何に此師走の市にゆくからす 芭蕉
カラスが増えているように思う。朝、ねぐらのある霞城の森から、南を目指して飛んでいくのは、その先に餌があるからに違いない。同じカラスの行動でも、季節によって違って見える。冷え込みの厳しい暮の朝、飛んでいるカラスは、どこなくせわしない。そのカラスの行動を見るものの側にも事情がある。カラスの朝行きに励まされるようにして、行動を決断する人もいる。
奥の細道の旅を終えた芭蕉は、ひとまず故郷の伊賀に帰る。そして、京に上り、膳所で越年する。この年、芭蕉は自分の句境を深め、世に問う決意をしていた。「猿蓑」を編集し、天下に知らしめたいと思ったのだ。「何に此」この5文字に自らにの意気込みを込めた。その目で、飛来するカラスは、寒い朝、ある決意をもって飛んでいるように見える。
村上春樹の『海辺のカフカ』で、主人公に語りかける、カラスという少年がいる。空を飛ぶカラスに姿を変え、主人公の自問自答の役割を果たす。カラスはこんな言葉を主人公にかける
君にできることと言えば、その嵐のなかにまっすぐ足を踏みいれ、砂が入らないように目と耳をしっかりとふさぎ、一歩一歩とおりぬけていくことだけだ。そこにはおそらく太陽もなく、月もなく、方向もなく、あるばあいにはまっとうな時間さえない。そこには骨をくだいたような白く細かい砂が空を舞っているだけだ。そういう砂嵐を想像するんだ。
少年カフカもまた、カラスを道先案内に立てて、行方知れない旅に出ている。そして、そこで出会う経験の数々が少年を鍛えていく。
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