には美徳ならぬ美貌の不幸がつきまとった。それは映画の企画の多くが彼女の美貌を売ることだけに終始していたことに加えて、実生活で彼女の実像ならぬ美しさに惹かれた男たちに翻弄されることもあったであろうし、その美し過ぎるがゆえの憂鬱はじわじわと彼女を染めあげ、しかしまた残酷なことにその陰翳が女優としての魅力を引き立てることにもなった。
 そんな有馬が、たぐいまれな美貌と色香に惑溺した男どもに翻弄される人妻を描く『夜の鼓』などに出演した日には、もう有馬本人のありようと役柄とが分かちがたく二重映しになって、とてつもない説得力を生んだ。そして私はここに、美しさが禍々しさを呼び寄せること、美しいがゆえの女の「宿命」を思うのだった。(後略)」

 「わが愛と残酷の映画史」という題名から、どんな数奇な人生なのかと思って読みましたが、「残酷」にあたる点は不倫相手との間にできた子を中絶することだけでした。また一時宇野重吉に師事していたことをこの本で初めて知りました。

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